表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/22

05


 小屋の増築は、思ったよりも時間がかかった。日頃から世話になっているお礼だ、とやたらに張り切った連中がシャカリキに気合を入れたせいである。安い木材でささっとやってくれ、という私の意見に猛反対し、更に、恩返しだから、と散々にごねられてしまった。

 押し問答は終わりが見えず、結局は私が折れた。


 いい木材を使いたいというので、グローバー邸の離れに連れて行った。好きなだけ持って行け、と言うが首を傾げるばかりなので、斧でハチャメチャに解体してやった。どうしてか号泣しながら止められたが、おかげでようやく作業に取り掛かってもらえたので良しとしよう。


 結果として生活スペースよりも、材料の保管庫のほうが上等になったが構わない。離れは取り壊して、使える廃材は補修が必要な家や店に配ってもらった。

 そうこうしていると薬草採取を終えたヴィンセントが帰ってきたので、二人がかりで薬草を仕分けて移動させる。

 ひと段落着いた頃にはひと月ほどが経過していた。


「魔物が出るかもしれないのに、森で野宿しながら薬草採取するって、君も大概バカだな」

「うるせぇな。一気に済ませたほうが楽できるだろうが」


 見られると都合の悪い調合をする時間が確保できるので実は助かっているのだが、これは言わない。


「バカお前! ユピーニアの花をそんな雑に扱うなよ、死ぬぞ!? 茎を持て茎を!」

「さっさと死ねって言ったのは君だ」

「俺が言ってんのは自然死だよ!」


 死は死だろうに。


「お前ちゃんと解毒剤も作ってんだろうな。なかったら殴るぞ」

「さあ、もう忘れたよ」

「作れよ! 毒を作るときは解毒剤も用意するのが義務だぞ!?」

「初耳だ」


 厚手の手袋を二重に着けているせいでうまく指を動かせないヴィンセントが、不器用にユピーニアの葉を千切っていく。花は私が千切っているのだから、そんなに慎重になる必要はないだろうに。


「何で同じ花なのに葉と花で真逆の効果があるんだよ。統一しろよ」


 何に対して腹を立てているのか、彼はもうずっとこんな感じで悪態を吐き続けている。飽きないのだろうか。


「薬草学の神秘だろ。楽しめよ」


 ユピーニアの蜜を吸うのが白雪蜂だからだ。やつらは体内で猛毒を生成する。口を開けた蛇の頭のような形をしたユピーニアの花はつるりとしており、その構造上、足にびっしり棘が生えた白雪蜂くらいしか蜜を吸えない。白雪蜂が蜜を吸う際に花に触れ、蓄えている猛毒が花に移る。ユピーニアは毒が回ると花床からぼとっと落ちて、また新しく花を咲かせるのだ。呼び寄せるのが別の蜂であれば、ユピーニアの花には何の価値もない。

 数多いる蜂の中でも、毒のおかげで外敵がおらず生存率の高い白雪蜂に花粉を運ばせる。実に賢い。代わりに毒に侵されるが、そこは回復薬の材料にもなる葉の効能で花を落としてもどんどん次が咲く。白雪蜂のほうもユピーニアを独占できるので食料競争に煩わされることが減り、生存率がより上がる。長い年月をかけて進化し、彼らは互いにずぶずぶの関係だ。


「お前がそんなでなきゃ楽しんでるよ! もっと慎重になれ!」


 厚手の手袋を着けているとはいえ、私は一枚だ。無造作に花を千切って樽に放り込んでいく。どうやらその慎重さの欠片もない作業が気に入らないらしい。


「これまでずっとこうしてきたし、今更だよ」

「これまで無事だったのが不思議でならねぇよ」

「そのための回復薬だろ。そうでなくても葉が近くにあるんだから、いざとなれば食むといい」


 回復薬の瓶を開けるくらいの時間は稼げる。

 言ってから、しまった、と口を噤む。燃えるエメラルドグリーンに肌を焼かれた。


「お前、いい加減にしねえと本気で怒るぞ」

「……」


 喉の奥が、ぎゅう、と締まった。喉が爛れる感覚も、手足が痺れる感覚も、どれも体験している最中はきちんとしんどい。二度とごめんだと泣きもする。けれど回復薬を飲んでしまえば、やっちゃったなあ、とすぐに忘れてしまう。これまではそれで良かった。一人だったから。死んだあとの準備が整っている現状、死んだら死んだで、思ったより早かったな、とかその程度の感想しか抱かないと思う。けれどヴィンセントをそばに置くと決めた今は、気をつける素振りくらいは見せないといけないのだった。


 昔のように癇癪を起こして飛び出しても、昔と違ってどうしてかこいつは帰ってくるのだ。ぶすっとした顔のまま、反省しない私を散々に罵倒して、けれど食事は一緒に食べるし就寝前にはおやすみと声をかける。私が死ぬまで絶対に出て行かない。喧嘩別れでは終わらせない。そう言われているようで、居心地が悪い。


「……名前の書いてねえ樽、あの中身を教えろよ」

「……」

「聞いてやってるうちに教えろよ。いつか開けるぞ、俺は」


 うっかりヴィンセントが毒の材料に触れないように、樽にはすべて名前を書いた。葉と花で効能が違うものも複数あるので、詳細まで書いた。鍋にも書いた。薬瓶にも。小屋中がラベルまみれになっている。

 書いていないのは、知らなくていいものを放り込んでいる樽だけだ。

 例えば私が飲む毒性のある回復薬であったり、売りつけるための安心であったり、それからそう、解毒剤。安心を得られなくなる代わりに正気を取り戻せる薬。ちゃんと作ってある。用意してある。今は使わないから、樽の底で出番を待っているのだ。


「開けるときに教えるよ」


 ヴィンセントは舌打ちしただけで、それ以上は言わなかった。

 しばらく黙って作業を続ける。ユピーニアの仕分けが終わった頃、やはり口火を切ったのはヴィンセントだった。


「魔王が死ねばお前、これやめるのか」

「やめない」

「即答すんなバカ! ちょっとは考えるふりしろバカ!」

「君に見つかってすぐ考えたから必要ない」


 私が強硬手段に固執した原因は魔王だ。魔王がいるから事を急いだ。

 私では倒せない魔王。倒せる可能性のあるヴィンセントがやってきて、だったら終わりにしていいかもしれない。考えなかったはずがないだろう。

 けれどやめた。魔王討伐なんて一度で腹いっぱいだ。お願いするような仲でもない。


「魔王が死んでも私のやってきたことは変わらないし、だったら貫いて死ぬさ」

「少しは惜しめよ」


 何を。命を。

 お断りだ。今更、自分の命だけ惜しむような真似できるか。実際、惜しくないのだから端から無理な話だ。

 肩をすくめただけで返事をしない私にまた舌打ちして、ヴィンセントは立ち上がった。


「サンドイッチ買ってくる」

「私の分は肉を盛るなよ」

「自分の体に盛ってやれよ。魔法使いに筋力で負けてちゃ情けねぇぞ」

「君に負けても悔しくないから、いい」

「チッ」


 出て行く背を見送って、私も立ち上がる。樽を開け、取り出した瓶の中身を呷る。ラベルはない。とりあえず三本、すぐに中身を洗って聖水ですすぐ。相変わらず不味い。

 半端な自罰だと情けなくなる。己を罰しなければやっていけない程度の悪党なのだと、恥ずかしくて堪らない。小悪党と自称することすら厚かましい。悪ぶっているだけだ。それでも飲まずにはいられない。濃厚な回復薬と聖水で、決して死なないよう調整して、猛毒を飲む。臆病者め。

 ヴィンセントが知ったらきっと、殴られるだけは済まないだろう。


「……」


 筋力の低下を懸念されるほど、まだ弱ってはいないはずだ。運動不足の言い訳はまだ通用するだろう。

 それよりも、サンドイッチに飽きた、と言い出すタイミングを完全に逃していることについて考えよう。飽きた。本当に飽きた。これ以上は夢に見る。毎日毎日、飽きもせずヴィンセントはサンドイッチを買ってくる。気に入ったのであれば自分の分は好きにしてくれて構わない。しかし付き合わされたのでは堪らない。美味い、確かに美味いのだが、同じ味が続くといい加減に飽きる。もう見ただけで腹いっぱいだ。だって食べなくても口の中で味がする錯覚を起こすほど食べている。

 パン屋に申し訳ないので、増量分の金は支払うようにした。それはいい。とにかく同じサンドイッチを食べたくない。せめて違うメニュー、あるいはせめて一日だけでいいからサンドイッチ以外のものが食べたい。最近じゃすっかり昼食が憂鬱だ。朝と夜でいかに工夫しても、昼食が固定されているとしんどい。


 どうしよう。なんて言おう。これまで幾度となく遠まわしに言ってきたが、あいつはちっとも察してくれない。いっそ直球で言ってしまうか。そもそもどうして私はヴィンセントに遠慮しているんだ。意味が分からない。

 そろそろ違うものが食べたい。そうだよ、はっきり言えばいいだけじゃないか。というか自分で買いに出ればいいんじゃないか?

 ああ、そうだ。どうして思いつかなかったのか。私が昼食を買いに出ればいいんだ。いつも先んじてヴィンセントが立ちあがるから自然と任せることになっているが、制して私が行けばいい。よし、そうしよう。明日からそうしよう。

 私だって外に用事があるんだ。ついでに買ってくればいい。


 くだらないことで頭をいっぱいにしていると、外から騒がしい音が迫ってきた。

 大声で私の名を叫んでいるので、ヴィンセントであることは間違いなさそうだ。それにしてもうるさい。

 外に出てみると案の定、ヴィンセントが戻ってきていた。興奮しているらしく顔が真っ赤だ。いや、走っているからだろうか。


「うるさいぞ、ヴィンセント」

「エー……ジョン! ドラゴンの肉が食えるぞ!」

「……は?」


 ドラゴンとは、また随分と珍しい。


「魔王討伐しようってパーティがギルドに来てる!」

「あ、そう」


 優秀な連中なんだろう。ドラゴンの討伐は難しい。


「興味持てよ!」

「それ、勇者の関係者じゃないだろうな」

「魂の感じが違うから、違う」

「なら、いい」


 まるで興味を示さない私に焦れたのか、ヴィンセントは力任せに手を引いて歩き出した。力技に出られると勝ち目がない。こういうとき、貧弱な肉体が恨めしいと思う。


「お前ここの領主だろ、挨拶しとけよ。媚を売れ。魔王を討伐させろ」

「嫌だよ。さっさと通り過ぎてほしいくらいだ」


 お近づきになって、ここに滞在などされては堪らない。私の悪事がバレたら困る。暴かれるのは予定通りだが、暴く人間は彼らじゃない。魔王を討伐しようなんて、正しい理想を持ってる通りすがりの連中になんて、死んでも嫌だ。


「国が抱えてる連中だぞ。国が相手なら服従の魔法を解禁してもいい」

「やめろやめろ!」


 こいつ、国に対しては過激派だな。


「もう、いいから手を離せ。私は会う気ないんだよ」

「あっはっは! ろくでもない薬ばら撒いてるのがバレるのが嫌なんだろ」

「……わかってるなら離せよ」

「嫌だね。ろくでもない自分の責任だろ」


 ずんずん進みながら、ヴィンセントは火花を散らすように笑い続けた。陽光を跳ね返す金髪が煌めいて眩しい。頭痛がする。


「大丈夫だって。ぶっ殺されそうになったら、俺が錯乱の魔法をぶっ放してやるから」

「君、そうやってまた私に恩を着せようとしてるだろ」

「そうだ! 今度こそ俺のところに戻ってくるって言わせてやるからせいぜい自分の罪に怯えてろバカ!」


 こいつ、むしろ寝床を与えている私のほうが恩を感じてほしいくらいだというのに。ろくでなしめ。お互い様のくせにそんなことを思う。

 引きずられていった先にいたパーティはどいつもこいつも太陽みたいな笑顔を浮かべていて、特にリーダーだという勇者はヴィンセントみたいな金髪をしていて、そのくせ私の悪事を暴いてはくれないまま、しばらく町に滞在して魔王討伐の旅へ出かけて行った。お礼まで言われた。

 役立たずめ。

 恩を売りつける算段が外れ拗ねたヴィンセントはしばらく、寝ている私の髪の毛を引っこ抜いたり、食事に唐辛子を混ぜては泣きながらのたうち回る私を笑ったり、思いつく限りの嫌がらせをして過ごした。ふざけるな。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ