第4話 ドキドキ幼馴染トラップ
「そういえば黒羽はどこのアパート借りたんだ?」
「それは秘密です」
平然と同じ道で帰っているが、俺は黒羽が今住んでいる家を知らなかった。
「あっ、母親の母校ってことは近くに実家でもあるのか?」
「実家は鹿児島なのでここにはなにもないよ」
どうしても教えたくない様子の彼女。
「大丈夫。すぐに分かるから」
一棟のマンション前で俺の足は止まる。
「それじゃ俺はここで」
県内では珍しい二十五階立てのマンション。オートロックの入口でICチップ入りの鍵をかざして自動ドアを開ける。
「じゃあな」と別れの挨拶言葉を交わす俺の後について中へ入ってきた黒羽。
「おいおい、ここは実家と違ってマンションなんだから。他の住人の迷惑になるだろ」
彼女の行動の意図。何となく分かる気もするが……俺はとりあえず黒羽の背中を押して自動ドアの外へ運んだ。
「それじゃ、また明日」
別れを惜しむ黒羽に、はよ行ってくれよ〜と思いながら手を振る。
だが、その手はすぐに止まることになった。
「私もここに住んでいるの」
黒羽はポケットから鍵を取り出し自動ドアを開けた。
・・・嘘だろ?
この現実を受け止めるには時間がかかりそうだ……
俺の頭の中に様々な思考が行き交う。
その中でも一際大きな悩みが頭を抱える。
女を連れ込めない!
一人暮らしの男の特権、お家デート。二人だけの空間で映画を見たりゲームをしたり出来る数少ないスポット。更に俺のハーレム計画の助力として、異性と親交を深める場としても使える切り札。
そんな場所に、よりにもよって幼馴染の黒羽が住んでいるとは……
いやまだだ!階が違うならやりようはいくらでもある!
平然を装って、俺は最後の希望にかける。
「そっか。黒羽も同じマンションだったんだな。とりあえずエレベーターに乗ろうか」
エレベーターに乗り、行き先ボタンを押すまでの数秒間。俺の思考が未だかつて無いスピードで脳内を巡る。
俺が住んでいるのは206号室。このマンションは1〜25階まであるから確率は四パーセントほど。この確率ならいける!……いや待て、このマンションは階層が上がるほど家賃が増えたはず。学生の黒羽では高層階に住むのは難しい。だろすると…ダメだ!考えるのはやめよう。
俺は無意識に、ボタンが焼き切れるのではないかと思える程凝視する。
そんな彼女の指は二階へ差し掛かる。
ちくしょう。ここまでか…
次の瞬間。
「渉君は二階でよかったかな?」
彼女は自分の目的の階層ではなく俺の行き先を模索していた。
「なんで、俺が二階に住んでいると思うんだ?」
「だって、一階は危なさそうだし三階からは家賃が高くなるから渉君は二階を選ぶかなっと思ったんだけど…」
「ははっ。お前にはお見通しのようだったな。二階で合ってるよ」
彼女がボタンを押すと同時に扉も閉まりエレベーターが動き出す。
「そういえば黒羽は何階に行くんだ?」
俺の戦いはまだ終わっていなかった。あわよくば、恥ずかしいとかの理由をつけてボタンを押していない選択肢に賭けよう…
「だから、私は秘密って最初に言ったでしょ〜」
彼女は嬉しそうにそう答える。
エレベーターはあっという間に二階へ到着した。
「それじゃ、本当にここでさよならだな」
黒羽はここで降りない。と決めつけたい気持ちの俺は自然と言葉が出る。
「ほら、早く降りないと次の住人に迷惑だよ」
黒羽は俺の背中を押しながら一緒にエレベーターを出た。
エレベーターを自然と一緒に降りることで俺の思考は一瞬鈍る。だが、それもすぐに復活し現実を目の当たりにする。
「黒羽も二階だったのか!?」
思わず声に出してしまった。
「私は207号室だよ」
そう言って部屋の鍵を開ける黒羽。
「ほら!」
・・・隣の部屋かよ。それにこの配置だと黒羽の部屋の前を通らないと俺の部屋にたどり着けない。
俺のお家デート作戦は最悪の幕開けとなった。
「私が隣だと嫌だったかな…」
黒羽は捨て猫のような甘い表情でこちらを見つめる。
「嫌なわけないだろ。寧ろお前が隣で安心だ。何かあったらいつでも俺の所に来ていいからな」
社交辞令を交えて伝えると彼女は満面の笑みを浮かべて部屋へ入っていった。
「はぁ〜。これはハーレム計画の難易度爆上がりだな…」
彼女の姿が見えなくなると、緊張の解けた俺の肩は活動限界を迎えたかのようにガクッと重みを増す。
そういえばあいつの部屋、留守で引越しの挨拶が出来なかった所だな…
モヤモヤな気持ちで入学一日目は終了した。宿題よりもハーレム計画の立て直しを最優先に、俺は机へ向かった。
〜次の日〜
「さて、学校に行くか」
準備を済ませた俺は玄関を出る。
「あ、渉君おはよう」
そこには当たり前かのように黒羽が待っていた。
「待ってたのか?」
「うん。一緒に登校したくて」
「そうか…」
一緒に登校することによって様々な弊害が生じるが、断る為の大義名分が無い。だが、少しだけ抗ってみよう。
「やっぱり私はいない方がよかったかな?」
「いいや。ただ、中学の途中から別々で登校してたから少し緊張してるだけだ」
「そっか。……そうだよね、お互い高校生になったからなんか照れくさいね」
小学校低学年から中学二年の夏まで、一緒に登校していた俺の知っている幼い黒羽は、高校の制服を身に纏い軽く化粧をすることで垢抜けて大人の女性という雰囲気を醸し出していた。
「黒羽は俺なんかと一緒でいいのか?」
「うん。中学の時は親の不幸で途中から別々だったけど、やっぱり渉くんと一緒の方が落ち着くから」
どうやら黒羽と別々に登校するのは厳しいようだ。
「おぅおぅお二人さん。朝から仲が良いですな」
歩いて登校する生徒で賑わう学校の正門。そこで一人寂しく登校する小田原と鉢合わせる。
「なんだ、小田原か…」
一人で登校は寂しいだろうな…という哀れな表情を浮かべつつ、内心彼の境遇が羨ましいと思っている俺は結果、冷たい反応になった。
「たまたま同じマンションに住んでいるから一緒に登校しただけだ」
「へぇ〜。幼馴染で同じマンションにね〜」
彼はこのシチュエーションを色眼鏡で面白がりながら見る。
「小田原さん。そういう事言う人は嫌われますよ」
そんな彼を黒羽が一刀両断。
「ごめんごめん。そんなに怒らないでよ……えっと、なんて呼んだらいいかな?」
「黒川で結構です」
「それじゃ俺の事は三田さんって呼べよ」
「おいおい渉それは無いだろぉ〜。黒川さんはレディだから丁重に扱わんとあかんけど、渉とはマブダチでやっていくつもりだからな!」
「はっはっ。お前は朝から何を言ってんだよ」
「ふふっ」
小田原の発言に黒羽は少し口を緩ませた。
「ちょ、黒川さんまで笑わないで…」
彼女が笑うことでこの場が少し和やかになる。
だが、それは上辺だけの関係に過ぎなかった。
小田原…お前が馬鹿みたいに騒ぐから他の女子が寄り付かねぇじゃねぇか。
これはこいつの処遇を決める日も遠くなさそうだ……
登場人物
三田渉 主人公
黒川黒羽 渉の幼馴染
小田原悠葉 渉の男友達
高松燐赤 黒羽の隣の席 ポニテ 爽やか
石川一葉 高松の友達 バレー部 ツインお団子ヘア
松下梅果 担任
如月橙叶 二年生 長身 貧乳 饒舌