第8話 救世主
「君、名前は?」
俺は少しずつ彼女の警戒心を解くことにした。
「ふ、福束静です」
予想はしていたが彼女の声はやはり震えていた。今にでも泣き出しそうなその声からは、精一杯の頑張りが伺えるが今はそんな事どうでもよい。それよりも大事なのは計画をしっかりと完遂する事だ。
「学年と部活動は?」
「一年三組です。部活動はソフトボール部…」
「そんな部あったか?」
「今年設立しようと頑張ってます」
次第に彼女はスラスラと言葉を返すようになってきた。なので、ここで本題に入る。
「へぇ〜新しい部活ね。でも、そういうの作られると二年や三年が迷惑するんだよ」
「あっ、すみません」
「特にソフトボール部だっけ?そんな部が出来たら俺らの居場所が奪われるかもしれねぇ。だからよ嬢ちゃん、辞退してくれねぇか?」
「えっ……」
当然答えに悩む福束。そこでもっと分かりやすい行動案を授ける。
「部員は何人いるのだ?」
「今は全員で五人です」
「ならあんたが辞退すれば設立の話は無かったことになる。どうだ簡単だろ?」
少し強引だが、ここに入った時点で君の辞退は既に確定している。
「返事がないけど黙ってれば出してもらえるとでも思ってるの?」
「そ、そんな。私はどうすれば……」
外部との連絡手段を持たない彼女は、閉鎖空間の中で相当なストレスが溜まっているだろう。更に上級生という恐怖を与え判断力を鈍らせる。そんな状態の彼女に向かって一枚の紙とペンを隙間から入れる。
「その紙に、部活動には参加しない意思の表明と氏名クラスを書くんだ」
「そ、それだけで許して貰えますか?」
彼女の言葉から少し焦りを感じる。
「そうだな……あとはお前の気持ち次第だ」
俺は時間を稼ぐように焦らす。
「あの、これでよろしいでしょうか?」
「どうした?やけに落ち着きの無いように感じられるが」
「その…御手洗に行きたいのですが」
「それならマットの近くにバケツがあるだろ?」
ようやくカフェオレに入れた利尿薬が効いたようだな。
「え、そのバケツに…」
福束が何を言おうと俺は沈黙を貫く。彼女の声はこれでもかと弱り果てていたが、俺は心を鬼にして黙る。
暫くすると、チョロチョロとバケツに尿が注がれる音が聞こえた。このまま突撃して彼女の心を折る作戦も考えたが、今後のことを考えると救出する形を取るほうが賢明だろう。
音が止まる。今は多分マットの横に置いたトイレットペーパーで拭いているだろう。そう思いながら中へ突入するタイミングを伺う。
物音が途絶え数十秒、俺は扉を開いた。
「大丈夫か!?」
あたかも今来た風を装って。
「あ、貴方は…」
マットの上で縮こまる彼女の頬には涙が溢れていた。
「俺は一年の三田だ。それよりも入口のあれ、閉じ込められているように見えたのだが大丈夫か?」
「せ、先輩は?」
先輩…そんなの最初から存在しない。しかし、今の福束にとって俺は救世主だ。この立場を使わない手はない。
「先輩……とやらに何かされたのか?」
「……いえ」
恐怖と羞恥心が彼女の口を閉ざす。
「そうか。俺は先生に頼まれて倉庫の備品を見に来たんだ」
そう言って中に入ると福束は動いた。
「ちょっと待って!」
そう言って彼女はバケツを手に取る。
「わ、私も先生に言われてバケツ取りに来たんだ。ハハッ」
そのまま彼女は涙を拭う間もなく体育倉庫を出ていった。
彼女が走り去って行くのを確認した俺はカメラの回収から始める。
「しっかり撮れてるかな?」
俺はその場で映像の確認をした。
「よしよし」
そこには、福束の放尿シーンがしっかりと映っていた。スカートが邪魔して肌は見えないが、バケツに跨っている彼女とバケツに注がれる尿の音で何をしているのかは一目瞭然だった。
「上出来上出来…」
「あ、あの…」
そこに三神琥珀がやって来た。
「あぁ、三神さんか、ちょうどいいところに。そういえば君の告白の真意をまだ聞いてなかったね」
作戦の成功した今の俺に怖いものなどない。このモチベーションのまま彼女の先日の奇行を問い詰める。
「あ、あれは…」
「君は一目惚れと言ったが、俺の何処に惹かれたというのだ?」
正直俺の見た目は平凡そのものだ。運動部独特のオーラや、やんちゃをしている奴らのように身だしなみに気を使っている訳でもない。そんな俺の何が良かったのか…
「あ、貴方は、私の胸を見なかった!」
「む、胸!?」
予想外の答えに変な声を上げてしまった。
「私を見る男性の視線はいつも胸なんです」
そりゃ、そんな立派なもんがついてたらな…
「でも貴方は違った!私の目を見てくれた」
あ…相手の性格を顔から読み取ろうとしたのをいい方向に捉えてくれたのか。
「そして、私の落としたボールペンを拾ってくれた瞬間。貴方のやさしさに包まれた気がしたの!」
ここまで彼女の話を聞いて俺は察した。
三神琥白…彼女も相当ヤバい奴だ…
「そうか…君の気持ちはよく分かった」
「でも、もう大丈夫」
ん?何が大丈夫なのだ?
「三田君には黒川さんがいるんだもんね」
は?今の話の何処に黒羽が出てくるんだ……
「渉君…」
その時、三神の後ろから黒羽が姿を現した。
普段は何とも思わない黒羽の登場。しかし、この時ばかりは彼女の御出座しに背筋の凍る感覚を覚えた。
「黒羽…見張りは?」
「福束さんが体育倉庫から出ていったって三神さんに聞いたから、作戦は終了したのかなっと思って」
彼女の判断は何も間違っていない。しかし、何かが解せない。
「そうか。小田原は何処に?」
「お留守番してるよ」
何はともあれ今日の作戦は大成功だ。後は福束にカバンを届ける時に釘をさせばソフトボール部は瓦解する。
「二人とも先に教室へ戻っていてくれ。俺もこれを返したら直ぐに戻るから」
「分かった」
教室へ戻る黒羽の後ろを三神が追いかけるように二人は戻っていく。
「さて、彼女の居場所は……」
尿の入ったバケツを持った人間の行き先など限られている。
「最寄りのトイレ」
予想は的中。俺がトイレに到着すると手ぶらの福束が出てきた。
「あ、そのカバン…」
「さっき三神さんが君を心配しながら持ってきたんだ。今頃彼女も君を探しているだろう。とりあえず見つかったと連絡しておくよ」
三神の印象が悪くならないようにフォローを入れ本題に入る。
「実はあの倉庫に防犯カメラがあったのだけど知ってた?」
俺の言葉に彼女は強く反応する。
「君が先輩に何を言われたのか知らないけど、あの防犯カメラの持ち主が学校じゃなくて先輩だったら……」
トイレを出た時の彼女は全て終わったと安堵していた。しかし、俺の言葉を聞いた彼女は、再びナイフを首元に突きつけられた様に震え、顔を真っ青にしていた。
「どうしたの?体調でも優れないのかな?」
彼女の顔を覗こうとした時、露骨に顔を逸らした。
恐怖よりも恥じらいの方が勝っているのだろう。一言でも発すると涙が溢れ出そうな彼女は口を開こうとしない。
「もう一度、体育倉庫に確認しに行くか?」
その場に立ち尽くすだけの彼女に提案する。
すると、小さく頷く。
「心配するな。俺もついていってやる」
トイレから体育倉庫までの間、彼女は顔を伏せるように、俺の上着を掴みながら歩いた。
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登場人物
三田渉 主人公
黒川黒羽 渉の幼馴染
小田原悠葉 渉の男友達
三神琥珀 巨乳 優しい香水の香り
高松燐赤 黒羽の隣の席 ポニテ 爽やか
石川一葉 高松の友達 バレー部 ツインお団子ヘア
福束静
松下梅果 担任
如月橙叶 二年生 長身 貧乳 饒舌