第17話 僕の中
夢の中で見る志乃の顔が真夏と同じなのではない。真夏の顔が志乃に瓜二つなのだ。気付いたのではない。思い出した。
何故こんな記憶が僕にあるのかわからないが、正一の確かな記憶が僕の中にある。夢の中で真夏に置き換わっているのではないんだ。これが良く聞く〝前世の記憶〟というやつなのだろうか? もしかしたら真夏のお祖母さんが志乃という可能性はないだろうか?
真夏に聞けば何かわかるかも知れない。しかしこんな考えを真夏に話せる訳もなく、僕は極力彼女の前では自然に振る舞った。彼女を見ていると自分が誰なのかわからなくなる。もしかしたら僕が小説を書きたいと思っていたのは正一の記憶によるものなのではないか? と。
寝ている間も夢の中で過去の自分の記憶の海を泳いでいるような感覚だ。
それでも日常は波のように定期的に押し寄せてくる。目を開けて気怠い身体に鞭を打って学校へと向かう。
毎朝、待ち合わせをしている訳では無いのに、いつも殆ど同じ場所で真夏と合流する。
「おはようございます、正一さん」
後ろから掛けられた品の良さそうな挨拶に鼓動が速まり、急激に頭に昇っていく血流の所為で前頭葉の辺りに激しく鈍重な痛みが走る。痛みの影から自分でない人格が顔を覗かせて様子を伺っている。引き攣った表情で声を振り絞る。
「し、志乃……さん?」自分の耳を疑った。僕は確かに真夏の名前を呼んだはずなのに発せられた言葉は違っていた。
「あははは! 雰囲気出てた?」
「パァン」戯けて笑う真夏の顔をめがけて思い切り平手打ちをした。
頭に昇っていた血液がそのまま怒りの感情の熱になり、考えるよりも先に身体が動いてしまった。
「痛っ。何なのよ。馬鹿じゃないの? 貴方が貴方だと思わな……」続く真夏の言葉を遮る様に僕の腕はまた振りかぶり先ほどと反対の頬目掛けて平手を放つ。しかし真夏が素早く上げた自分の腕でガードし、僕の掌は届かなかった。
「真夏? お前何言って……」
「貴方が貴方だと思わないでよ」やや下から僕を上目遣いで睨付ける。
「どういう意味だよ?」
「ちょっと巫山戯ただけでしょ? 先、謝りなさいよ!」
「ごめん、悪かったよ」
「今日はもう口聞いてやんないっ」
早足で歩いていく真夏の背中を見て、過去にも同じように怒って歩いていった志乃の背中と重なった。
何故志乃を怒らせたのか? 正一の記憶が今日の真夏との喧嘩の記憶に上書きされてしまい思い出せない。
ただただ不安や不信といった全てを否定する気持ちが湧き上がり、みぞおちの辺りに溜まっていく。
僕は意識は自我は記憶によって変わってしまうのか?
僕は誰だ。