第8話:少女と霊媒(前編)
樹斗に呼ばれて部室に入ってきた女生徒。
巧一朗には大変見覚えがあった。
「モトちゃん先輩、この子は・・・この前の・・」
巧一朗は驚いた様子で樹斗尋ねる。
この女生徒は先日巧一朗と樹斗とで助けた少女だったからだ。
「ああ、色々あってな。うちの部で保護する形になった。」
「よろ・・・しく」少女は消え入りそうな声であいさつした。
「えっと・・・君は・・・名前は?」巧一朗は尋ねた。
「1年E組の・・皐月美羽・・・といいます。」彼女は答えた。
先日は気が付かなかったが、セミロングの髪を後ろでまとめたおとなしい感じの子だ。
ただ前髪が長くて表情が読み取りにくい。
「なんでまたうちで保護することになったんですか?」
「話せば長くなる」
そう言うと樹斗は説明を始めた。
彼女、皐月美羽は先日巧一朗と樹斗により助けられ、樹斗の実家である寺に保護された。
その後、彼女の家族と連絡を取ると、現在家族と離れて祖父母と暮らしているという。
樹斗の父の見立て通り、美羽の家族は美羽の体質には気づいていなかったようだ。
「その・・・皐月さんの体質って?!」巧一朗が聞く。「父曰く霊媒体質っていうらしい。」
「れいばいたいしつ・・・ですか?」
「簡単に言えば幽霊や妖怪みたいなものに取り憑かれやすい性質の事だ。」
「じゃあ、あの時も・・・」
「ああ、お前が来なかったら大変な事になっていただろう」
樹斗の説明によると、彼女は小さい頃からよく何かに取り憑かれていたようだ。
しかし美羽の家族はそういったことには疎く、放置されることが多かった。
なのでその度に体調を崩したり、何かしらの怪異を引き起こしていたという。
「・・・それで『災いを呼ぶ子』として祖父母の家に預けられていたらしい。」
「そんなことが・・・」巧一朗は絶句していた。
「この前の事はあまりに放置され過ぎて、取り憑いていたものの存在が成長してしまい、
瘴気が増大した・・・ということだそうだ。」
「あれは異常でしたからね。」
と巧一朗も言う。
「・・・いままでよく取り込まれてどこかに連れていかれたり、
魂そのものが食べられてないのが不思議なぐらいだと、父は言っていたよ。」
「そういえば・・・今まで何回くらい怪異に巻き込まれたことがあるんだろう・・・」
「それは本人にも分からないと言っていた。
本人も自覚していないだけで、何度も巻き込まれているんじゃないかとも言ってたがな。」
「でも、今回は特に酷い目にあったんじゃ・・・」
巧一朗は自分の過去を少し思い出す。
彼自身もこの『見える』体質のせいで、何度か霊的なものに付きまとわれたり
霊障と呼ばれる現象にもあったりしてきた。
(でもうちの場合は、婆ちゃんが神社の宮司さんと親しかったから、
そういうのが起こるたびに神社に連れてってもらってたっけ・・・)
しかしこの美羽という少女には、そういった人がいなかったのだろう。
だからここまで放置されてきたわけだ。
「・・・で、今回の件でこの子はどうなるんですか?」
「とりあえず私の家にしばらく住ませることになった。」
「え!?」巧一朗は驚く。
「・・・これぐらい引き寄せやすいと、また別のモノに取り付かれる可能性が高いらしい。」
確かにそうかもしれない。
これからもこういった事が起こらないとは限らない。
それに、彼女の家族が今の状況に疎いのであれば尚更だ。
樹斗の家は寺だ。樹斗の父が住職を務めている。
何か起こったときの対処を素早くできるし、
魔よけのためのお札なども用意できるという。
「学校では私や皆の目が届くこの部で保護する形になった。」
と樹斗は言った。
「という事はこの子も部員になるの?」亜由が聞く。
「まあそうなるな。」
「やったー!人数達成!これでオカルト研究部は存続できる~!」亜由が喜ぶ。
「よろしくお願いします、先輩方」美羽はぺこりと頭を下げた。
「・・・で、結局入部届とかはいつ出すせばいいですか?もう書けましたけど。」
「ああ、それならあたしが預かる。」
「分かりました。」「じゃ、あたしは顧問の先生に提出してくるわ。」
亜由が職員室に向かった後、クイクイと美羽が巧一朗の袖を引っ張る。
「あのぉ・・・一ノ瀬・・・君。」
「ん?なにかな?」
「あなたは・・・霊が・・・見えるんですよね。」
「うん。そうだけど。」
「・・・霊が見える人ってどんな感じ?」
「どういうことだい?」
美羽は俯きながら話し始める。
話によると美羽には幽霊がよく見えないのだそうだ。
霊感の強い人は霊の姿が見えたり声を聞いたりする。
だが彼女は薄い影程度しか認識できないのだという。
「いや、見えたっていいことないし・・・」
巧一朗は苦笑いする。(いや実際そうだし)
「いいこと・・・ない?」
「そりゃあしょっちゅう怖い思いをしてるし、取り憑かれそうになるし・・・」
「・・・あなたは・・・取り付かれたこと・・ないの?」
美羽は不思議そうにつぶやく。
「うーんどうだったろう。あったようななかったような。」
「・・・羨ましい。」ボソッと呟く。
「あ・・・」
(そうか、俺はこの子みたいに意識を乗っ取られるほどの事はされてないんだった。)
ちょっとしまったなと巧一朗は反省した。
「どうしました?」
「ごめん、なんでもないんだ。気にしないでくれ。
と、とにかくさこれからはモトちゃん先輩が守ってくれるんだから安心しなよ!」
「・・・はい。」
ちょっとやけくそ気味な励まし方だったが、美羽には通じたようだ。
「あと、俺も出来る限り協力するよ。部のみんなだって俺より頼りになるし!」
「ありがとうございます。」
美羽は少しだけ微笑んでくれた。
「あのさー・・・盛り上がってるとこ悪いけど
僕も自己紹介させてもらってもいいかな?」
雪信がちょっと申し訳なさげに声をかける。
「ああ!すまんユッキー。すっかり忘れてた。」「ひどい!」
巧一朗は素直に謝った。
「えっとじゃあ改めて、僕は部員の四方田雪信です。よろしくお願いします。」
丁寧にお辞儀をする。「はい、こちらこそ。」
「ちなみに僕のことはみんなは「ユッキー」って呼んでます。」
雪信はちょっと照れくさそうな顔をしている。
「ユッキーが占いやってる姿はとても面白いんで、
ぜひ占ってもらうといいよ」
「・・・その紹介の仕方すんごい引っかかるんだけど。」
雪信が口端をぴくぴくさせている。
そんなやりとりを見て美羽がくすりと笑みを浮かべる。
そんな感じで初日は和やかに過ごせたものの、
その翌日から部員たちは美羽の体質の凄さを思い知ることになる。
つづく