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口篭る人形  作者: 風呂蒲団
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第七話 走人

 生物最大の感覚器官は?

 そう聞かれたら、大概の人が〝目〟だと答えるだろう。

 私もそう答える。

 生物は、その目を使って様々なものを見て、観て、視る。

 そして見ない。

 見えるもの。

 見えないもの。

 見たいもの。

 見たくないもの。

 見なければいけないもの。

 見てはいけないもの。

 私は、自分が見たいものを見ることが出来ているのか。

 自問自答を繰り返し、悩みの沼にはまっていく。

 トラウマに心臓を掴まれて、踏み出す一歩を見失った。

 だって私は、見えないものが見える者だから。

 校舎裏から急いで教室に戻る。

 空川の教室の方が手前にある為、先に入っていく。

「遅れてすみません。お手洗いに行っておりまして」

「珍しいな、空川が遅れるなんて。体調悪いなら、早退しても良いんだぞ?」

 先生からの信頼はあるようだな。

 廊下で精一杯真面目な顔作ってたくせに。

 私も教室の扉を開ける。

「すいません。トイレ、行ってましたぁ……」

 全員が「そんなわけねぇだろ」という顔をしている。

 教室から連れ出されるのを見ていたら当然の反応だ。

「次から遅れんなよー。席付け―」

 雑にあしらわれた。

 怒られたり詮索されるよりはマシだな。


 昼休み、叶からの連絡を教室で待っていた。

 一人でお昼を食べるなら、空川を誘おうと思っていたからだ。

 空川には、これから色々と教えてもらって世話になるだろうし、少しでも仲良くなっておきたかったのだ。

 誰かと仲良くなる。

 こんな考えが、当たり前のように浮かんでくるなんて、自分でも驚きだ。

 気付かないうちに変わってたんだな。

 天井の穴を数えるように、頭を上げ、下唇を突き出す。

 ふと、自分の中の成長とも呼べる変化に、興を突いてみたりした。

 頭を下げて首を振る。

 本当は叶とお昼が食べたい。

 教室に行けば良いだろう。こちらから連絡すれば良いだろう。

 怖いのだ。目の前で私以外の人間が優先されてしまうのが。

 ポケットの携帯電話から振動が一つ。メッセージか。

『良ければ、お昼ご一緒しませんか?』

 空川か。よし、待っててもしょうがないし、空川と食べるか。

 てか、教室に来ればいいのに。

 私と話している所、あんまり他の人に見られたくないのかな。

 教室から連れ出してるし、変な噂立てられたくくないからだよね?

 不安よ? 少し。

『オッケー、購買行くけどどうする?』

 お嬢様って何食べてんだろ。お弁当もお重とかなのかな。

 椅子から立ち上がったところで、ポケットの携帯電話が微振動を繰り返す。

「なんで電話? あ……」

 叶からの電話だ。

「もっしー。どうしたぁ?」

 信じられないくらい明るく調子づいた声で出てやった。

 私は寂しくなんてないぞという主張だ。

『…………』

 叶は無言だ。驚きで声も出ないか。

「……いや、ごめん。テンション間違えた……」

『……』

「……叶、なんかあった?」

『……雪ちゃん、どうしよう』

「何があったの?」

『助けて』

「今どこ!?」

 声は途切れ、無機質な音だけが流れている。

 叶の教室に走る。

 いないだろうけど、とりあえず向かわざるを得ない。

 焦っているときこそ冷静にとは言うが、何もせずにはいられない。

「叶は!?」

 扉から一番近くの席の女子に問う。

 女子は目を見開き肩をすぼめ、静かに驚く。

「見て、ないけど」

 走り出して、すぐに止まる。

 どこに行けば良いんだ……。

「守上さん! ……あら?」

 空川が、慌てて廊下の奥から駆け寄って来る。だが、その表情は一気に不思議そうな顔へと変化した。

「空川、ねぇ、叶見なかった? さっき、電話があったんだけど、急に切れちゃって、それで」

 空川が私の両腕を掴む。

「守上さん、とりあえず落ち着きましょう」

 ハッとして、大きく深呼吸をする。

 空川は私より感覚が鋭いから、私自身でも気づかない程度の感情の変化に気が付いたのだろう。

「何がありましたの?」

「叶から電話が来て、助けてって。でも、すぐに切れちゃてどこにいるかわかんないの」

「まさか、この感情はその方のものなの?」

「どういうことか、わかんないからね。とりあえず、探すの手伝ってよ。私は北校舎行くから、空川はこっちね」

 床に指さして、南校舎を探してと伝える。

 走り出した私の手を空川が掴む。

「お待ちください」

「ちょっと! 急いでるんだって!」

 空川は、私の手をぐっと引き寄せる。身体を密着させた途端、私の耳元で、周りに聞こえないように囁く。

「私の力を使えば、直接探さずとも、居場所を見つけられます」

 空川を引き剥がし、今度は私が空川の両腕を掴む。

「ホントに!?」

 空川は、真剣な眼差しで強く頷いた。

「お願い、叶を見つけて!」

「かしこまりましたっ。では、お手洗いに参りましょう」

「はぁ?」

 何を言ってんだ、このお嬢様は。

 こんな時に、お花を摘みに行ってる場合ではないでしょうが。

 私の返答を待たず、空川は私の手を引いてトイレへと駆け込む。

「ちょ、ちょっと空川、待ってよ」

「説明は、すべて後回しとさせていただきますわ。言えるは一つだけ。叶さんを見つけ、問題が解決したら、必ず私を助けに来てください。これをやると、私、動けなくなってしまいますの」

 そう言い残して、空川は個室へ入ってしまった。

 個室の扉に小耳を立ててみる。

 中では、何かを叩く様な小さい音がした後、ぶつぶつと呟く声が聞こえた。

 声を掛けても良いものなのか。

 動けなくなってしまう程の力を使うとなれば、相当な集中力が必要となるだろう。

 しかし、好奇心には勝てなかった。

「そ、空川ぁ……わぁ!?」

 声を掛けた途端、個室の足元から大量の靄が流れだした。

 靄はそのまま廊下まで流れ、止まるどころか勢いを増していった。

 これは、感情の暴走!?

「大丈夫!?」

「……ご安心、ください。もう、少しで、見つかるはずですわ」

 空川の声はか細く、途切れ途切れで震えていた。

 私が心配してるのは、ちゃんと見つけられるか、じゃなくて空川のことなのに。

 空川は、こんなにも力を扱えているのか。

 同い年なのに、一体、どれだけ鍛錬したのだろう。

 あ。

 私今、叶のこと忘れてた。

「見つけましたわ。叶さんは、音楽室の横の空き教室ですわ」

「え? あぁ、ありがと」

 個室から崩れる音が聞こえ、扉が内側から押された。

「空川!?」

 空川を助けないと。

 でも、叶が。

 こんな場面で生まれた心の迷い。

 私は、叶を本気で救いたいと思えているのか。

『お前は、自分に都合の良い人間が好きなんだな』

 渋くしゃがれた男声が頭蓋と鼓膜で跳ね返り、地鳴りのように重たくこだまする。

 靄に包まれ視界が狭くなっていく。己の指先すらはっきりとしない。

『自責に潰され、平らになったお前を可愛がる、そういう人間が好きなのだ。お前は、自分が可愛くて仕方がないのだ。そうだろう? ユキ』

 私の視界を奪っていたのは、私の靄だった。

 自分の靄に警戒心を抱かないのは何故だろう。

 当たり前か。

 そこにあるのは私の心、つまりは私自身なのだから。

 私は、私に包まれて安心しているのだ。

 半径数十センチの世界を私は求めていたのか。

 この安心を、この安堵を、この安楽を。

 あぁ、なんとくだらない人生だったか。

 私が生まれた意味なんて、結局のところ私が私をどう思えるかで変わってしまうようだ。

 人にはそれぞれ、生まれた瞬間に存在意義が与えられている。

 それを失うことも見失うことも、さほどの罪には値しない。

 しかし、手放すことは許されていない。

 それは何故か。

 それが最も、安穏であることを知っているからだ。

 私は今から、安らぎを手に入れる。

 だって、私は、私が一番大切だから。

「守上さん!」

 靄に穴が開いた。

 黒を黒で破いても変化ない。だけど、これは確かに空川の心だ。

 靄を靄で突き破ったのだ。

「今は、立ち止まっている場合ではございません! あなたにしか救えない人を、あなたの手で! 救い出すのです」

 肺を直に素手で握られたような感覚がした。

 空気は無理やり追い出されて、拗ねて戻ってこない。

 萎んだ肺を内側から広げられたようだ。

 喉を通過する酸素が、扁桃腺に引っ掛かりなかなか落ちていかない。

 呼吸とも怯えた叫びとも言い難い音を発しながら、必死に走った。

 涙は横に流れ、落下する前に蒸発した。

 メロスは何故、走るのをやめることが出来たのだ。

 この罪悪を抱えながら、友の命を自らの手の平に抱えながら、何故、止まることが出来たのだ。

 今の私には、とても止まることなど出来やしない。

 自らの安寧を求めるならば、走るしかないのだ。

 私は結局、私の為に走るのだ。

「叶!」

 扉のガラス越しに座り込む叶の姿が見える。

 室内は暗く静かに澱んでいて、叶の表情が僅かに見えるだけだった。

 教室の扉は、鍵が掛かり固く閉ざされている。

 職員室に鍵を取りに行けば良いものを、そんな考えすら浮かばない程に、私の脳味噌は攪拌されていた。

 ダンッ、ダンッと開かない扉を叩き続ける。

「叶、来て。鍵を開けて」

 叶は、座り込んだまま。茫然としているのか、ただ床を眺めているだけだった。

 助かってくれ。

 助かろうとしてくれ。

 助けを求めたのは、叶だろ。

 私に助けさせてくれ。

 叶を助けないと、私が助からない。

 私を助けてくれ。

 叶の顔から少しだけ目線を上げた。

 窓の両端には揃えられたカーテン。

 部屋は暗くなんてなかった。

 室内に広がる黒。

 その全てが感情の靄だったのだ。

 私は、その時にやっと空気の重さに気が付いた。

 誰かがふと発した「頭が痛い」という台詞で自らの頭痛に気付くように。

 私は、随分とぼんやりとしていたようだ。

「かなえ、いま、いくよ……」

 私の身体から、サラサラと靄が落ちていく。

 砂浜に飛び込んだ後みたいに、鬱陶しく体のあちこちから出ていく。

 床に落ちた靄が、導かれるように扉に押し寄せる。

 僅かな隙間から室内に入り込み、叶の感情と混ざり合っていく。

 みぞおちに拳を捻じ込またような異物感が、全身に巡っていく。

 痛みはなく、あるのは、ただひたすらな気持ち悪さ。

 得体も知れず、言い表すこともできず、ただ不快感だけを与える障害。

 未知という恐怖に縛られて動けない。

『……ゆき、ちゃん』

 叶の声だ。

 叶の心が、私を呼んでいるんだ。

 この恐怖は、叶の感情だ。

 私の心が、真に怖気づいているわけではないのだ。

 叶の記憶が、感情を通して映像となっていく。

 ジャンルはドキュメント。内容に嘘はない。完全なるノンフィクション。

 瞼の裏の小劇場。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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