第四話 鬼胎
生物最大の感覚器官は?
そう聞かれたら、大概の人が〝目〟だと答えるだろう。
私もそう答える。
生物は、その目を使って様々なものを見て、観て、視る。
そして見ない。
見えるもの。
見えないもの。
見たいもの。
見たくないもの。
見なければいけないもの。
見てはいけないもの。
私は、自分が見たいものを見ることが出来ているのか。
自問自答を繰り返し、悩みの沼にはまっていく。
トラウマに心臓を掴まれて、踏み出す一歩を見失った。
だって私は、見えないものが見える者だから。
ゲームセンターに来た。
駅近くのモールに展開している、そこまで大きくはない所だ。
叶と花と私の三人。三人でお出かけ。良い響きだ。
休日に出かけるのは初めてで、私服に迷い、待ち合わせで胸が躍るという人生初体験をした。
二人はどうやら行ったことがないらしく、とても楽しみにしていた。
私は何度か来たことがある。一人遊びには丁度良いが、ゲームが立ち並び、爆音と眩い光が入り混じる非日常な雰囲気を、二人が気に入るか少し不安もあった。
「雪ちゃん! これは、どうやるの!?」
「おねーちゃん、これはー?」
私の不安をよそに、二人はめちゃくちゃ楽しんでいた。
リズムゲームを軽快に叩いてみたり、格闘ゲームで知らない人と対戦してみたり、メダルゲームで大当たりを出したり、ゲームセンターという空間を最大限に楽しんでいた。
自販機で飲料を買い、横のベンチに腰掛けた。缶ジュースの栓を開け、プシュッと飛び出す炭酸を喉へ流し込んだ。
まっず、なんだこれ。こういう時にケミカルって言うのかな。べた付く甘味と意味不明なスパイシーさ。フルーツの香りではなく、香辛料のスーっとするような。シナモン、いやニッキか!
飲めば飲むほどまずいな。こういうのを好きになれる舌が欲しかった。
「めっちゃうまいんだな」
「へー、私も飲んでみようかな」
「あっいや、ゲームの話」
「はは、そっちか。初めてでもなんとかなるもんだね。いやぁ今月のお小遣い全部使っちゃったよ」
【楽しいなぁ】
ここでも靄は出ないか……。
ゲームセンターに連れてきたのも、叶の心を刺激して感情を出させようというのが目的だった。
それが叶にとって良いことなのか、悪いことなのか、それは野暮な話である。
友達の為に何かできないか、そう考えるのは普通だろう。
「よいしょっと、トイレ行ってくるわ」
空き缶て、握り潰したくなるよねー。なんか怪力を味われるから良き。という会話を挟もうかと思ったが、きめぇなと自覚しそのままゴミ箱に捨てた。
「はなもいくー」
「あ、じゃあ私も行くよ」
立ち上がる叶の肩を抑える。
「いーよ、花の面倒くらい私が見るよ。今日くらいは休みな」
「そう……じゃあお願いするね。ありがとう」
「おう、任せな! はなー行くぞー」
ゲームセンターは、似たり寄った機械が密集している。ジャングルのように迷子になりやすいから注意した方が良い。
私が方向音痴なわけでは断じてない。決して。えぇ決して。
混んでもないのに、二十分も経ってしまっていた。
「ごめーん、結構混んでてさー」
「なぁ良いだろぉ?」
「こ、困ります…」
相手は大学生くらいの男が三人。
派手な髪色と開いた胸元がとても不愉快だ。
叶を高校生か何かと勘違いしたのだろうか。中学生相手にナンパなぞ。
男が叶の腕を掴む。
「雪ちゃん……」
叶の顔は、酷く歪み怯えていた。
【怒】
私から靄がとめどなく溢れる。
目算で十メートル。
距離は、一瞬で消える。
たった一歩、私身体は男の目の前まで跳んだ。
剣ではなく拳を振るう時、その軌跡は肘の最短距離で射出べし。
顔面にクリーンヒット。
「けんちゃーん! 大丈夫か!?」
倒れる男に駆け寄る二人。
「何すんだよ! セットに何時間かけてると思ってんだ!」
乱れた髪を振り回す。
「うるせぇ! 最初っから寝癖みてぇな髪型だったじゃねえか!」
叶の手を取り花を抱え、全速力ゲームセンターから飛び出す。
「雪ちゃん!?」
駅まで走りきり、花を降ろす。
息を切らしながら少し立ち止まって、しゃがみ込んだ。
「雪ちゃん?」
言い過ぎたなー。本音だったとしても、あの言い方はなかったなー。イキってたなー私。
冷静になってなんか萎えた。
嫌っていた人間たちと同じようなことを私が言ってしまうなんて、という心持ちの悪さに襲われた。
「ありがとね。助けてくれて」
叶はいつものように微笑んでいる。
「ほかにも色々。今日は、というか今日もか。雪ちゃんには助けてもらってばっかりだよ」
ニコッと笑ったその顔に救われた。
叶がそう言ってるなら、まぁいいか。
翌日、道場で一人座禅を組む。木の柔らかさと、私を囲む武具の緊張感。私の中で一番集中できる空間だ。
校舎裏で靄が出てきたのは、考えようとしたからではなく、結果的に考えていたから。
靄は出そうと思って出すものではない。
自然な感情の高ぶりが靄そして文字を湧き起こす。
しかし、腕を包むために感情の高ぶりをいちいち待つわけにはいかない。もし、あの力が精霊と戦うための技術なのだとしたら、自在に操れなければ意味がない。
そこで私は一つの結論にたどり着く。
感情の再現。
昔のことを思い出して腹が立つ、思い出し笑いなんてものは、誰しも体験したことがあるだろう。そのときの感情は、出そうとしたものではなく、出てきたものだ。
ゲームセンターでの出来事を反芻する。
怒。
「……っつぁ。はぁ、はぁ」
全身を力ませてしまい、呼吸を忘れていた。
感情を考えてしまう癖がなかなか抜けないな。もしかしたら感情そのものを再現するのは、想像よりも高度なものかもしれない。
段階を踏んでやってみよう。思い出し笑いも感情が急に出てくるのではなく、以前の体験を思い出したあとに感情が出てくる。
行動原理ならぬ感情原理が重要になってくるはずだ。
もう一度、今度はより明確により詳細に。
機械のまばゆい光、轟音に混ざる人々の笑い声、不細工な髪形、不愉快な格好、叶の腕を掴んだ。
あの時、叶の目は僅かに潤んでいた。
野郎共を媒介に、これまでの全ての怒りを吐き出す。
私の中から声が聞こえた。
『感情を沸騰させろ』
【怒】
靄は瞬く間に道場を埋め尽くし外にまで流れ出ていく。
怒りが、収まらない。
「あぁぁあぁぁああ!」
皆で私を除け者にしやがって。
気味悪がって誰も私を理解してくれなかった。
無意味なんかじゃない。
私は弱くない。
私は孤独じゃない。
私は可哀そうじゃない。
よろけただけで床が割れていく。
這いつくばって頭を掻きむしる。冷静さを取り戻すんだ。
『もっと強く怒れ』
また、聞こえる。声は、笑っていた。
「うるさい! 違う! こんなことをしたいんじゃない! 私は……」
忘れていた記憶まで出てきて私の怒りを増幅させる。
私が靄を出しているのか、靄が私を構成しているのか。
感情に溺れる。
「ぶっ殺す」
【殺】
「雪!」
道場の扉が開かれ、おじいが慌てた様子で駆け寄って来る。
身体が勝手に動く。誰かに動かされている。
猫のように低くしゃがみ一気に開放する。スーパーボールを炸裂させたように壁や天井を跳ねまわる。
おじいの背後に回り込み、視線が追いつく前に跳びかかる。
私の一撃は木刀で受け止められた。
「雪、落ち…け! …霊にここ……渡…な!」
声が遠くなっていく。視界もぼやけて水の中にいるみたいだ。
一筋。
壁まで飛ばされる。着地ができないほどの衝撃。
制御はきかずとも私の身体だ。それ相応の痛みは確実に受ける。
私を操っている奴は、女の子を扱いに慣れていないようだな。
それは、体の可動域を越えている。
動かない体を無理矢理動かしたせいだ。全身からペットボトルを捻じったような音がした。
もう、痛みすら感じない。
おじいは刀を高く構える。何か言っているようだが、もう何も聞こえない。
私の身体が、全力で突進していく。
おじいが左手を突き出すと、靄が細く一直線に向かって来た。すんでの所で急激に膨れ上がり視界を奪う。
構いもせず、さらに速度を上げ直進する。
視界が晴れたとき、おじいは私の足元にいた。
体勢は低く顔が床に付く位まで下げ、刀は背中に構える。
相手の勢いをそのままに、足元に入り込み躓かせる。倒れ込む相手は自分の体重で切られる。おじいが考案した合気投げを応用した剣術だ。
何度も見てきた。
倒れ込む前に最後の一蹴りで体を浮かせる。
体を小さく畳む。前転で受け身を取り、上体を捻り振り返る。
おじいがしゃがんでいる今が最大の好機。
木刀が、私の顎先を叩いた。
水平に振られた木刀は、顎先の指一本にも満たない部分を正確に打ち抜いた。
脳を揺らせれ、意識が混濁する。
あれ? なんで私は好機だと思ったんだろう?
私の体は、操られているものなのに。
おじいが私の肩を抱えて座る。
「雪……」
そんな憐れんだ顔で見ないでよ。
私は弱くない。
私は大丈夫。
私は……。
起きたときには、朝になっていて自分の部屋の布団の上だった。
台所に行くと、おじいが朝食の用意をしていた。
「お、やっと起きたか。休みだからって寝過ぎはよくないぞ」
何かを忘れているような違和感と、何かを聞かなければいけない責任感が私の中で踊っている。
「これから、行かなきゃならん所がある。今日一日は家を空けるから、戸締りは頼んだぞ」
「あ、うん……。わかった。いってらっしゃい」
忙しなく家を出てしまって、引き止めることができなかった。
机の上には、ラップの掛かった焼き魚の皿と引っ繰り返った茶碗。
一人でご飯を食べるのを寂しいと思うようになったのは、叶に出会ったからだろうか。
朝食を食べ終わり食器を洗った。
何もない一日というのも良いだろう。最近は叶や花と毎日のように遊んでいたし、稽古も続けて。
「あ」
ガラスのコップが落ちて割れた。
走って道場に向かう。
どうせ夢だろうという半笑いが浮かんで来た。
出所不明な自信は、すぐに撥ね退けられることとなる。
そこにはなにもなかった。
道場があった場所は更地に変わっていて、周りの木々も跡形もなく消えていた。
私がやったんだ。
何も覚えていないのにそう確信したのは、頭ではなく心が覚えていたからだ。
どうしようもなく無力。
何もできないのに、何もしないを実行できない。
いつだって、人に迷惑をかけ、自分は被害者だと宣う。
これが私の人生。生きていることへの罪悪。
道場はすぐに再建されたが、私は一度も入っていない。刀の稽古もやめてしまった。
「今も昔も変わらない。好きなときにやって、好きなときにやめればいいよ」
おじいは、そう言うだけだった。
あの日なにがあったのか。おじいは言おうとしなかったし、私も聞くことはできなかった。
僕の書く小説は妄想です。
自分には存在しない記憶や感情を妄想して繋ぎ合わせて小説にしています。
ですが、今作の雪の感情や考え方は、僕の中に元々存在していたものを採用することが多いです。
生きていることへの罪悪。
これは、僕がたどり着いた結論です。
いつまで経っても、僕は子供ですね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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