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口篭る人形  作者: 風呂蒲団
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第二十四話 軒昂

 生物最大の感覚器官は?

 そう聞かれたら、大概の人が〝目〟だと答えるだろう。

 私もそう答える。

 生物は、その目を使って様々なものを見て、観て、視る。

 そして見ない。

 見えるもの。

 見えないもの。

 見たいもの。

 見たくないもの。

 見なければいけないもの。

 見てはいけないもの。

 私は、本当に見たいものを見ることが出来ているのか。

 自問自答を繰り返し、悩みの沼にはまっていく。

 だって私は、見えないものが見える者だから。

 病院の全体マップを眺める。

 病院を出る前にトイレに寄ろうと思ったのだ。

 この階は個室しかなくトイレがない。

 別に急いでいるわけでもないのだが、今すぐ駆け込みたい。でも、走りたくはない。

 急ぐのはいつだって心だ。

 足はただ動いているだけ。

 階段を一段一段下っていく。

 エレベーターは人がいるだろうから、普段から階段を使うようにしている。

 閉所は嫌いじゃない。密集が嫌いなのだ。

 一階に降りて、廊下の奥。

 曲がり角を行った狭い所。

 込み上げるものを押さえつける。

 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

 全てを吐き出してしまいたい。

「守上!」

 後ろから足跡が這ってくる。

「先生」

 息を切らし肩で呼吸をしている。

 頬から耳まで赤く染まり、腕まくりをしたワイシャツからは、血管の浮き出た前腕が飛び出している。

「調子どうだ? 風邪ぶり返したんだろ?」

 おじいがそう言ったのか。

「もう大丈夫です。明日からは行きます。先生はどうして?」

 嫌な想像ばかりしてしまう。

「あぁ、ちょっと見舞いでな」

 こんなにも真面目そうな顔して。

「もしかして、叶ですか?」

「あ、知ってたのか……」

 こんなにも生徒のことを思っていそうな顔をして。

「そう、遠藤のこと心配で見に来た。これからの学【不安】事もあるし。でも、面会謝【楽しみ】てなってるし、警察も【興奮】。そしたら守上が【犯す】から様子【トイレに連れ込む】聞こうと思って。【いつもどうりに】」

 声が、上手く聞こえない。

 手の甲の引っ掻き傷から目が離せない。

「あぁ、これか? 野良猫にやられちゃって、可愛がってやろうと思ったのにさ」

 あぁ、こいつか。

 頭に手を当て、やれやれみたいな態度で近づいてくる。

「来るな!」

「どうした守上? 病院で大きい声出しちゃダメだろ」

【バレた?】

「とぼけんな! お前が花をやったんだろうが!」

 花の爪の間には犯人の肉片が詰まっていた。

 したくもない想像で頭が埋まる。

 どれだけ苦しんだのか。

 どれだけ痛かったのか。

 どれだけ怖かったのか。

「守上、お前なぁ。……わかった。そうだよな、ストレスをぶつけたいだけなんだよな。大丈夫、先生が付いてるからな」

 こいつは、まだこんな言葉を吐けるのか。

「ここじゃなんだ、出よう。なっ? そうしよう」

 伸ばされた手を払い除ける。

 先生は自身の手を大事そうに見た後で、私の顔を見た。

 まるでゴミでも眺めるかのように。

「はぁ、なんで先生の言うことを聞いてくれないんだ。お前達はいつもそうだ。俺のことを馬鹿にしやがって。叶だけだ。俺に優しくしてくれたのは」

 何故、そんな表情ができる。

 卑屈じゃない。

 憤怒でもない。

 高揚。

 この状況を楽しんでいる。

【あ そ ぼ】

「気持ち悪い……」

 廊下の向こうからバタバタと足音が聞こえる。

「ほら、守上が大きな声を出すから……」

 靄が全身から吹き上がり廊下の全てを埋め尽くす。

『雪、視度を調節します。目を閉じないで』

 !

 靄がぱったりと消える。力を取り戻す前のように。

 足音の正体は警察官と看護師。

 今、顔を潰された。

 殴られた警察官の顔面は、ギャグマンガみたいに内側にめり込んでいる。

 看護師の頭を掴み窓ガラスに叩きつける。

 飛び散ったガラスがキラキラと輝いた。

「何、してんだよ!」

 先生の目は虚ろに沈み、応答しない。

 ゆっくりと近づいてくるその恐怖にただ立ち尽くす。

 やばい、殺される。

【恐い 嫌だ 死にたくない】

 自分の心が漏れ出ている。

 鬱陶しく纏わりつく自心に本音を教えられる。

【助けて】

 不格好な三文字を握り潰す。

 その文字だけは、許せなかった。

 違うだろ。

 私がやるんだ。

『雪……逃げよう……』

 黙っとけ。

 術は使えんだろ。

『使えるけどよ……』

 なら良い。ただ力を貸せ。

 名前を物にした経験はねぇが、なんとかできんだろ。

 顕言術は精霊の力。私は無力で問題ない。

『術の為に視度を戻します』

 頼んだ。

 廊下に広がった靄は収縮し、先生の四肢に固まっていた。

 これなら見えなくて詰むことはない。

 が、見るからにやばいな。

 私を殺す気満々じゃん。

「舐めんなよ。殺すのは、私の方だ」

 こんな時こそ冷静に。

 焦って突っ込んで、一発食らったら死。

 時間は伸びない。

 けれど、細かくすることならできる。

 一秒を感じていては遅い。

 0.1秒を最小メモリに、そこに意識を詰め込め。

 さすれば、私の思考は止まらない。

 合掌。

「顕倆【雪】」

 それは空を舞い、指先で儚く散る六花。

 また、地を滑り、全てを飲み込む豪雪。

 思うは、穿孔の氷刻。氷柱つらら

「ぶち貫け」

 突き出した手の平からは、何も出なかった。

「あ、流石に無理?」

 雪から氷柱ってイメージされるよな。

 氷の管轄だったか。

「んっ」

 鼻先に当たった冷たい感触の何か。

 見上げると、天井には巨大な穴が開いていた。

「これ、術の時の……」

 手の平と天井を交互に見比べる。

『雪、穴から離れて』

 平面の奥に広がる無限から何かが降って、私の鼻先を掠り足元に突き刺さった。

「え?」

 きらりと光る氷柱と黒い穴、まるで星空みたい。

「あっぶねぇ!」

 雨、それも豪雨の勢いだ。

 材木に打たれる釘のようにカンッカンッと音を立てながら刺さっている。

 氷柱の上にまた氷柱が刺さり、ついには壁と呼べるまでに積み上がった。

「やべぇな……。こんなんなるとは思わなかった」

『ならねぇよ……実際は……』

「え、嘘。死亡事故が出たって聞いたことあるよ」

『厳密に言えば、刺さるというより重たい氷による打撲ね」

「あんたら、なんでそんなに詳しいのよ。生まれたばかりなのに』

『私たちは――』

 突如、氷壁の向こうで爆破音が炸裂した。

「痛ッ!」

 鼓膜が一瞬で麻痺を起こし、音叉のような耳鳴りだけが残る。

 近くで爆破解体でもしてない限り、先生が何かを壊した音だよな。どんな破壊力だよ。

 音的に氷じゃあないな。となると、壁か。

 逃げられる。

 叫んだ声が聞こえない。

 聴力の儚さたるや。

 崩れる瓦礫に襲来する獣の足音。

 気配なんて簡単な言い方をしてしまえば、それまでのもの。

 気付けなかった。

 先生は逃げたんじゃあない。壁を破り、回り込んでいたんだ。

「!?」

 視界で捉えて気付いたときには、頭を守ることで精一杯。

 壁ごと殴られる。

「ん゛……!」

 使い物にならなくなったのは、足の方だった。

 偶然か、狙ったのかはわからないが、先生は今、猛烈に楽しそうだ。

「花もこうやって殺したのか……」

 幼くとも爛々としていた太陽。

 叶と私を元気付けてくれた。

 あぁ、花は、鬼ごっこが好きだったね。

『雪、大丈夫か……』

「どうでもいい……」

『良いわけないでしょう。雪が死んだら、誰が叶さんを守るんですか』

「私の……身体も……意識も、全部壊して良いから……」

 今頃騒ぎになっているかな。

 叶、怖がってないかな。

 ごめんね。何もできなくて。

 一生懸命頑張ったんだけどさ、やっぱ私じゃ駄目だったみたい。

 助けてもらってばかりだったのに。

 あぁ、ミカヅキにも悪いな。

 こんな命の使い方しちゃって。

 あの世は、無さそうだから、もう繋がりは完全に消えちゃうね。

 でも、やると決めたことはやり遂げるよ。

 後悔は残さないから。

 せめて。

「こいつだけは、殺すから」

 悪意の混じる隙間もない、純粋な殺意。

【殺】

 落雷。

 これは、比喩ではない。

 実際に今、目の前に、院内に雷が発生したのだ。

 コンマ何秒後、雷鳴が轟く。

 眩い光に目を瞑る暇もない。

 電流は絡み合う蛇のように捻転し、人型の影を落とし凝固した。

 私のよく知る人。

「おじい……どうして」

 袴に帯刀。

 どうやって来たのか。

 そんな陳腐なことはどうでもいい。

 何故、来たんだ。

「心配はいつまで経っても抜けん。無茶をするな」

「うるせぇ! 邪魔すんな!」

 なんだよ。その顔。

 私だって少しは成長してんだよ。

 わがままを言う我が子を、愛おしく思いながらなだめるような。

 そんな、意地悪な顔しないでよ。

「これだけは守ってくれ。雪は、人を殺すな」

 私に背を向け目の前の先生と対峙するおじい。

 目の眩みも治り、向かってくる先生に軽く指を向ける。

 頬に付いたご飯粒を取る親。

 まさにその程度の重み。

「そいつはなぁ! 花を殺した奴なんだよ!」

 おじいは。

「わかっている」

 静かに激昂していた。

「今、殺した」

 さんさん散りうる春の風邪

 神鳴様の産声に

 屹立粟立つ仏の門番

 入道雲は高らかに

 されど静かに甲走る


 絶命。

もどかしさ、不甲斐なさ、へたれ、そんな感情だけで書き上げました。

雪の発言には矛盾というか、非実行なところがとても多いです。

すぐに無理だ、と投げ出したり、やってみせると意気込んだり。

学生、思春期、青々しさ、それらを感じていただければと思います。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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