第9話 閲覧履歴
決起集会だと真夏は言った。
朝に話を持ちかけて、放課後にはもう真夏の中で僕の家に来ることが決まっていた。
「何で家なんだよ⁉︎ 図書室でいいじゃねーか」
「だって、図書室だと先輩たちいるかもじゃない」
「じゃあ……」お前ん家でも、と言いかけたが真夏が「私の部屋に来たいんだぁ?」って揶揄ってくる姿が頭に浮かんできて言葉を飲み込んだ。
「……それに私んとこだとパソコン無いし」
真夏との話し合いでは、すぐに反応のわかるインターネットの小説サイトに作品をあげてみる事になっていた。そうなるとパソコンやネット環境は必要不可欠だ。
それにしても真夏の家にパソコンがないとは。いつもノートに手書きで小説を仕上げてくるのはてっきり真夏なりの拘りだと思っていた。
自宅に着いて大きな声でただいまと誰もいない空間に告げ、友達が来てるからとこちらも大きな声で告げる。いつも両親とも仕事から帰ってくるのは遅いのだが、真夏がまたふざけてくるのがわかりきっていたので一芝居打った。
部屋に上がると真夏がごく自然に僕のベッドに腰を掛ける。それを横目に僕はパソコンの前に座り電源ボタンを押す。起動音が響いてモニターがゆっくりと瞼を開く。
「阿良弥はこっちでしょー」と言って真夏がベッドの自分の隣をポンポンッと叩く。
「はぁ? 何でだよ?」
「だってまずはプロットでしょ? 大まかな流れ程度でいいからさ」
「それは出来る人が出来る人にするアドバイスだよ。それにそっちだとパソコン使えねーじゃんか?」
「楽しようとしてるから書きたい事が浮かんで来ないんだよ。基本はノートに鉛筆! まずは何でもいいから思いつく言葉を殴り書きしてみてよ」
悔しいけど真夏の提案に言い返す言葉が見つからなかった。苦し紛れにうちでやる必要がなかったのではと問い詰めたら、真夏はその間に小説のアップロードサイトを探すと答えた。
さて。そうは言っても、そもそもその言葉が浮かんでこないんだ。しばしの間黙ってノートと睨めっこをしていると、真夏がマウスをカチカチ操作しながら質問を投げかけてきた。
「一番良く読むジャンルって何なの?」
「何かオススメの本ってある?」
「作者って男性作家が多い? それとも女性作家?」
「舞台だとどんなのが好き?」
「じゃあさ、じゃあさ……」
真夏の質問に答えていく内に、徐々にノートが単語で満たされていく。気がつくと、いつの間にか真夏は黙ってネット検索をしていて、僕もそのまま頭の中に散らばっている小石のような言葉をひたすらに拾い集めていた。
時間を忘れる、とはこんな時に使う言葉ではなかろうか?
しかし突然の真夏の台詞で、時間経過を俯瞰していた僕の気持ちが身体に戻っていく。
「へー、KAMONOさんってんだ。阿良弥普段こういうの観てんだ」
真夏がYouTubeを開いて、閲覧履歴から僕のお気に入りの配信者さんの動画を観ている。
KAMONOさんは主に歌ってみた動画を上げてる配信者だ。彼女の透き通った歌声は僕の心が荒く削れた時に、その段差を慣らしてくれる気がする。
「ちょ、何観てんだよ! 小説投稿サイト調べてんじゃねーのかよっ⁉︎」
集中する力ってのは本当に凄いんだと実感した。KAMONOさんの歌声がモニター脇のスピーカーから聴こえていたんだけど、真夏の声が聞こえるまでその囀りのような歌声に気付かなかった。
耳に意識の何割かが持っていかれると、夢に向かって歩いていく不安感や、向かっていく気持ちみたいなものが静かに鳴りを潜めていく。頭に浮かんでいた言葉たちもその姿形は見えているのに、グラフィックがグリフに見えなくなる。
椅子から振り返った姿勢で僕を見つめる真夏の瞳は、そんな僕を見透かしているように黒みを増した。