第10話 九頭
如月と阿東の前に姿を現したのは、同じくリバースエッジの参加者である九頭巡一郎。
ここに来て初遭遇の別参加者。
如月と阿東は臨戦態勢を取る。
(九頭巡一郎か……。コイツについては、阿東さんと同じで、いったいどこでどんな活躍をしてきた殺し屋なのかまったく情報が無い。刑事だって話だが……)
裏社会の事情についてそれなりの知識を持っている如月にとっても、この九頭という男は正体不明だった。如月の警戒心がより一層強まる。
九頭はと言うと、身構えるわけでも武器を取り出すわけでもなく、ゆらりと身体を左へ傾けるような立ち姿勢で如月たちを見ている。その姿勢はとても自然体で、敵意をまったく感じられない。
警戒を解かない如月と阿東に対して、九頭が声をかけてきた。
「ゴリゴリに警戒されてんなぁ。まぁ仕方ねぇよな。参加者全員で殺し合うゲームで、別の参加者と遭遇したら、そりゃ警戒されるよな」
「……アンタは、戦いに来たわけじゃないのか? 目的は何だ?」
「お。よくぞ聞いてくれました。単刀直入に言うとな、オレはお前たちと同盟を組みたい。三人で残りの参加者たちをやっつけねぇか?」
「どうして僕たちなんだ? 他の参加者じゃ駄目なのか?」
「最初は、他の参加者でも良かったんだけどな。さっきのお前たちの話を聞いて、未来ある若者のために協力してやりてぇなって思ったんだよ」
「……それはどういう意味だ?」
如月に再度問われて、九頭は詳しく説明する。
ゲーム開始時に「悪徳刑事」と紹介された通り、九頭は今まで数々の汚職に手を染めてきた。犯罪の証拠をもみ消し、押収品を横流しして、犯罪組織に利便を図り、高額の謝礼を受け取った。
しかしある日、そんな自分の生き方に嫌気が差してしまったという。
詳しくは省かれたが、彼が汚職に手を染めるようになったのも、元々やむにやまれぬ事情があったらしい。刑事を志すようになった若き日の九頭は、もっとまっとうな正義感を持っていたという。
「『若き日の』……って言っても、これでも二十代後半なんだけどな。こう見えて、スピード出世したエリートなんだぜ」
「それで、そのエリート刑事様が、どうして俺たちと同盟を?」
「いくらか昔の正義感を取り戻したオレは、こんな自分なんか生きている価値は無いと思うようになった。そんで死に場所を求めて、このゲームに参加した。オレの願いは『死による恩赦』。優勝はハナからどうでもいいのさ。んで……」
「……なるほど、読めてきた。アンタは今までの悪事が赦されるような死に方を求めている。だから、誰かの優勝を手助けすることでその願いを達成しようとしている。そこで目に留まったのが僕たちってことか」
「そういうこと。頭良いな少年。明らかに犯罪者な他の連中はともかく、お前たちはこのゲームを生き残って、これから先も生きていく資格があると思ったのさ。そこの嬢ちゃんの『生きたい』って願いは、今どき珍しいくらい純粋だしな」
これで九頭の説明は終わり、改めて如月は考える。
九頭が本当に十割善意でこちらを助けようとしてくれているのか、それとも何か裏の思惑があるのか。
しかし彼の真意がどちらにせよ、戦力の増強は必要だと如月は感じた。現状、如月と阿東の二人だけでは、あの白鷺凪に勝利することができない。
「……分かった。こちらとしても有難い。アンタの協力を受け入れる」
「お、嬉しいね。そんじゃ……」
「……けど、その前に、アンタの得物を教えてほしい」
「おっと。まだ完璧には信用されちゃいないってことか」
「それもあるが、いざ協同するって時に、アンタの戦い方を知らないんじゃ連携も取れないだろ」
「ごもっとも。じゃあ教えとくか。オレの武器はコイツだよ」
そう言って九頭は、腰のホルスターから一丁のリボルバー拳銃を取り出した。日本の警察や刑事に支給されている、銃身が短いタイプだ。
「ただのリボルバーに見えるが……それだけか?」
「これ自体はただの拳銃だ。本当の得物は銃弾の方だよ。弾丸の先端が真っ黒になってるだろ? 特殊な配合で結晶化させた猛毒を弾頭に取り付けてるんだ。かするだけでも標的の身体に毒が回って、死に至らしめる」
「かすり傷でも致命傷になる弾丸か。なかなか凶悪だな」
「お前たちの能力も教えてくれよ」
「それはまた、追々な」
「つれないねぇ。まぁいいさ。どうせこちとら自殺志願者だ。好きにこき使ってくれよ。改めて……九頭巡一郎だ。よろしく頼むぜ」
「如月鋭介だ。で、こっちが……」
如月は阿東の方を見て、自己紹介するように促した。
しかし、阿東は黙って九頭の方を見ている。
「どうした、阿東さん? 彼がどうかしたのか?」
「あ、いや……えっと、九頭さん、だっけ? 私たち、どこかで会ったことないかな……」
「あん? いや、お嬢ちゃんとは初対面だと思うけどなぁ。どこにでもある顔だし、人違いじゃないか?」
「そっか、気のせいだったかな……」
「それで、如月。これからどうするんだ?」
「…………ん? ああ、そうだな、まずは……」
何やら考え込んだ後に、九頭へ返事をしようとした如月。
すると、ここで横から阿東が手を挙げて、再び口を開いた。最初の活発な彼女からは想像もつかないくらいに、恐る恐ると。
「あの……。さっき私が腕を斬り落とされた場所に戻ってもいいかな?」
「いいけど……何かあるのか?」
如月にそう聞き返されると、阿東は首を縦に振った。
その表情に明るさはまだ戻らないが、その頷きは決意を固めたかのように、力強く。