第1話 その小説は記憶を紡ぐ。
僕は本を読むのが好きだ。
なので休憩時間や昼休みも基本的には、いや、応用的にも一人で過ごす。勿論話し相手がいない訳でもハブられている訳でもない。
好きだけど、好きだから、噛み締める様に何度も頁を行ったり来たりしながら、ゆっくりと本を読む。空いた時間は、毎日数頁づつでも小説を読み進めている。
でも畏れ多くて読書が趣味なんてとてもじゃないけど言えない。僕なんかより沢山本を読んでいる人はそれこそ山ほどいるからだ。……それに実は夢もある。
バシッ! っと僕の頭をノートで叩く音がした。音だけで痛みはない。振り返ると、加害者女性が丸めたノートを握ったまま腕組みをして立っていた。
「阿良弥! 新作出来たから読んでっ」
こいつは僕と同じ文芸部に所属している久保田真夏。
何かと僕に絡んでくる、その名前の通りに暑苦しいやつ。
去年、高校に入学して三年間という貴重な時間を過ごす部活を決める為のオリエンテーション週間で初日に会って以来の腐れ縁だ。
最初の一週間「朝日くん!」
その週の終わりには「阿良弥くん!」
次の週頭には「阿良弥!」
……と、見事な三段跳びで距離を詰めてきた。そして悔しいけれど、彼女には僕が持ち合わせていない才能がある。
僕は本を読むのが好きだが、文章を書くことは出来ない、所謂読み専ってやつ。勿論、そんな事は問題じゃない。本を読む事で僕の欲求は満たされるし、何よりその時間が好きだ。
問題なのは、本当は僕の中に人を夢中にさせるような物語を書きたい、書いてみたいって気持ちがあること。
正直、今の真夏には文章を書く才能は無いと思う。
だけど、彼女には小説を書き上げる意欲がある。
彼女が握りしめているノートを受け取るべく右手を差し出す。受け取ったノートを開くと1ページ目のど真ん中に書かれたタイトルが僕の目に飛び込んできた。
『その小説は記憶を紡ぐ』