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口篭る人形  作者: 風呂蒲団
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第八話 他人

 生物最大の感覚器官は?

 そう聞かれたら、大概の人が〝目〟だと答えるだろう。

 私もそう答える。

 生物は、その目を使って様々なものを見て、観て、視る。

 そして見ない。

 見えるもの。

 見えないもの。

 見たいもの。

 見たくないもの。

 見なければいけないもの。

 見てはいけないもの。

 私は、自分が見たいものを見ることが出来ているのか。

 自問自答を繰り返し、悩みの沼にはまっていく。

 トラウマに心臓を掴まれて、踏み出す一歩を見失った。

 だって私は、見えないものが見える者だから。

 守上雪さん。

 花を助けてくれた人。

 どんな人なんだろう。

 先生は「変わり者」って言ってたけど、大丈夫かな。

 改めてお礼を言いたいだなんて、花も成長したなー。

 クラスは、ここで合ってるよね……。

 どの人だろう……。

「あっ、ちょっと良い? 守上さん居る?」

「え、あぁ、居るよ。呼ぶ?」

「うん、お願い。ありがと」

 あ、本を読んでる。真面目な人なのかな?

「私が守上だけど何?」

 わー、ちょっと怖そうかもー。

「わ、私、遠藤叶って言うの。昨日、女の子助けてくれたでしょ? 私の妹なの。本当にありがとう」

 とりあえず、深々といこう。

 あ、今『あぁ、納得』みたいな顔した。

 気付いてくれた、良かった。

 なんか、体をジロジロ見られている気がする。

 あれ、なんでしかめっ面になってるの~?

 意外と表情豊かだなー。

「いや、別にいいよ。てか、なんでわかったの?」

 でも、やっぱり怖いかも。

「妹を迎えに行ったときに、先生に教えて貰ったの。それでね、妹もちゃんとお礼が言いたいって言ってて、良ければ今度、家に行ってもいいかな?」

 言えたー。良かったー。あ、でも、急に家に行きたいとか失礼だったかな。

「いやー、いいよ。そんな。気にしてないって伝えといて」

 どうしよ、断られること考えてなかった。

「……でも」

 花の気持ちを踏みにじるようなことしたくないしな。

 でも、守上さんが嫌なことをするのも、気が引けるなー。

 でも、ちょっと怖いんだよなー。

 でも、このまま帰って、花になんて言えばいいんだろ。

 情けない。

 幻滅してもらいたくない。

 私が、花の見本にならないといけないんだ。

 よし、もう一回お願いしてみよう!

「わ、わかった! わかったって!」

 なに!? なんで急に驚いてるの!?

 まぁ、良いや。このまま押し切っちゃおう!

「ホント! ありがとう!」

「あっでも、私の家はダメだ。遠いし、昨日の公園で良いよ」

 案外そういう気遣いもするんだ。

「うん、わかった。今日でも良い?」

 あ、勢いで今日とか言っちゃったけど、迷惑じゃなかったかな。

「はぁ、良いよ。どうせ通るし」

 守上さんは、良い人かも知れない!


 叶が嬉しいと、私も嬉しい。

 叶が怖がると、私も怖い。

 叶の感情が、自分の感情のように湧き出てくる。

 叶の記憶を見ているのではなく、叶自身になり、過去を振り返っている。


「ねぇ、君が遠藤叶ちゃんでしょ?」

「はい、そう、ですけど……」

 この人、どっかで見た気がする。

 どこだっけな。

「話があるんだけど、ちょっと良いかな?」

「次、移動教室で準備があるんで、ここでも良いですか?」

 なんか、周りから注目されている……。

 睨まれてる?

「まったく、君という子は。見せつけたがりなんだね。そんなに自慢したいのかい?」

 うざい。

「あの、早めに要件を言ってもらっても良いですか」

「僕の彼女になってよ」

「お断りします」

 ふんっ。

「え?」

「では、失礼します」

「あっ、ちょ、ちょっと待ってよ」

 ふふ、鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔しちゃってさ。


 移動教室って嫌いだなー。

 歩きたくない。何もかもが面倒くさい。

「ねぇ、遠藤さん」

「ん、何?」

 うわー、この子嫌いなんだよな。取り巻きつけて威張ってて。

「なんでさっき、先輩の告白断ったの?」

 怒ってるなー。あの人の事好きだったのかな。

 冷静のつもりなんだろうけど、声色に出ててるよー。

 茶化すか、正直に言うかどっちにしようかなー。

「見てたのー? あんな事急に言われても困っちゃうよねー」

 露骨に眉間が寄ったなー。こっちが地雷だったか。

「先輩に告白される事は名誉なことなの!」

 もう普通に怒ってるじゃん。

「そ、そうなんだ。私、あんまり知らなくて。それに、私じゃ釣り合わないかなと思って」

 謙遜すれば何とかなる。

「それ矛盾してるよね。適当なこと言ってんじゃないよ。調子乗ってるの?」

 なんとかならなかった―。適当なこと言ってるのバレたー。

 余程心酔しているんだね。

「予鈴鳴ってるぞー。席付け―」

 助かったぁ!

 セーフセーフ。

 次はお昼だし、流石に落ち着くでしょ。


 雪ちゃん、教室に居ないや。

 もう中庭に行っちゃったかな。

「あの、遠藤さん、呼ばれてるから来て」

 そういう感じで来るかぁ。

 自分の取り巻きに呼ばせて、詰め寄られたら私は知らない、あの子が勝手に呼んだだけっていう感じね。

「友達とお昼する約束してるからー。ごめんねー」

 無理矢理振り切っちゃお。

「ちょっと、待ってよ……」


「あっそうだ。聞いたよ。なんか告白されたんだってね」

 噂が回るのは早いなー。今日の出来事なのに。

「なんで知ってるのー。言わないようにしてたのに」

「なんかねー噂がねー流れてきちゃってねー。それで、どうしたの?」

「何が?」

「いや、受けたの? 告白?」

 なんでそんな分かり切ったこと聞くの?

「断ったよ」

「えー。どうして断っちゃったの?」

 嬉しがってくれないの?

「だって私、あの人の事何にも知らないもん」

「それだけ?」

「それだけってなにぃ? 知らない人とは仲良くなれないじゃん。付き合うなんて、いきなりは無理だよ」

 私は雪ちゃんの事、いっぱい知ってるもんね。

「そういうものなの?」

「それに断って正解だったよ。もし私が付き合ってたら、なんでお前なんかがって絶対言われてたもん」

「そんなこと言うやつ……居そうだな」

「居、そ、う、じゃなくて居るんだよ。実際に」

 これならどうだ。

「どういうこと?」

「なんか人気だったんだって、あの人。それで調子に乗るなとか言われちゃってさー。嫌がらせとかしてくるんだよ。最悪だよ」

 ちょっと盛り気味に言っちゃえ。

「え?」

 やった! 雪ちゃん、やっと怒ってくれた。本当に顔に出やすいんだから。可愛いなー。

「? 雪ちゃん?」

「あぁ、ごめん。何でもないの。それより、大丈夫なの?」

 嬉しい。心配してくれてる。

「全然大丈夫だよ。何にも気にしてないし」

「まぁ、大丈夫なら良いんだけど。何かあったらすぐに言ってよね」

 優しいなぁ、雪ちゃんは。もしかして雪ちゃん、モテちゃうのでは? やだやだやだ。それだけは嫌だ。私の雪ちゃんなんだから。

「雪ちゃんはどうなの? 誰か、好きな人とかいないの?」

「へぇっ? い、いないよ。出来たことすらない、かな」

 良かったぁ。でも、私の事は好きだよね?

「どうして?」

「いやー、特に考えたことないな」

 なにそれー。私が居るからでしょー。

「ほら、やっぱり雪ちゃんも同じなんだよ。相手の事をよく知らないから、好きにならないんだよ」

 私の事は、知ってるもんね。

「そう言われると、確かに」

 雪ちゃんだけは、誰にも渡さない。


「遠藤さん、今日も呼ばれてるから……」

「また? 今日もお昼約束してるから」

 いい加減ウザいな。なんで私があんな面倒くさい子の相手をしないといけないの。

「良いから来てよ……」

「どうせあの子が呼んでるんでしょ? 放っておいてって伝えて」

 震えないでよ。私が悪者みたいじゃん。

「来てくれないと私が……」

 くしゃくしゃの髪、真っ黒な目のクマ、汚れた制服、手の甲の引っかき傷。

 うわぁ。

 この子、死んじゃいそうだなぁ。

 雪ちゃんに会いたいのに、なんでこの子の面倒を見ないといけないんだろう。

 雪ちゃんだったらどうするかなぁ。

 助けるんだろうな、きっと。

 私とのお昼より、この子を優先するんだろうな。

「うん、わかった。行くよ」

「……じゃあ、こっち」

「あなたは来なくて良いよ。保健室に行って絆創膏つけてもらって」

「でも、行かないと私も……」

 キョロキョロしてる……。その言葉を言うことすら怖いんだね。

「何があったのか先生に伝えて。私が最後になるから。あなたも頑張って」

「遠藤さん……」

 雪ちゃんに連絡しないとなぁ。

『お昼行けそうになーい

 クラスの子にお昼誘われちゃって断れなかったー

 (。-人-。) ゴメンネ』

 こんな感じで良いかな。

 雪ちゃんの事は好き。

 だからこそ、すごい気を使う。

 だって雪ちゃん、時々とっても悲しそうな顔するんだもん。

 ここだ。あの子たちの溜まり場。

 メッセージを考えながら歩いてたら、もう着いちゃった。

 歩きスマホはいけません。

 死ぬ覚悟ができなくなるから。

 なんちゃって。

「来たよ。何の用事だった?」

 用事とか言っちゃってさ。

 自分が辛くなるのを、自分で否定しないでよ。

「あれ? 一緒に来るよう言ったんだけど」

「あの子なら、体調悪いってトイレ行ってたよ」

「そんなわけないじゃん」

 そんなわけないんだ。

 他人ひとの体調すら、管理下に置きたいんだね。

「遠藤さん、何か吹き込んだでしょ」

「吹き込むって……。罪悪感があるから、そういう発想になるんだよ」

「答えろよ。私が聞いてんだけど」

 あははっ。怒ってる、怒ってる。

 冷静じゃない人って外野から見てると面白いんだよねー。

「そんなこと言ったら、私の最初の質問も答えてもらってないよ」

「うるさいっ!」

「キャッ」

 ビックリしたー。黒板消しなんて投げないでよ。ドラマじゃないんだから。

 しゃがんでなかった当たってたよ。

「お前がずっと嫌いだったんだよ。すました顔して男に興味ありませんてアピールしてて。気持ち悪いんだよ」

 そんなの知らないよ。

 じゃあ笑っていれば良いの? どうせ笑顔も否定するくせに。

 あの子、ちゃんと保健室行けてるかな。

「おい! 何遅れてんだよ!」

 あれ~? 『あの子』がそこに居るんだけどぉ?

「……ご、ごめんなさい」

 私の目を見てるけど、それ私に言ってるの?

「本当に、ごめんなさい!」

 私に言ってるのかぁ。

 言えなかったんだね。

 絆創膏してる……。

 保健室には行けたんだ。

「遅れた罰だ。誠意を見せろ」

 普段と口調変わり過ぎ。

 雪ちゃんが怒った時より怖いよ。

「ど、どうすれば……」

「遠藤の頭を踏め」

 流石に度が過ぎてるな。

「そんな……。できないよ……」

「良いから、やれ」

 私を見ないでよ。これから頭を踏む人間に助けを求めてどうするのよ。

 でも、まぁ良いか。

 頭踏まれたところで、死ぬわけじゃないし。

「良いよ。大丈夫」

 わかりやすいなぁ。

 安心した顔してる。

 案外、簡単に歩き出すんだ。

 そっからどうするの?

 しゃがんでる私に向かって、足を踏み下ろすの?

 容赦ないなー。

 私を助けるのは躊躇して、私を傷つけるの事は全然躊躇わないんだね。

「あはははははっ! 無様だねぇ」

 イッタいなぁ。髪引っ張んないでよ。

「アンタが調子に乗るのがいけないんだよ」

 そんな覚えないんだけどな。

 あ、予鈴だー。

 もうお昼終わりか。

 ご飯食べ損ねちゃったな。

 いつ先生に言いに行こうかな。

「おい! こいつがチクんないように、ちゃんと見張っとけよ」

「はい……」

 今気付いた。こんないっぱい居たんだ。

 一、二、三、四人。まだいるのかなぁ。

 何人も取り巻きを連れて、まだ私をいじめないと気が済まないのか。

「お前の人生、絶対壊してやるからな」

 捨て台詞ダサ。

 取り巻きの子達は、なんでこんなことしてるんだろう。

 せめて楽しそうな顔をしてよ。

 あなたは悪くないんでしょって思わせないでよ。


 恐らく、全部のクラスに一人は取り巻きが居て、どの子が標的になっても良いようにしてるんだ。

 お互いを見張らせ合い、階級を付けているんだ。

 階級の高いものには、見張りなどの仕事は与えられるけど制裁はない。

 階級の低いものには、仕事はないけど自由もない。

 歯向かうと大人数から制裁を与えられる。

 集団で歯向かうことを企てると、密告され制裁を与えられる。

 密告することによって、自分の地位は確立され、制裁を回避することができるからだ。

 それに、もし集団で歯向かっても集団にいじめられたと言われかねない。

 自分の手は汚してないし、証拠もない。

 想像以上に最悪だ。


 学校に居る間は勿論、放課後も家に帰るまで見張られている。

 見張りがないのは、家に帰ってから登校するまで。

 けど、教師に相談する隙がないわけじゃない。

 見張られていようと何だろうと、職員室に入っちゃえば関係ないでしょ。

「先生」

「おぉ? どうした遠藤?」

 体育教師なら、なんとかしてくれるでしょ。その筋肉は、その熱い思いは何のためにあるんだ。

「私、いじめられてます。助けてください」

 シンプルが一番良い。

「何言ってんだ。どうせちょっと喧嘩したぐらいの事だろ」

「え、いや、そうじゃなくて、本当に……」

「今、忙しいんだ。他の先生に当たってくれ」

 他の教師にも聞こえるくらいの声で言ったんだ。

 どうにかなるでしょ。

「あの……聞こえてましたよね? 私、いじめられてるんです。助けてください」

「ご、ごめんさないね。私も忙しいのよ」

「ただの喧嘩だろぉ? 自分から謝っちゃえば良いじゃねぇか」

「自分のことくらい、自分で解決しなさい。将来、甘えた大人になってしまいますよ」

 あ、こういうことなのか……。

 助けを求めた人間が、あからさまに面倒くさそうな顔をした時、心というのは、こんなにも簡単に諦めてしまうのか。

 最後にはどうにかしてくれる頼れる存在だと、そう思っていた。

 大人が一斉に匙を投げちゃうか。

 これが同調圧力? これが集団心理?

 いじめとなんら変わらないじゃないか。

 弱いものを虐げるのに、特に深い理由なんていらないんだ。

 面倒事は嫌いだよね。

 私も嫌いだよ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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