第1話 希望…と絶望
今日から新たな生活が始まる。
「来たぞ!養若高校!!」
地元からかけ離れた高校に入学した俺は、その身に纏う制服のネクタイを引き締めると同時に気持ちも引き締め、見知らぬ人にまみれた新天地に足を踏み入れる。
女子校と統合されて二年目。この学校の男女比は2:8と圧倒的に女子生徒の数が多い。そんな状況を狙って入学した俺の目的はただ一つ〝ハーレム〟を作ることだ。
「遂に来たぞ女の園!これまでの人間関係をリセットして新たな生活を始める為にわざわざ京都から岐阜まで来たんだ」
そう意気込んでいたのだが、ここで一つ誤算が生じる。
「渉君おはよう。高校でも宜しくね」
それがこの女、黒川黒羽だ。
「お、黒羽…」
清楚感を醸し出す長い黒髪におっとりした目付き。落ち着いた見た目通り、大人しい性格の彼女は俺の幼馴染だ。
彼女との関係性を話すと長くなるでここでは簡潔に…
俺と黒羽は親同士の仲が良かったので小学校の頃からよく二人で遊んでいた。そして、俺達は両親を失ったタイミングがほぼ一緒という事もあり、互いにシンパシーを感じる時期もあった。そんな状態から立ち直った俺とは対象に、彼女は俺に依存するようになった。
そんな黒羽が、まさか同じ高校に進むとは夢にも思っていなかった俺は、驚きと安心感と、膨大な不安で言葉に詰まる。
「固まっちゃってどうしたの?もしかして私がこの高校に入学したこと知らなかったの…?」
そんな事知っているわけが無い!
首を傾げてきょとんとした表情を見せる黒羽。サラサラな髪は傾げた首と共に波打つ。
「も、勿論知ってたよ」
俺は何食わぬ顔で嘘をついてしまった。
「それにしても、どうしてこの高校に入学したんだ?」
「それは私の母親の母校がここだからだよ?」
そんな事も分からないの?と言いたげな顔で答える黒羽。
黒羽……赤の他人である俺がそんな事知っとる訳無いだろ。はぁ、これ以上ボロを出す前に話題を変えよう。
「あ!こんな所で雑談してる場合じゃない。早くクラスを確認しなくては…」
ハーレム計画を進める俺には、入学早々一大イベントが待っている。
それはクラス発表だ。
ハーレム計画の第一弾は自分のクラスの女子を把握することからだ。同じクラスなら接触する機会も多い。その機会を得るには、早めに教室へ入り接触する女子に目星を付ける必要がある。キョロキョロと周りを見渡すのは絶対NG。ポイントは生徒が入ってくるタイミングで不自然と思われないように入ってきた人をチラッと確認する。物音がしたな…と顔をスマホから音の方向へ向ける自然さが鍵となる。そこで彼のお目にかかる人物像であればマークするといった作戦だ。
「えぇーと、俺のクラスは…三組か。黒羽は何組だ?」
「私はもちろん渉と同じクラスだよ」
クラス分けの紙に見向きもしない彼女は自信満々に言い切る。
「いや、クラスは四つあるんだからそんなことは・・・」
彼女の名前は、渉のすぐ上に記載されていた。
黒川黒羽。三田渉。け、こ、さ行の苗字の奴らは何処に行ったんだ!?
予想だにしなかったクラス分け。前後になってしまった俺と黒羽。幸先の悪いスタートを切ったハーレム計画。しかし、そんな状況でも一つだけ希望が残っていた。
最前列なら黒羽と距離が空く。
最初のピンチをチャンスにするべく俺は教室の扉を力一杯開く。
視界に入る黒板の張り紙。すぐさま自分の席を確認する。
一列目…二列目…そして三列目。前から加藤、鎌倉、岸田、北村、木野、そして黒川。彼女の名前は後ろから二番目だった。必然的に最後列には俺の名前があった。
「近い席に、なったね…」
照れた表情を浮かべながらも喜ぶ黒羽。そんな彼女に対し、俺は軽く現実逃避をしていた。
「どうしたの?」
微動だにせず立つ俺を見て黒羽は不思議そうに尋ねる。
彼女の声で現実に引き戻された俺は頭をフル回転させて考える。
席が前後では計画の邪魔をされる可能性が高い。だが幸いにも席は一番後ろ。体を少し横に向けるだけで自然と扉の方へ視線を送ることが出来る…
「あれ?渉君…」
しかし、黒羽が近くにいると女が寄り付かない可能性がある。一番の理由は彼女が俺に依存している事だ。というか最早俺の事が好きなのではないかと錯覚するほどだ。いや、実際は俺に好意を抱いている可能性は高い。
例えば中三の体育祭。自分の団のテントで応援するのが学校の決まりなのだが、テント内に敷かれているブルーシートは基本自由席となっていた。周りの同級生は男女で分かれて座っているのが大半だが、彼女は普段からよく一緒にいる女友達に断りを入れ常に俺の横をキープしていた。
この行為、カップルであればよく見られる光景だが、俺と黒羽は親密な関係ではあるが付き合ってはいなかった。
周りからヒソヒソと声が聞こえたが彼女は全く動じなかった。それどころか、こちらに体重をかけて擦り寄る素振りを見せるなど積極的な面があった。
それでも比較的大人しい性格で奥手な彼女が告白してくる事は無かった。それが俺にとっては寧ろ都合がよかった。中三の時には既にハーレム計画を立てていた俺は特定の相手と付き合う行為は計画に支障をきたすと考えていたので、彼女の好意には日々怯えていた。
「お〜い。渉く〜ん」
俺は作戦を練り直した。
「まずは周りから固めよう」
「ん?周りからってなんの事?」
「あぁ、気にしないで。独り言。それよりも席に座ろう」
俺達は指定された席に座る。体は自然に見えるよう扉の方へ向け、スマホ片手に審査の準備に入る。
黒羽は鞄を机に置くと同時に、俺の方へ振り向き笑顔を見せる。
「そんなにニヤついてどうしたんだ?」
黒羽の視線に耐えかねた俺は誰かが入ってくるまで彼女の相手をする事にした。
「フフフッ。嬉しいのよ〜」
「何が?」
「これから三年間。渉君と一緒に学校生活を送れるから〜」
「おいおい、学年が上がるとクラス替えもあるのだから三年間とは限らんぞ」
「フンフフフーン♪︎」
離れ離れになる事など眼中に無い黒羽は上機嫌で鼻歌を歌う。
ガラガラ〜
その時、一人目のクラスメイトが扉を開いた。
一人目!!
俺は希望の眼差しを扉の方へ向ける。
「うぃーす」
ちっ。男かよ…
乱暴な言葉遣いと共に入ってきたのは茶髪の男子だった。
「あれ?まだ全然人いねぇじゃん」
そう言いながら男子生徒は自分の席を確認する。
なんだ、男かぁ〜
そう思いながら男子生徒を見つめていると、こちらをチラッと確認する。
その後、再び張り紙を確認する男子生徒は明らかに俺の方へ向かって歩いてきた。
「俺の名前は小田原悠葉」
目の前まで来た小田原はスっと手を差し伸ばした。
一瞬考えたが、すぐに反応する。
「俺の名前は三田渉だ。よろしく」
「おぅ渉か!少ない男子同士仲良くしような!」
距離の縮め方が強引な小田原は握った手を上下に振る。そしてその手をグッと引き寄せた。
「なぁ。渉を見つめる美女は彼女なのか?」
黒羽に聞こえないように耳元で囁く小田原。そんな彼に合わせて俺は静かに首を横に振った。
「よっしゃ!」
この反応を見て喜ぶ小田原。
「黒川黒羽さん。初めまして小田原悠葉です」
コイツ…こっちを二度見したのは黒羽の名前を確認するためだったのか。
小田原に背を向けた状態で座っている黒羽は、首を振り顔だけを彼に向けると軽く会釈する。
「あ、どうも…」
驚くほどの塩対応に小田原は動揺を見せる。
「あ、ははっ。一年間よろしくね…」
「はい」
男子に対するこの対応こそ普段の黒羽だった。人見知り、内気な性格を口実に男子との接触を極力回避する彼女は、中学でも俺以外の男子と話すことはほとんどなかった。
「おいっ渉!彼女、ちょっと冷たすぎないか?」
それよりもこいつ、流石に馴れ馴れしすぎではないか…?
そう思っていると次の生徒が教室に入る。
鎖骨まで伸びる金色の髪を靡かせる女子生徒は堂々と歩く。キリッとした目付きに控えめな胸。気の強そうな彼女は窓際列の前から四番目の席に座った。
「おぉ〜、おっかない感じの女が来たな」
「お前、なんでそこに座るんだ?」
しれっと俺の隣に座る小田原。
「ここが俺の席なんだ」
この一言で俺は感じる。この計画、誰かに邪魔されているのではないのか。それほどまでに計画は悪い方向へ進む。
周囲の女子から仲良くなろうと考えていた俺の左席は数少ない男子生徒。前席は幼馴染の黒羽。俺は残りの右席の人材を祈るしかなかった。
その後、十数名の生徒が教室に入り周りがざわつき始めた頃、一人の女子生徒が教室に入ってきた。
ショートボブで眼鏡をかけた彼女。一見、どこにでもいそうな地味目の女子高生だが、そんな彼女を無視するなと言わんばかりの豊満な胸。黒羽より大きいその胸は制服からでもしっかりと大きさが分かる。
思春期の男子には目が離せない所だが、ハーレム計画に大事なのは体ではなく性格だ。ナイスバディな女性でも御しきれなければ意味が無い。
そう考える俺は彼女の胸より顔に目線を向ける。
メイクをしているが最低限で目立たない程度に抑えているな。目にかかる程度の前髪には自信のなさが出ている。よし、彼女はマークしておこう。
そんな巨乳の彼女。何故か俺の前を通り黒板へ向かっていく。
昇降口から真っ直ぐ教室へ向かうと先に出てくるのは教室後ろの扉。その為、自分の席が分からない生徒の大半はそこから入り一番端の通路を通って黒板へ向かう。
他人とは違う行動をとる彼女からは仄かに香水の香りする。申し訳程度に香る香水は世間体でも気にしているのだろうか。
香りを置いていくように通り過ぎた彼女は、同時にボールペンを床に落とす。
「ボールペン落ちましたよ」
これは接触するチャンス!と思いボールペンに飛びつき彼女に渡す。
「あ、ありがとうございます」
おどおどしながらも俺の目をしっかりと見つめる彼女。ボールペンを受け取ると早足で黒板へ向かった。
ちょっと勢いが強すぎたか…?
「あ、そういえば右の席の人来ないな」
「もしかして休みなんじゃ…」
「初日から休むか?」
黒羽と右の席の人について話していると先生が入ってきた。
「これから入学式に向かう。全員揃って…ん?一人いないのか」
先生は名簿を手に取る。
「・・・まぁいいか。それじゃ、全員体育館へ移動」
生徒不在を気に留めない先生は移動を命じる。
右の席が休み…前は幼馴染で右は男…
俺のハーレム計画は難易度の高い状態でスタートするのであった。
ここまで読んで下さりありがとうございます。なるべく毎日投稿頑張りますが、多分不定期になります。時間はAM6時に固定しますのでよかったら見ていってください。