君は無慈悲なモブの女王
誤字報告ありがとうございます!
うっかりヒーローの名前を間違えたままにしていました。
ご報告いただき感謝です。
生まれた時から前世の記憶持ちのわたしユリアは、この世界が前世親しんだ乙女ゲームの世界だと気がついた。そう、これは異世界転生なのである。
そこで、大好きなキャラクター、超絶美少女でありながらモブとして早々に消えてしまう不憫なマリールゥたんの側に侍って愛でたいがために、母方の親戚のそのまた親戚の伝手を頼って、13歳の時にシェリンガム侯爵家のメイドとなった。
勉学に励み家事労働の技を磨くという努力を続けた結果、無事、マリールゥたんのメイドとなったわたしは、彼女の鼻歌からマリールゥたんもまた転生者である事を知り、カミングアウトしたのだった。
マリールゥたんは自分の登場するゲームをやった事がなかったと言うので、彼女の身に起こる理不尽な運命を教えて、それらを乗り越えていくために、作戦を練りましょう、わたしが必ずマリールゥ様をお支えいたしますからと、2人で生きる未来を提案した。何の事はない、逃げる一択なのだが、わたしは生活能力が高いので、マリールゥたん1人くらいなら充分に養っていけると思っていた。
わたし達は前世の思い出を含めて、いろんな話をした。
「わたしは前世16歳の時に交通事故に遭ったの。女子高生だったのよ。ユリアは?」と、無邪気に尋ねられた時、あろう事か、咄嗟に嘘をついてしまった。
「わたしは幼少時より病弱で入退院を繰り返しておりました。生前は男性だったんです。亡くなったのは、20歳の時かなっ?」と言ってしまったのである。
前世のわたしはエリート商社マンで、国家的プロジェクトのリーダーを務め、多くの部下を抱えて世界中を飛び回っていた。自他共に認める仕事が出来る男のつもりだったのである。
ところが、仕事中に倒れてそのまま帰らぬ人となったようで、記憶の最後がパソコンに向かって作業している場面だった。享年45歳です、はい、思い切りサバを読みました。
だって恥ずかしかったんだもん。45歳野おっさん、しかもバリバリ現役リーマンが、乙女ゲームの二次元キャラに恋したなんて言えるわけがない。性別を誤魔化さなかっただけ偉いと思う。
ちなみにワーカホリック過ぎて仕事と結婚したも同然のわたしは生涯独身を貫き、清らかな身体のまま逝った。未練があるとすればその一点である。
マリールゥたんには未だに訂正していない。世の中には言わなくても良い事があると思うし、恥ずかしくてやはり言えそうに無い。
*
初めてお会いした生身のマリールゥたんは生き女神様のように光り輝いており、わたしは失神しそうだった。
そして、こんなに美しく気高いマリールゥたんが婚約者の公爵子息に婚約破棄されてしまう未来は許し難かった。そこで、まずは婚約そのものを成立させないようにあれこれ考えたのだが、ゲームの強制力たるや恐るべし。結局、マリールゥたんとレイブンズクロフト公爵子息は婚約することになってしまった。
しかし、ゲームには登場しない義弟が出来たり、オリバー・レイヴンズクロフト公爵子息が想像以上のヘタレポンコツで卒業パーティまでに婚約が解消されていたり、マリールゥたんが家を出てカフェを開くという夢を実現したり……と、予想外の展開が待ち受けていた。
結局のところ、シェリンガム侯爵を説得した義弟のクリスティアンが、じわじわと追い詰めてマリールゥたんを射止めて、彼女は侯爵令嬢からシェリンガム侯爵夫人となった。2人は美男美女の上、悔しいけど相思相愛である。
そのクリスだが、彼もやはり転生者で、そのキラキラした外見とは裏腹に中身は真っ黒くろすけの粘着腹黒野郎である。マリールゥたんを任せるのは癪に触るが、守護神という意味でクリスほど適任もいないだろう。
所詮わたしは女で、どれだけマリールゥたんを愛していても結ばれる未来はないし、物理的にも守る力はないのだから。
まあ、ぶっちゃけちゃうと……わたしの恋愛対象は普通に男性なのである。
マリールゥたんを守るべく活動している時に、オリバーの側仕えをしていたエドウィンと懇意になり恋に落ちて、熱烈なプロポーズを受けて彼と結婚したのだ。
そして現在、わたしはマリールゥたんがプチ家出中に立ち上げた、「しあわせカフェ」の店長を任されている。カフェのオーナーはシェリンガム侯爵家で、経営はわたしたち夫婦に任されているのである。
*
「ユリアー、ただいま!ああ、ユリアが足りない、補充させて。」
「お客様の前ですよ。」
わたしは、ぎゅうぎゅうと抱きしめてすんすんとわたしの髪の匂いを嗅ぐ夫、エドウィンを嗜めた。
「そんな可愛い顔しても駄目だよ。仕事で疲れて帰ってきた俺を癒せるのは、愛妻のユリアだけなんだから、ほら、お帰りなさいのチューは?」
「や、だから、ここお店だからっ。」
「チューは?ほら、ほら、早くしないとお客様に見られているよ?あ、わかった、いちゃいちゃぶりを見せつけたいんだね?」
わたしは根負けしてエドウィンの頬にそっとキスをする。
店内では小さな悲鳴が起こったりするので、わたしは照れてしまう。強引で傲慢で自信たっぷりのこの男、エドウィン・サムシングこそ、わたしの最大の理解者であり最愛の夫だ。
ちなみにこのハグ&キスは毎度の事なので、しあわせカフェの常連のお客様達は温かく見守ってくださっている。うちの店に来ると異性との素晴らしい出会いがあって、情熱的な恋人が出来るというジンクスがあるらしいのだ。
夫のエドウィンは見目の良い男で、その上お義父様から譲っていただいた子爵の爵位も持っている。エドウィンはゲーム内で名前も出てこないキャラで、当然スチルもなく「オリバーの従者」という記述のみだ。しかし、現実のエドウィンは攻略キャラ並みにいい男なのである。
すらりと長身で、鍛えた肉体(実は騎士)をした細マッチョでありながら、相反する甘いマスク、漂う色気、そんな男が愛妻にベタ惚れしている様はビジュアル的にもぐっと来るものがあるらしく、お客様からは2人で並んだ絵が欲しいと言われる。なんでも、それをお守りにしたら恋が叶うといわれているらしく、絵師を手配して書いてもらった小さな絵姿をお守り型の巾着袋に入れて売り出したところ、完売してしまった。
お陰様でグッズ販売も好調です。
見慣れているはずの妻であるわたしも、エドウィンのいい男っぷりに惚れ惚れしてしまう時がある。とりわけ、湯上がりにまだ濡れた髪をタオルでゴシゴシ拭いている時の割れた腹筋とか、上腕二頭筋とか。
夫をこっそり観察していると、ん?と言った顔で、
「何?構ってほしいの?可愛いねぇ、俺の奥さんは。」と言いながら、ぎゅうぎゅうしてくると、心臓発作でこのまま死ねると思う。
*
わたしは時々、エドウィンとの出会いを思い出しては、にまにましている。
エドウィンは、オリバー様とマリールゥ様の情報交換をしようと言ってわたしに声をかけてきた。
「僕はエドウィン・サムシング。伯爵家の三男です。」と名乗られた時に、わたしは反射的に吹き出してしまった。
「はっ!ジーパン野郎かよっ!」
だって、エドウィンとサムシングって、前世の日本で良く履いていたジーパンの、あ、今ならデニムね、その2大ブランドが合体した名前なんだから。
「何!?どしたの?ジーパン野郎って何だい?それより君、美人だね。なんだか俺、君に惚れちゃいそうだよ。」
15歳のわたしは、13歳のエドウィンに惚れられて、口説き落とされ絆されて、遂には嫁になってしまった。
なんでわたしが良かったの?と聞くと、一目惚れするのに理由なんてないだろう?と夫は言う。本当に可愛い人だ。
そして、エドウィンは鋭い男でもある。
結婚前の話になるが、わたしが時々漏らしてしまう前世の記憶や、アニソンの鼻歌を聴いて、ユリアってさあ、本当は何者なの?と詰め寄ってきた。ジーパン野郎の頃から気になっていたらしい。
わたしはエドウィンに嫌われるのが怖くて、泣きながら逃げようとしたけど、俺はどんなユリアも好きだし、何ならユリアが男だったとしても愛せるよ、などと言うではないか。
わたしは諦めて自分の秘密を話すことにした。
前世の記憶があって、それはどうやら時空の違う世界で、しかも前世は男で、死んだ時は45歳でしたごめんなさい、でも清らかな身体なんです、過去も今も、と告白した。
「なんだよ、それっ!面白いじゃないか!その異世界の話をユリアの口から寝物語で聞けるなんて想像すると興奮するよ。
しかも前世も清い身体って、ユリア最高だよ。俺なら迷わず娼館に行ってたよ。
その自制心の強さ、高潔さ、立派だね、男として尊敬するし、もちろん現世のユリアの凛とした美しさも俺は愛している。
だからユリア、君の初めてを俺にください。結婚して。」
とまあ、何となく丸め込まれた感じは否めないものの、前世の記憶持ちである事がエドウィンを喜ばせてた。
そんな事があって、求婚された事をクリスに相談したら
「そっかー、ユリアは元は男で45まで童貞だったと聞くと、恋愛に興味ないのかと思ってたけど、良かったじゃないか。」と意外な事に喜んでくれた。
クリスは悪いヤツじゃないが、マリールゥたん以外への興味は全くないので、わたしの事で喜ぶのはどういう了見かと疑ったが、
「なんか父親みたいな感じがするから。」と言われた。
わたしは女なので、せめてそこは母親と言って欲しかった。
そんなクリスは自分が転生者であることを、マリールゥたんには隠し続けている。理由は、マリールゥたん自身が転生者であるという秘密を、クリスにバレないように隠そうとして挙動不審になる様子が堪らなく愛しいからだそうだ。
「僕も転生者だってわかったら、緊張感が無くなるじゃん?そういうスリルとかスパイスって夫婦生活には必要だと思うんだよね。それに、焦るマリールゥが可愛い。」
クリスもまたエドウィン同様変態なのだとしみじみ思う。
*
あの貴族学院の卒業パーティから6年、オリバー・レイヴンズクロフト公爵子息と、マリア・プラデリス伯爵令嬢の結婚式が、本日恙無くとり行われた。出席者のわたくし達夫婦は帰路の馬車の中である。
夫のエドウィンはわたくしの手をサワサワとさすりながら、
「オリバーの奴、幸せそうだったな。マリア嬢も綺麗だった。俺の奥さんの次の次くらいだけど。」と言うので、言い方を
注意しておく。
「あんなのでも、次期公爵様なのですよ。人前ではちゃんと敬称を付けて差し上げてくださいませ。」
「いいんだよ。あいつは俺たち夫婦に弄られるのが嬉しいんだから。あいつ友達少ないからさぁ。」
夫は満面の笑みで、わたしの頬を両手で挟み込んだ。
「面倒見のいいユリアがオリバーの愚痴を聞いて相手をしてやってる時、俺、嫉妬の嵐なんだぜ?」
あ、これ不味いやつだ。今晩は寝かさないぞ、覚悟するように、という展開の。
本当はわたしも子爵夫人だし、カフェを任せる人材を雇えば良いのだが、侯爵家でマリールゥ様のメイドとして仕事をいていた時に染みついた働き癖と言うのだろうか、身体を動かしていないと落ち着かない。だから翌日の仕事に差し支えないかしらと、心配してしまうのだ。全く貧乏性である。
そう言えば、生前企業戦士として24時間働けますかーと栄養ドリンクを飲んでぶっ倒れるまで仕事してた若かりし頃の座右の銘は『働かざる者食うべからず』だった。
ある時思いついて、長細い短冊状の紙に、手作りの筆をインク壺に突っ込んで墨の代わりにして、座右の銘を日本語で認めてみた。
その紙を見たエドウィンが、「かっこいいな!俺にも書いて、書いて!」と迫るので
『精力絶倫』と書いてあげた。とっても喜んでいたけど、正しい意味は教えてあげない。
ねえねえ、どういう意味なの?と尋ねてくるエドウィンに
「えーっとね、ギラギラしててすごくいい男って意味なの。」と答えたら悶絶していた。
「やばっ、ユリアはそんなに俺の事が好きなのか。俺もユリアの事を王国一、いや世界一、愛してるぞ!」と言ってわたしを抱えると、ベッドへ運ぶのだった。
ああ、明日、わたしの足腰は大丈夫かしら。
*
そんなわたしのお腹はそろそろ膨らみが目立ち始めてきた。
同時期に身籠ったマリールゥたんと共に、靴下やらおくるみやら、編み物にはまっている。
編み物というのは理路整然とルールが決まっており、構造的に美しい。意外と不器用なマリールゥたんは、「ユリアは何をやらせても器用で尊敬するわ。」と言ってくれるので、わたしは有頂天だ。
エドウィンは子どもを授かった事を大層喜んでくれた。エドウィンはわたしの全てを丸ごと愛して甘やかしてくれる。エドウィンならわたしのような貧乏男爵家の娘ではなく、良い家柄のお嬢さんを娶る事が出来たのに、彼が選んだのはわたしだ。
まさか自分が、男に惚れるだなんて思ってもみなかったが、きちんと恋愛対象が男性で良かった。そして旦那様がエドウィンで本当に良かった。
カフェに出るのは控えて、人を雇った。わたしが店に出ないので、オリバーはつまらないらしく、奥様のマリア様を連れてサムシング邸にしょっちゅういらっしゃる。
めでたい事に、マリア様もまたご懐妊中で、生まれてから子ども達は貴族学院で同級生になるね!と、オリバーは大喜びだ。
「だって、俺さあ、口下手で友達が少なかったから、子どもには幼馴染を作ってやりたいだろう?」
マリア様もにこにこと微笑みながら頷いている。
「今のこの幸せがあるのは全てユリアのお陰なんだ。お前には嫌われてても仕方ないのに、社交界から浮いていた俺を受け入れて、喝を入れてくれたのはユリアとエドウィン夫妻だから。
それにしあわせカフェが、俺たち夫婦にとっての縁結びの場所だからな。」
わたしも、オリバー、いえオリバー様が色んな柵を全部乗り越えて、幸せを掴んだ事を喜んでいる。
わたしに取っては、オリバー様もクリス様も息子みたいなものだからね。(しかし実年齢は2歳しか違わない。)
*
とまあ、この世界に生まれ変わってから、色んな事があったけれど、わたしはモブだ。モブ中のモブだ。
口癖だって「モブだから仕方ない」なのだ。
気がつけば、夫エドウィンはわたしに勿体ないくらいいい男で、わたしにベタ惚れで溺愛してくる。
マリールゥ様の元婚約者で夫の幼馴染のオリバー様は事あるごとにわたしに相談してくるばかりか、ついには親友宣言してしまった。
そしてマリールゥ様の旦那様のクリスティアン様は、秘密の前世を語り合える貴重な同郷の仲間となっている。お互いオタク気質ゆえか、クリスはわたしの事を「先輩」或いは「父さん」と呼ぶ。
マリールゥ様からは姉の様に慕われているし、子ども同士を結婚させて親戚になろうね!と熱望されている。
おかしい。いつの間にやらわたしは、いい男3人と女神に慕われるモブの女王になってしまった様である。
夫は今日もわたしに跪き、「俺の女王様、どうか慈悲を」と愛を乞う。
そんな夫をわたしは心から愛している。
お読みいただきありがとうございます。
ユリアの周りの人たちとのあれこれを書きました。
彼らのやり取りは楽しすぎて、長くなりすぎるので、エピソードを削りました。
機会があれば、エドウィンを喜ばせた前世ネタの話とか、子ども世代の話とか書ければ良いなと思っています。