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02


 大の大人がわんわん声をあげて泣くものだから、何事かと人が寄ってきた。人が往来する場所で派手な真似をすれば当然、目立つ。ヴィンセントだと気づいてすぐ、引きずってでも移動すべきだったと後悔したところでもう遅い。しかたなく手を引いて、人の目を避け移動する。

 孤児院には近づかないよう大きく迂回して、うろうろしている間にも泣き止む気配はない。どうしようもなくなって、嫌々ながら森のほうへ向かう。

 薄暗い奥まで入る気にはなれないので、木漏れ日が差す明るいところで立ち止まる。


「泣き止め」


 つかんでいた手を離すも、どうしてかヴィンセントのほうが離さない。泣き声はやんだ。


「何してる」

「もっと奥に行こう」

「嫌だ」

「お前はそればっかりだな」


 拒む私に、ヴィンセントはやれやれと肩をすくめた。意固地な子どもに対するような反応にムッとする。その切り替えの早さは何だ。

 嫌だよ、と繰り返すべく開いた口はしかし、ヴィンセントが歩き出してしまったので声に出すことはできなかった。彼は迷いのない足取りで、どんどん奥へ突き進んでしまう。こいつ、意外と力がある。棒切れのように細い私では振り払えない。

 嫌だ。気分が落ち込む。

 そっちに行くなよ。そっから先は暗いばっかだろうが。言葉はいくらでも浮かぶのに、声になる気配はない。

 薄暗さを増していく景色に、どうしたって死んだときのことを思い出す。気分が悪くて、今しゃべったら、なんだか声が震えそうだ。それも嫌で、口をもごもご動かしては開くのをやめる。

 ヴィンセントが立ち止まったのは結局、例の洞穴があった場所の少し先、まさに私が死んだその場所であった。


「よし、ここならいいな」

「何がいいんだ、最悪だよ」


 清々しい声音に思わず言葉が飛び出した。震えこそなかったが、頼りない。


「思い出の場所だろ」

「懐かしむような場所じゃないだろ」


 デリカシーって言葉を知らないのか。……知らないだろうな。無縁の男だ。


「え? 記憶に強く残ってる場所を指す言葉じゃねぇのか?」

「だとしても、もっと前向きなとこいくらでもあったろ。何でわざわざ死に場所だ」

「だって人間は死体と語らうために土に埋めるんだろ?」

「……」


 エルフは基本、死後は火葬するのだそうだ。エルフは魔素の塊だと、かつてヴィンセントが語っていた。それは事実としてそうであるらしく、エルフは死後も肉体が朽ちるまでに相当な時間を要するという。体内に残る魔素が枯渇するまでは死んだときのまま、まるで眠っているような状態が保たれる。

 昔は土葬だったそうだが、他の種族、特に人間と関わるエルフが増えた頃から、墓を荒らして死体を保存しようとする変態や、体内に残る魔素を抽出しようと実験したがるくそったれや、死体を食べて魔素を取り込もうとする大馬鹿者による被害が増え始めた。さらに魔王が台頭してからは、魔族が芋を掘り返して食う感覚で死体を掘り起こして食う事件まで増えて、徐々に火葬へと変わっていったそうだ。

 火葬には魔法が用いられ、肉体に残る魔素を燃料にする。火が消えるまでは時間がかかるが、骨も残らない。灰は土と混ぜ、畑などにまくのだそうだ。そうしてできた最初の実りは、里のエルフ全員で食べる。それが弔い。墓もない、墓標もない。墓を参るたびに花を供えて祈ることもない。

 ヴィンセントの世代では火葬が一般的で、土葬には馴染みがない。それにしたって、理解が薄いにも程がある。


「何もかも間違えてるから記憶を修正しろ。事実はあとで教えてやる。わかったら帰るぞ、ここにはいたくない」


 あの日の、頭だか首だかあるいは全身だかが砕けひしゃげる音が、耳の奥で聞こえた気がした。記憶にこびりついた音が再生されているだけ。わかっていても、気分は良くない。


「ちょっと待てよ。ウズシンリリー種が暴れた場所だ。定期的に浄化の具合を確認してくれ、ってギルドから言われてんだよ」


 ……そういうことは先に言え。それから、そういうことは被害者を伴わずに一人で行け。悪魔の所業にも等しい行為だ。喧嘩売ってんのか。

 頭痛がする。

 こめかみを押さえ、そういえばと気づく。ヴィンセントはどうやら、私がここで死んだことを知っているようだ。沈んだ気分のまま、当たり前のように死に場所だと言ってしまったが、彼は驚きもしなかった。どうして知っているのだろう。……どうでもいい。


「わかったから、早くしてくれ」


 深々と溜め息を吐き出して、面倒だからとすべてを諦める。私のこういうところがダメなのだ。私が一つ諦めるたび、ヴィンセントが調子に乗る。

 ジャックの頃もシスターたちに嗜められた。子どもの躾は忍耐勝負。私たちが一つ諦めるたびに、子どもたちの将来を一つ諦めていると思いなさい。

 なるほど確かにそうだと思った。さすが多くの子どもたちを立派な大人に育て上げたシスターたちの言葉は、経験が伴っているだけあって重い。でも私はヴィンセントの親でも友でもないので、彼に対しては諦めることをやめなかった。


 土に魔力を流してみたり、その辺の植物に触れてみたり、何やら調査を始めたヴィンセントをぼんやりと眺めながら、私は手近な石に腰を落ち着ける。

 見るともなしに、ヴィンセントを見る。

 鬱蒼とした森の薄暗さの中にあっても、彼の金髪は霞まない。視線を落とす。古いデザインのブーツは、デザインは古いままだが新しい皮になっていた。容姿に変化があったので、成長に合わせて新調したのだろう。しかしローブは同じものであるようだ。身長が伸びた分、丈が短くなっている。

 相変わらず物持ちがいいな、と素直に感心する。おそらくは私が編み出した、現代版の装備を修復する魔法を使いこなしているのだろうが、それは言わない。


「なあ、君はまだ冒険者をやっているのか?」

「やってる」


 ……彼の夢はまだ続いているのか。


「仲間を募ろうとは思わないのか? それだけ続けていれば、それなりに名も売れただろう」


 私の耳には届いてこないが、私と別れてからの彼の拠点はきっとここではなかっただろうから。中央都市なんかでは意外と、高名な魔法使いになっているかもしれない。仮にも魔王討伐を国から依頼されたことがあるほどの実力者だ。討伐後の騒動で、彼と、かつての仲間たちの功績は消え失せたが。彼の実力まで消えたわけじゃない。


「要らない」

「寂しがり屋のくせに」

「お前がいるだろ」

「……」


 いないよ。

 あんまりにも普通なことのように言うから、うっかり否定し損ねた。寂しい、なんてまさかそんな感情をここまで引きずるようになるなんて思わない。

 どうすれば諦めてくれるのだろう。エースは死んだ。ジャックも死んだ。今度はグローバーが死ぬまで、一緒にいるつもりだろうか。

 どうせまた喧嘩別れになるに決まってる。それでも彼は満足せず、私を探すことに人生を浪費して、そうして再会のたびにあんな風に泣くのだろうか。謝っても泣いても懲りない男が、謝ってでも泣いてでも(エース)を必要としていると、そんなことがあるのだろうか。


「お前はもう冒険しないのか?」


 黙っていると、今度はヴィンセントが問いを投げた。


「ここで死んだ私と同じだ。魔法の才がない。戦士は向いてないし、今は無駄に蓄えた知識を見せびらかしながら生活している」


 今回は、剣を振り回したり盾を構えたりできるほど体格に恵まれなかった。力技で戦士のふりができるほど元気でもないし、足も速くない。剣士と名乗るにも才がなさ過ぎるから、剣を持つことはやめたのだ。

 守るべき家族もいない身軽さを生かして、悠々自適なろくでなし人生を楽しんでいる。


「金は相変わらず届けてるんだろ。冒険者をやらないで、どうやってそんなに稼いでる?」


 孤児院と、戦士の子孫と勇者の子孫。届ける金の額は減らしたくなかった。

 魔王が復活した今の時代、残念ながら儲けるなら冒険者が最適だ。命か金か。どちらが大切かなんて、死が隣に立つ今は答えが決まっている問題だ。命を奪って金を得る。魔族が相手ならそれは正義だ。良心も痛まず、どころか感謝までされる。ぼろ儲けだ。

 でも私はできないから、良心は捨てて感謝されることをしている。私のやっていることは魔族が相手でも悪だが、ぼろ儲けだ。


「魔王の復活で人々は不安に苛まれてる。安心のためなら金を惜しまない連中ってのが、世の中には結構いるんだ」

「……」


 舌に苔が生える、と言われるほど語り合った仲だ。植物とは仲が良い。

 回復薬の材料も、毒消し草の群生地も、回復薬に見せかけた麻薬の生成方法も、知識に困ることはない。


「なあ、エース」

「グローバーだよ、私の名前はグローバーだ」


 手を止め振り返ったヴィンセントは、少しだけ寂しそうな目をしていた。


「お前、父親が死んで、跡を継いだんだろ」


 グローバー家はこの町を含めた一帯を治める領主の家だ。私はそこの嫡男で、父は私が幼い頃に亡くなった。病だったそうだ。殺しても死なないと言われていたのに、と多くの人が胸を撫で下ろしたと聞いている。

 まだ幼いといってもいい年の頃、私は父の跡を継いだ。異例だと言われたが、どうせ幼子なのは皮だけだ。ろくでなしの父に媚を売るばかりの、無能の烙印を押した連中が何を囀ろうと、私には関係ない。


「父親の頃とは、随分とやり方が違うそうだな。評判だぞ。グローバーさんはいい人って、みんな言ってる」

「光栄だよ」

「お前、神官と回復薬を改良するとか言って、脳みそ溶かしたことがあったよな?」

「ヴィンセント」


 唇に人差し指を立てる。


「沈黙には金の価値があるんだよ」


 覚えておくといい。

 死んで三日の内に転生したのが、家族のそばだったなんて私は幸運だ。守る、という、果たせなかった覚悟を貫き通す機会を得たのだから。

 この辺を治めている領主がくそったれなのは有名だった。腐った領主の膝元で真面目に生きるのは難しい。腐敗は伝染する。

 果てに呼び込んだのが忘れ去られたドラゴンというのは、さすがにちょっと刺激が強過ぎたが。犠牲になったのが他の連中でなくて本当に良かった。被害が私だけで良かった。でなければきっと、父は病では死ねなかった。もし町の誰かに、孤児院の子どもたちに被害が出ていたら。想像もしたくない。


「この土地だけは何とかしたかったんだ。孤児院のあるこの土地だけは」


 力のない私では、戦士と勇者の子孫にまで手が伸ばせない。手の届く範囲の、せめてここだけは守ってやりたい。

 (ジャック)たちが世話になっていた頃はそうではなかったのに。いつの間に腐ったのか、孤児院の子どもに生まれ変わった頃には生きる苦労が膨れ上がっていた。それに加えて魔王の復活だ。踏んだり蹴ったりとはまさにこのこと。


「俺の沈黙の末に、生まれるのは金だけか? 悲劇が生まれないと言い切れるか?」

「そうなる前に君が来てくれたことは幸運だと思うことにするよ」

「……」


 グローバーさんはいい人。

 みんなが言っているのなら、私の恩恵を受けたのは孤児院だけではないということだ。己の享受したものを見ないふりして、弱者に八つ当たりするような真似は許さない。


「生きてる年月の合算なら魔王にも勝る男だよ、私は。それだけの年月、人間をやっているとね、色々なことに敏感になるんだ。見逃さない。聞き逃さない。幸いなことに今生の私は他に気を取られる心配がない。うまくやるさ」


 多分、私はそう長く生きられない。

 世の中そんなに都合良くできていない。悪事はいずれどこかでバレる。いつまでも秘密にはできない。

 いつそうなってもいいように、準備は常にしている。私から受けた仮初の幸福をかなぐり捨てて、全員が私に剣を向ける日に備えて。全員が最低なろくでなしに騙された、可哀想な被害者になれる筋書きは完成している。

 この土地を真実正しく治められる、私の次も用意した。父が貯め込んだ美術品や陶芸品はほとんど売って、金は舗道の整備といった公共事業や領地の防衛費であらかた配ってしまったから我が家にはあまり金がない。無駄にデカい家だけはいざという時、領民の避難所として使えるよう残したが、その程度だ。問題ないだろう。

 あとは誰かが魔王を殺してくれると安心なのだが、こればかりは祈るしかない。私には力がないから、自分ではできない。


「エース、」

「グローバー。それ以外の名で私を呼ぶな」


 鋭利な声で切りつける。今回ばかりは許さない。

 グローバー家で生まれ、この生き方を選択した私は、他の何者にもなる気はないんだ。


「お前、何でそんなことしてるんだ」


 責めるでもない、感情の読み取れない声だった。強引に解釈するなら、夜の暗闇に怯える子どものような声。


「もっといい方法、いくらでもあっただろ。思いつけないほどお前はバカじゃない」


 このご時世に、魔王という脅威が立ち塞がるこの時代に、正当な方法で悪を退け、正義をもって人々に笑顔を届ける方法。そんなもの、一体どこにあるって言うんだ。どんな手段を選んでも、膨大な時間がかかるじゃないか。ちんたらやってる間に何人が死ぬ。どれだけの死体が積みあがる。待ってられるか。

 私には、力がなかったんだ。地位と金と知識だけで、できることは少ない。


「バカじゃなくても賢くはないよ。悪事ってのは楽だからね。そっちに流れることにしたんだ」


 茶化して肩をすくめる。ヴィンセントは返事をしなかった。しばらく沈黙して、風に揺れる金髪の眩しさに目を細めた。


「厄介な呪いだな」


 不意に、ヴィンセントが言った。


「お前は転生するから、死を恐れない。死ぬことが恐ろしくないなら大抵のことは脅威にならない。自分の命を粗末にできるやつは、何でもできるんだ」


 長寿のエルフと転生者の、そこが最大の違い。


「嫌われるぞ、お前」

「そうだね」

「でも死んでも神官には会えないから、殴ってももらえないんだ」


 エルフのくせに。この八つ当たりは腹の底に沈めた。


「……そうだね」


 神官が選んだ、未来を紡ぐ生き方。今の私はそれを冒涜している。自分の罪悪感の軽減のために、他のすべてを踏み躙っている。他のどこでもない、彼が始めた孤児院のある、この土地で。彼の愛した子どもたちが繋いだあの場所で。


「いつ死ぬんだ、お前」

「さあ? あと数年はバレないと思うけど、わからないよ」


 魔王が頑張ったら、意外と明日にでも魔物の餌になっているかもしれない。世界が吹き飛んで、人間が丸ごと消えるかもしれない。


「やっぱりお前が謝れよ。お前が全部、悪いだろ」

「脅されたって謝るもんか」

「死ぬまではいいよ。でも死んだら謝れよ。次は、寂しくなくても探してやるから」

「……お断りだよ」


 次、なんて絶対にお断りだ。

 しばらくは良いことも悪いこともしたくない。ごちゃごちゃと面倒をやるのは今生だけでお腹いっぱいだ。しばらくは矢継ぎ早に転生してやると決めている。じめじめするのに飽きたら、そのときはマシな生き方をするつもりだけど、それまでは何もしたくない。


「断ったって無駄だぞ。俺にはお前の魂が見えるんだから、どこへ逃げたって見つける。エースは俺が見つけたんだから俺のものだ。せっかく見つけたと思ったのに、何でそんな生き方してるんだバカじゃねえのか。俺まだ戦士の子孫にも勇者の子孫にも会ってねえから、連れてってくれるまでは意地でも探してやるから覚悟しろバカ。バカ!」


 バカ、と繰り返しながら地団駄を踏む。


「バカ! そうだよお前はバカだ! そうだまだ文句を言ってなかった。お前、俺が見つけた矢先にぽっくり死ぬなよ何やってんだよバカじゃねえのか!?」


 くわっ、と目を剥いたヴィンセントが駆け寄り私の胸倉をつかんだ。


「苦労して探し出したのに、駆けつけてみりゃ肉片だ! かき集めて持って帰るの大変だったんだぞ!」


 何の話か、脳がようやく理解した。なぜ」ヴィンセントが、私の死に場所を知っているような態度であったのか。知っていたのだ。彼は私がここでドラゴンに殺されたことを、知っていた。

 私の代わりにウズシンリリー種を討伐した冒険者がいたという話は聞いたが、それが誰かはわからなかった。ギルドの人間も知らないという。フードを目深に被ったその人物は、ドラゴンの死体を回収するよう言いつけてそそくさと出て行ったらしい。

 慌てて職員が追いかけると、辺り一帯の浄化を済ませ、死体は綺麗に解体され、しっかり毒抜きまで終えてあったという。毒のサンプルが数本、小瓶に入れて肉のそばに置いてあったそうだ。

 かき集めた私だったものを抱え、遺族に返してくる、と立ち去ったきり彼はギルドに戻らなかったから、報酬も渡せずじまいだった。

 気づくべきだった。改革に夢中で後回しにしている間に忘れていた。改革の一環でギルド職員もほとんど入れ替わったから、あのときのことを知る人間は少ない。彼が今ギルドに足を運んでも、同一人物だと思う人間はいないだろう。


「君が運んだのか……」

「魂はもうなかったけど、お前だった肉だからな」

「……ありがとう」

「臭いし重いし苦労したんだから感謝して、……え、今お礼を言った?」

「言ったよ、ありがとう。君が運んでくれたから、私の家族は私を弔うことができた。欠片でも帰ってやらないと、祈る場所がなくて困ったろうし」


 孤児院の裏には、今でも私の墓がある。いつ立ち寄っても新しい花が添えてあって、見たくないから裏には近寄らなくなった。


「礼を言ったな」

「そうだね」

「俺に感謝したな」

「そうだね」


 ぐっとヴィンセントが奥歯を噛みしめた。顔がしわくちゃになる。相変わらず、どんな感情でそんな顔をするのかさっぱりわからない。

 不意に、ヴィンセントがハッと瞠目して私を見た。


「お前、俺に借りができたな。これは借りだな! よし、俺は優しいから返す機会をやるぞ。次こそ俺のところに戻れ。恩人がお前の力を必要としてるんだから、お前は人生全部を賭けて恩返しするのが当然だよな。よし、決めた。もう決まった。エースは、俺のために生きる。決定!」

「決めるな!」

「知るか。エースには俺の言うことを聞く義務があるんだ。黙って従え。お前は俺のものだ」


 とんだ暴君、なんたる屈辱。たかが一回お礼を言われただけで、ここまで調子に乗れるのか、こいつは。


「そうと決まったら、グローバーはさっさと死ね!」


 満面の笑みを浮かべたヴィンセントの口から飛び出した言葉に絶句する。人の命を何だと思ってるんだ、こいつは。どの口が、という言葉がうっかり浮かんで、自分で落ち込んだ。

 深々と溜め息を吐き出す。もういい、疲れた。


「もうわかったから、町に戻ろう」


 ここにはいたくない。ここだけじゃなく、どこにもいたくない。


「お前、今はどこに住んでるんだ? 豪邸か?」

「薬の調合があるから、今は町はずれの小屋だ」

「じゃあ、そこに行こう。どんなろくでもない薬を作ってるのか、俺が見てやる」

「……普通の薬も作ってるよ」


 どうしてか拗ねたような声が出た。ますます落ち込む。今更、言い訳したところで何かが変わるわけでもないのに。何をやっているんだ、私は。

 泥水のような溜め息がこぼれた。

 妙に元気なヴィンセントに手を引かれ、森を出る。太陽の下に戻ったヴィンセントの金髪が陽光を受け止めて、輝いたような気がした。……勘弁してくれ。

 

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