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口篭る人形  作者: 風呂蒲団
23/26

第二十三話 反吐

 生物最大の感覚器官は?

 そう聞かれたら、大概の人が〝目〟だと答えるだろう。

 私もそう答える。

 生物は、その目を使って様々なものを見て、観て、視る。

 そして見ない。

 見えるもの。

 見えないもの。

 見たいもの。

 見たくないもの。

 見なければいけないもの。

 見てはいけないもの。

 私は、本当に見たいものを見ることが出来ているのか。

 自問自答を繰り返し、悩みの沼にはまっていく。

 だって私は、見えないものが見える者だから。

 翌朝、叶の自宅で花の遺体が見つかった。

 時間になっても起きてこない花の様子を見に行った父親が発見。

 警察と救急に通報。

 その場で死亡が確認された。

 花の衣類からは毛髪が、爪の間からは肉片が摘出された。

 二点のDNAは一致。

 しかし、警察のデータベースに該当者はいなかった。

 犯人は花を強姦した後、自宅に侵入し布団に寝かせた。

 花は知らない人と話さない。

 知り合いか、以前から目を付けていた計画的な犯行と見て警察は捜査を始めた。

 まだ風邪が治っていなかった叶は、精神状態も鑑みて入院。

 私の所にも警察が来て、何か知らないかと聞いていった。

 公園のトイレでそれらしき音を聞いたことを伝えた。

「ありがとう。何か他に思い出したことがあったら教えて」

 淡白なものだ。

 これが彼らの日常なのか。

 朝のニュースに映るアナウンサーは、まるで説明書かのように事件の概要を読み上げた。

 遺体は所々骨折していて、強姦され、死亡推定時刻は、そのとき家族は。

 これも彼らの日常なのだ。

 何も知らないコメンテーターが、なにやら小言を囀った。

『父親は何をしていたんでしょうねー。仕事から帰ったら子供の顔を見るのが普通でしょう。布団に寝ていたから気付かなかったって、なにそれって感じですよねー』

『そんなこと言って。太田さん、結婚すらしてないじゃないですかぁ』

『わはは』

 これも。

 内臓が引っ繰り返った。

 食べたばかりの朝食と再会して、虫唾が走った。

 これが私の過ごした日常。

 吐瀉物に波紋ができる。

 涙、そうか、私は花の事を本当の妹のように可愛がっていたのか。

 行かなくちゃ。

 叶を支えないと。

 玄関が慌ただしく開かれる。

「雪!」

 おじい、今帰ったのか。

 口元を拭い、おじいの横を通り過ぎる。

「待て! どこへ行く……」

「病院に……友達が大変なんだ」

「一緒に行こう。……警察から事情は聞いた」

「大丈夫。おじいが居たら、話せることも話せなくなっちゃうよ」

 晴天。

 いつもと変わらない晴天。

 これも日常なのだ。

 晴れた日に人が死ぬ。

 花畑で内臓をぶちまける人もいる。

 そういう世界なのだ。



 病院までの道は覚えている。

 経験はするものだ。

 いつか役に立つ。

 立たなくとも良い。満足感、達成感の肥やしになるから。

 私は、人殺しの経験をする。

 大丈夫、あてはある。

 ヒントは、いつでも経験の中にいる。

 人通りの多い交差点。

 車の騒音に掻き消されるよう、誰にも聞かれない小声で、一人呟く。

「いるんだろ? 出てこいや、神」

 世界が止まった。

「どうもぉ」

 写真のように停止した万物の中、軽やかに闊歩する変態。

「いやぁ、まさかバレているとは思いませんでしたよぉ」

 浮かれたようなステップを踏む神は一人。

 精霊は、見えないだけか。

「信用に値しなかっただけだ」

「それは痛い所突かれますねぇ。神様にもご指摘をいただいた所ですぅ。そんなにも怪しげですかねぇ」

 ふざけてんな。こいつ。

「まぁ、そんなことよりぃ、ご用件をお聞きしましょう」

「精霊を入れてくれ」

「あらぁ、それはどういった風の吹きまわしでぇ?」

「人を殺したい」

「神にぃ、人殺しの手伝いをしろと?」

「結果的には、そうなるな」

 屈託のない笑い方をする神だな。

「良いですねぇ。あなたの要望はできうる限り叶えろとぉ、神様からご命令を受けてます。では、さっそくご対面といきましょうか」

 パチンッ。

 指パッチンの反響が広がるように、精霊が姿を現す。

「ミカヅキ……」

 純白の大鳥。

 けど、ミカヅキとは違う。

 猛禽類の顔、アスファルトを穿つ爪、獅子の胴。

 まさにグリフィン。

「どうですぅ? あなたの好みではありませんかぁ?」

 したり顔で人の癇に直接障りやがって。

「あんた、本当に性格悪い。最低」

「ははは。まぁまぁ、睨まないでください。ほら、ご挨拶なさって」

 グリフィンが縮こまり頭を下げる。

「雪様、どうぞよろしく」

 所作も柔らかく、声も透き通る深さ。

 伏せられた目には長い睫毛が良く映える。

「女性?」

「性はありません。見た目や性格だけ、神様の少しばかりの酔狂です」

 生殖機能もない道具として作って、容姿も声も心も与えて、それを酔狂だなんて。

 命を馬鹿にしてんのか。

「もう一人は? 姿が見えないけど」

「おやぁ? なに隠れているんですかぁ? 出てらっしゃぁい」

 恐る恐る、恐る恐る、恐る恐る……。

 毛むくじゃらの耳。

 ガラス玉の様な目。

 あからさまに垂れ下がる眉。

 グリフィンの背中から小動物が這い出てくる。

 親指程の小さな口が僅かに動いた。

「……」

「あ? なに?」

「ヒャッ!」

 引っ込んでしまった……。

「もうぉ、怖がらせないで下さいよぉ」

「何もしてねぇだろ」

 なんか、面倒くさいのを押し付けられたな。

「どうですぅ? お気に召しましたぁ?」

「別に。誰でも良いよ」

「なぁんだ。精霊が原因で断ったのではなかったんですねぇ。新しく作るの大変だったんですよぉ」

「いちいち物みたいな言い方すんじゃねぇよ」

「それは失礼。ですがぁ、価値観の違いです。我らからすれば、いちいち感傷に浸る人間の方が不思議です」

 売り言葉に買い言葉。

 こいつの話してるとストレスが溜まって仕方ない。

「雑談はもう良い。さっさと始めてくれ」

「お望み通りに。ではぁ、目を閉じて楽にしてください」

 パチンッ。

 無限が広がる心の世界に落とされる。

 グリフィンと獣。

『雪様』

 その呼び方やめて貰っても良い?

 私たちは対等であるべきよ。

『では、雪。私達は生まれたばかり、雪の役に立てるかわからない。それでも良いの?』

 良いよ。利害は一致している。

 それ以上は求めていないから。

『雪……。俺も良いのか……?」

 弱々しい声で、俺。

 あんた男だったの?

『そうだ……』

 男という自認はあるのね。

 許可が欲しいのなら姿を見せなさい。

『それは勘弁してくれよ……。俺、ちんちくりんだからよ……。恥ずかしいよ……』

 グリフィンと並べば誰だってそういうものよ。

 あなたらしくいれば良いのよ。

『でもよ……』

 めんどくせぇ。

 男らしい、女らしいなんて言葉を使うのは好ましくないのだろうけど、あえて言おう。

 しゃきっとしなさい。男らしく。

『いつか恰好良い姿を見せるからよ……』

 あぁもう、好きになさい。

 まだ終わらないのか。

 パパっと終わらせて病院に行きたいの、私は。

「あ、もう目を開けて貰って大丈夫ですよぉ」

 目の前に狂人。

 にこやかな顔、見るたびにぶん殴りたくなる。

「近ぇよ。離れろ」

 精霊の姿がない。

「精霊は入ったのか? 何も見えないけど」

 通行人や信号を待つ人からも、心は見えない。

「しっかりと入ってますよぉ。今ぁ、世界は停止しています。感情、そして顕象が止まるのも道理というものです」

「なら良いや。昨日も時間を止めたのか?」

 昨日、叶の家には、遅れたわけではなかったのかな……。

「止めましたよぉ。ですが、厳密には止めてません」

「はぁ?」

 また、わけのわからんことを。

「止めたのはぁ、私たちの体内時計です。現実の時間は今も動き続けている。なので周りから見ればぁ、あなたは数分間茫然と立ち尽くしているように見えるしぃ、体内時計を動かしたら、あなたは数分後の未来に跳んだように感じるでしょう」

 時間の前借みたいなことか。

「そんなこと言っても良いのか?」

「知ったところで何ができるわけでもないでしょう?」

 そりゃ、確かに。

 結局、私は遅れてしまったようだ。

「じゃ、私は行くから時間戻してくれ」

「もの悲しいですねぇ。簡単なお別れだぁ」

「早くしろや」

「ふふ、戻っても驚かないでくださいねぇ」

 そう言って神は天へ昇っていった。

 天界はどうやら上にあるらしい。

 遥か上空で軽く手を振った。

 指パッチンの余響が世界を書き換える。

 パチンッ。

 耳に届いた破裂音と共に世界が闇に包まれる。

 闇、全てが感情。

【喜 怒 哀 楽】

 暗闇から太陽の下に放り出されたような。

 見え過ぎて何も見えない。

『雪……調子はどうだ……ちゃんと見えてるか……?』

 駄目、見えん。

『私が変わりましょう。これでどう?』

 瞼を擦り上げ、しぱしぱと目を調整する。

 まぁ、これで良くなるわけではないんだけど。

 ……うん、良いね。

 いつも通り。

 そう、いつも通り。これで良い。

『悪ぃ……まだ調整が上手く出来なくてよ……』

 落ち込むな。生まれたばかりなんでしょ?

 少しずつ慣れていきな。

『雪……良いこと言うな……』

 うるせぇ。



 葦原総合病院840号室。

 面会謝絶という文字が見えて、会えないという可能性を考えていなかった自分に気が付いた。

 病室の前で立ちすくむ。

 何もできず、目の前で帰るのはこれで何回目だ。

 無力とは何もできないこと?

 できることを実行できないことか。

 子供の無邪気に託けて、無理矢理にでも扉を開けてしまおうか。

 握ろうと取っ手は、私を払うように向こうから動いた。

「雪ちゃん?」

 抱きしめる。

「叶、ごめん」

 崩れ落ちる彼女と共に私の心も瓦解した。

 二人で目一杯泣いた。

 失う悲しみも、ほんの少しの安堵も、心が燃える程の怒りも、私達なら同じ解像度で。

 しばらく泣いて、枯れて、絞り切った涙腺が痛む。

 二人並んでベッドに座る。冷静を装っていることを互いに気づきながら。

 落ち着くことなんてありえない。

「もう大丈夫。二人で話したいから……ごめんけど、ちょっと外してて」

「うん、わかった。雪ちゃん、来てくれてありがとう。何かあればすぐに呼んで」

 叶の父親はそのまま病室を出た。

「来てくれてありがとうね」

【ありがとう】

 こんな時まで。

「良いんだ。私にできることは、これしかないから」

 叶は私を責めないのか。

 いっそ、私の所為にして罵詈雑言を浴びせて嫌ってくれ。

 その方が楽だと言うのに。

 なんて嘘だ。

 嫌われたくない。

 私の所為にされたくない。

 安全圏から印象の良い言葉を発していたい。

 どうして平凡は訪れない。

「学校には、お葬式が終わったら行くつもり。だから、しばらくは休むと思う」

「学校の事なんて。叶が休んでる間は私がノート取るから。ゆっくり休みなよ。心配だよ」

 妹を殺されて……こんな姉がいるものなのか。

 これが彼女の日常になってしまわないか、とても怖い。

「警察の人がね、犯人は顔見知りかも知れないって言ってたの」

 膝に置いた手を見つめる叶の目。

 光も瞬きも許しも、全くをもって介在していなかった。

 あぁ、人を慈しむというのはこういう感情を指すのか。

【殺】

 叶の感情。

 悲しい感情。

 胸から出た感情は、段々と大きくなり静かに消えていった。

 叶を人殺しになんかしたくない。

「きっとすぐに見つかるよ。日本の警察は優秀だって聞くから」

 こんな言葉で慰められるはずもないのに。

 当たり障りないことを言って、ずるいな私は。

 扉がノックされ、叶の父親が入ってくる。

「警察の方が、また話をしたいって。大丈夫か?」

 娘の心配より警察かよ。

 いや、殺されたのも娘か。

 命に優先度を付けたくないが、今は生きている方を大事にしろよ。

「……ごめんね、雪ちゃん。また話そう。連絡するから」

 こんな雑談より、事件解決の方が大切。

 そんなのわかってんだよ。

「わかった。また来ても良い?」

「うん、もちろん。ありがとう」

「じゃ、また」

 扉が閉まる寸前、叶の顔が見えた。

 「何度も悪いね」という警察の言葉に「いえ」と困ったように笑う顔が。

物語には、どこかにえぐみがあるほうが面白いと思ってしまう人間です。

どういう展開にしようかと悩んだときは、読んだときにその感情がMAXになるを選んでしまいます。

悲劇ならとことん悲しく、喜劇ならとことん楽し気に。

読者様にもっと辛い事あるとか、もっと幸せにできるじゃんと思わせたくないのです。

想像もしえないものにしたいのです。

ちなみに、花が死なない物語はありませんでした。

どんなに最強の人物でも、どんなに愛したキャラでも、大抵は設定段階で死んでしまいます。

どうやって死んだら劇的か、そこばかり考えてしまいます。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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