初仕事
目が覚める。
窓の外は相変わらず宇宙で時間が分からない。
寝る前、起きたら食事をして隣の部屋に来てと言われている。
取り敢えず渡されていた惣菜パンを缶コーヒーで流し込む。何でこんなモノが在るのか考えたら負けである。この世界の技術力ヤベーな!
それからシャワーを浴び、これまた渡されていた服を着る。
何だろうこの服。スゲー和服っぽい。嫌いじゃない寧ろ好きな部類だ。でも何でこの服?と思う。
身支度を終えたら隣の部屋へ。
部屋に入る前にノック、マナーである。ラッキースケベを期待しないでもないがここは無難に。
「どうぞー。」の声を確認して入室。
「ミヤ、おはよう。待ちました?待ち合わせの時間の確認してなかったし、時計も無いから適当に来ちゃいましたが大丈夫でした?」
「大丈夫ですよ。ここにいる時は時間なんて気にしないで良いですよ。そもそもここに時計なんて在りませんしね。」
時間を気にしないで良いとか、なんてホワイトな職場なのだろう。
「では、さっそくで悪いのですがクロに手伝ってもらう仕事の説明をしましょう。まずはこの腕輪をして下さい。」
腕輪をする。銀色のシンプル輪に宝石みたいな物が幾つか付いていて少しお洒落である。
「では次にそこのカプセルに入って下さい。」
部屋の壁際には透明な円筒のモノ。SF映画でたまに見るアレみたいで少しウキウキしながら入る。
「では説明します。クロには今からある世界の星に行ってもらい、そこで暴虐の魔王という人物が行おうとしている儀式を止めてもらいます。というのもその儀式が成功するとその影響で近くの世界が幾つか崩壊してしまうんです。いつもであれば全体的な影響が少なく問題無い範囲なので放置するんですが、今回はクロがいるので止めて貰おうと思います。次にその腕輪ですが、クロが魔法で出来ると思ってる事は殆ど出来る装備品となってます。無くさない様にして下さいね。最後に向こうに行くにあたり活動しやすい様に身体年齢を二十歳ぐらいにしときます。猶予は3年ですので頑張って下さい。でわ、レッツゴー!」
ミヤはそう早口で言い放つとカプセルの操作盤らしき物に触れた。
「え?ちょ、は?」
と俺が発した言葉は誰に届いただろう?
目の前には見知らぬ女性の像。どことなくミヤに見えるのが腹が立つ。
宇宙を駆ける一大スペクタクルのはずがコレだよ。何がホワイトな職場だよブラックじゃねえか!
「おお、救世主だ!救世主様の御光臨だ!」
ミヤの所業ををおもいグヌヌってる俺の後ろから歓声があがる。驚いてビクッとなったのは秘密だ。
どうやらここは礼拝堂の様な場所らしい。
礼拝堂の礼拝物の前に忽然と現れる人物。暴虐の魔王なんてのがいてる場所じゃ救世主とか思われてもしゃーねぇな。さて、どうしたものか。面倒臭い事になったぞ。
そう思っているとお揃いの服を着た人達が駆け寄ってくる。神父やシスターだろう。
そして「救世主様、此方へお願いします。」と奥にある扉へと先導を始めた。
昨日の今日だ。次は説明ってパターンかな。慣れたものである。異世界召喚系小説の定番だ。
そして案内されたのは豪華な応接室、となれば次に来るのはお偉いさんだろう。周りでは神父やらシスターやらが落ち着き無くチラチラと見てくる。
そして待つ。待って待って、1時間ぐらい待った。暇過ぎてシスターに声を掛けようとした時、待ち人の来訪が告げられた。
「教皇が入室されます。」
その声と共に周りに居た神父やシスターは扉に向かい跪き頭を下げた。
扉から入って来たのはキラキラした服を着た肥えたおっさん。
「うむ、お前が救世主か。」
教皇が俺を見て発した第一声がコレである。
「チェンジで!貴方と話す事なんて無い。」
肥えたおっさんにそう言い放ってから
「えーと、貴方と貴女、申し訳ないんですが他の部屋に案内してもらえます?その際に聞きたい事もあるんでお願いします。」
と、跪いていた神父とシスターの中から人の良さそうなお爺さんと可愛らしい女の子に声を掛ける。
そして部屋を出ていこうとすると案の定怒鳴り声が響く。
「待てキサマ、何のつもりだ!」
ウンザリだ。ミヤとキャッハウフフと宇宙の旅を楽しもうとしてたら、そのミヤの手によってこんな所に放り込まれ、そしてこんなおっさんの相手をしなとならないなんて、とんだ厄日だ。
「言ったままですが?人をこんだけ待たせて詫びの言葉もなく、初めて会った人物をお前呼ばわり。そんな貴方と話す価値があるとでも?それに気に食わないからって怒鳴り、そしてキサマとか言う人間、はっきり言って視界にも入れたくないです。」
余生を生きてる俺に怖いモノなんて無いぜ!足が震えてるのはきっと武者震いだ!
おっさんは顔を真っ赤に染めてプルプル震えている。あー昔を思い出すなぁ。業績の悪い少人数の事業所に配置された時、得意気に仕事の手順を説明してくるおっさんに、効率が悪すぎてマトモに仕事が出来ない無駄が多過ぎと言ってやった時と同じ顔だ。その後、本社と連絡を取り合って無駄を省いたら業績が倍増して褒められたのは良い思い出だ。
こんだけ思い出に耽っててもおっさんはプルプル震えるだけで何も言って来ない。という事は退室しても良いんだろう。
「では案内お願いします。」と先ほど声を掛けた二人を伴い部屋を出た。
さて、まずは情報収集だ。この世界の事が分かる資料がある部屋に案内して頂こう。
そして連れてきてもらったのは図書室。
昨日から異文化圏の人と会話出来るから文字もイケるかなーと思ったけど駄目でした。
まぁ、魔法が使える腕輪があるから大丈夫なんですけどね!異世界転移モノで現地の文字を読めるようにする魔法なんて定番ですから。
そして神父とシスターに色々と質問しながら資料を読む。
で、知り得た情報を整理しよう。
救世主とは→人種がピンチになったら女神が遣わして仲間と共に敵を討ち滅ぼす者。
まぁ宗教なんて信仰する方に都合が良いように出来てるから実際は分からんな。
この国の形態→王国制。この大陸最大の人種の国らしい。
王様えらーい。貴族もそこそこえらーい。血筋大事。高貴な血らしい。バカかな。
現状→人種と魔王軍が戦争中。大陸を二分して拮抗中。
元々人種が一番多くそして大陸を支配してた。それ以外の知恵ある人型種族は下僕や奴隷だった。しかしある時魔王が生まれ、人種以外が手を組み戦争をしかけてきた。だってさ。魔王が本当の救世主じゃね?
宗教→女神信仰。
女神は人種を一番愛し、地上の生物の頂点として人種を創ったらしい。なんて人種に都合が良い神様。
文化レベル→テンプレの中世ヨーロッパ系
魔法→ある。剣と魔法の世界だね
・・・あー、なんか面倒臭い。
救世主とか言われて少しだけ、ほんの少しだけだが戦争をなんとかしようって思ったけどさ、めんどくせーな。
元々、俺はこの世界の人達に何の義理もない。それに俺の仕事は魔王とやらの儀式を止める事。この世界の状況なんて知ったこっちゃない。
そもそもだ、俺は人間が好きじゃない。自分も含め人間が好きじゃない。色々なしがらみや関係が面倒臭く嫌で、それらに極力関わらないよう、残りの人生を消化試合として趣味を細々とやりながら生きてくつもりだったんだ。
あー、めんどくせー。
あっ、よく考えたら俺にはチートな腕輪があんじゃん。これで飛んでって魔王に隕石落とすなりすれば良いんじゃね?うむ、悪くない。
でも関係無い生き物殺すのは流石にどうかな?良心が痛むというより後味が悪そう。後悔とは関係なしに心に引き摺るモノってあるからなぁ。
よし!作戦決めた。
透明化や転移とかとかの魔法を使って魔王を拉致、それから魔王がやろうとしてる儀式について止めるよう説得。これで駄目ならまた考えれば良いさ。
うむ、悪くない。さっそく決行じゃー!
図書室に案内をしてくれた神父とシスターにお礼を言い退室し、外を目指しテクテクと歩く。
俺、この仕事が終わったら宇宙旅行を楽しむんだ!
そう心に誓い外に続いているだろう扉を開け放つ。
目の前には夕暮れに沈む街並み、紫色に染まる景色はとても幻想的で綺麗だった。
そして俺は思う。
資料読むのに時間使い過ぎた。
今晩の飯と寝床どうしよう。と