第11話 ミーハー
スランプと言うのもおかしな話で。
今までに幾つかの作品を書き上げてきて、ずっと執筆活動を続けているのならその言葉を使う資格があるのだろう。ただただ書き始める事が出来ない僕は一体全体何が書きたいのか、果たして何を書けるのか?
これはスランプでは無い。
こんな時、いつも僕は現実から少しだけ逃避する。ぼんやりと鴨チャンネルを眺める。
鴨チャンネルはKAMONOさんが運営している動画サイトの名前。マウスを軽くカチリと叩きパソコンを立ち上げる。ブラウザのブックマークバーをクリックして再生リストを一通り眺めた。
すると、意外と起こりそうで実際はそう易々とは起きない、そんな小さな奇跡が起きた。
チャンネルのホームに戻った時、ほんの数分前には上がっていなかった最新の動画がアップされていた。なんと閲覧者数はゼロ!
慌ててヘッドフォンを耳にかけ、ドキドキしながら再生ボタンを押す。
それはいつも不定期にアップされる歌ってみた動画。最近のヒット曲からKAMONOさんが独断と偏見、且つ適当に選んだ曲を唄う。
そして贔屓目に見ているからそう感じてしまうのかもしれないけど、KAMONOさんが歌った歌は次の週のヒットチャートでランキングが上昇している気がするのだ。
およそ三分弱の至福の時間の後、イイねボタンをクリックする。
イイね数『1』。初めて最初のイイねを押せた興奮で脳内が一杯になる。昂った気持ちのまま初めてコメントを書き込んで送信ボタンを押そうとしたが、寸前で踏み留まって念の為もう一度読み返す。そこで自分の書いた文章が余りにも違和感に溢れた長文だった事に気付いてそのまま削除した。
同じ表現の多用、無駄な比喩、てにをはの間違え、上げるとキリがない。いつも僕が真夏に口を酸っぱくして言っていること。それがまるで出来ていない文章がそこにあった。
ブラウザをリロードすると、すぐにイイね数は二桁を超えていて、感動したとか涙が出たとか、そんな薄っぺらいコメントが幾つも付いていた。だけど僕にはそんなコメントすら書く勇気がない。
その夜、眠りについた僕が見たのは真夏に似たまた別の女の子と僕が田舎町でデートをする夢。
散歩をして、コンビニだかスーパーだかわからないお店で見たことのないレトロなジュースを二人で飲んで、ささやかな幸せを感じた。
そのジュースの味が忘れられず、目が覚めてすぐスマホで調べてみたけど、そのジュースはとうの昔に販売を終了していた。