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第19話 意思と記憶と魂と

 結局、真夏(まな)から逃げるように走り去った僕が辿り着いたのは学校だった。


 だけど当然教室に行く気にはならず、かといっていつものように図書室にも行けない。そもそも図書室は放課後や休憩時間しか開放されていないし、そこに西条(さいじょう)先輩はいない。

 僕は屋上へと足を運んだ。うちの学校は進学校で、漫画や小説のように授業をサボって屋上で過ごすような生徒がそもそもいないからか、本来は教員によって施錠されているはずの屋上の扉はいつも鍵が掛かっていることはなかった。


 僕は何を考えていいのか、何を考えるべきなのか。結果、何も考えないことを選んだ僕はスマートフォンを取り出し、いつもはパソコンで視聴している鴨チャンネルを検索した。

 スマホに鴨チャンネルの履歴は無い。オススメ順で並んでいる動画を最新のものからに並べ替えて表示するが新しく更新されている様子はない。少し残念な気持ちになったが、過去に幾度となく聞いたお気に入りの曲を選択して再生した。


 コンクリートにそのまま寝転がり空を眺める。日差しの暖かさもまだ訪れていない時間、背中にひんやりとした堅さを感じる。制服が汚れてしまうとかそんな事などどうでもいいという投げやりな感情に少し酔いしれた。

 イヤホンから流れてくるイントロが終わると僕は眼を閉じた。

 彼女の歌声、そのトーンが混乱していた頭の中の本棚を綺麗に並べ直していくような不思議な感覚に見舞われる。何も考えないで居ても僕は僕で居られる。

 この声の前で僕は僕が僕たる理由なんて考える必要はないんだ。


 瞼の裏側は図書室だった。

「朝日君、私の身体に触りたいかい?」

 本を読んでいる僕の隣には一糸纏わぬ姿で椅子に腰かける西条先輩がいた。

 思わずガタッと音を立ててのけぞる様に立ち上がる。

「せ、先輩っ! か、からかわないでください!」

「身体は正直なようだが?」先輩の目線を追っていくと、その先の僕も素っ裸で下半身は健康な高校生男子そのものだった。慌てて両手で局部を隠す。

「そ、だ、だ、先輩がその、裸で……、綺麗で」

 先輩が僕の目の前にスマホの画面をこちらに向けて差し出す。画面に打ち出された文字を見る。

『良く見たまえ。これでも私はきれい……なのか?』

 改めて先輩の身体に視線を戻すと、着ている制服は泥まみれでブラウスの襟から胸の辺りまで血が滲み真っ赤に染まっていた。喉は潰され、口をパクパクと動かす度に血糊が噴き出している。割れた眼鏡が刺さり片目が潰れ、その下の頬骨も陥没している。

「うわぁああっ!」

 飛び起きた拍子に右耳のイヤホンが外れて転がる。左耳のイヤホンではお気に入りの曲が今まさに終わりを告げる。

 ほんの数分の間に見た白昼夢。

 今はっきりとわかった。僕、朝日阿良弥(あらや)は西条先輩の事が好きだ。これは僕の意思。真夏の姿を、志乃さんを慕うのはただの記憶だ。

 空が青い。

 きっと同じだ。何気ない事、当たり前の事。

 僕の魂はこの意思に、記憶に魂は宿らない。

 屋上の端まで行き(おもむろ)に金網を掴んで乗り越えた。

「僕は僕だ!」この空に飛びだせば僕のままなんだ。

 ずっと。

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