第二十二話 反側
生物最大の感覚器官は?
そう聞かれたら、大概の人が〝目〟だと答えるだろう。
私もそう答える。
生物は、その目を使って様々なものを見て、観て、視る。
そして見ない。
見えるもの。
見えないもの。
見たいもの。
見たくないもの。
見なければいけないもの。
見てはいけないもの。
私は、本当に見たいものを見ることが出来ているのか。
自問自答を繰り返し、悩みの沼にはまっていく。
だって私は、見えないものが見える者だから。
一頻り歩き疲れ、登山の体力だけを残し帰宅。
玄関の鍵は閉まっている。
「まだ帰ってないか」
じわっと纏う汗を流すため風呂場へ直行した。
新調した服を洗濯機に放り入れ、脱衣。
今から風呂を沸かすのは時間が掛かるため、シャワーだけで済ました。
ドライヤーって面倒くさいよね。
でも、髪はロングが好きなのよね。
スポーツ刈りの女子も格好いいとは思うけど、スタイルが良くないとちんちくりんに見えちゃう気がするんだよね。
部屋着に着替え首にタオルを掛ける。
「ババンバ、バン、バン、バ……ん?」
リビングに人がいる。
知らない人が。
三人も。
しかも変な格好してる。
こっちに気付いた。
え、なに?
すげぇ、深いお辞儀してる。
てか、お茶飲んでんじゃん。勝手に。
お茶菓子まで食べてるし。
どうぞ、じゃねんだよ。
なんであんたらがソファで、私が床なんだよ。
あ、夢か。なるほどね。こんな奇妙奇天烈摩訶不思議な出来事、夢に決まっている。
念のため……頬つねっとくか……。
ニギッ。
「夢じゃねぇぇ!」
「はい、夢ではありません」
「返事してんじゃあねぇよ! 誰だよ!」
「神です」
「はぁ!?」
神がなんで。
……私か。
「勝手にお邪魔しちゃってぇ、どうもすいません」
ソファに腰掛けている憎たらしい顔の男。
長い白髪に切れ長の目。
鎖骨まで垂れ下がっている、装飾のある首飾り。
和装は、イメージ通りの神と言った所か。
ソファの後ろには、図体のデカい男と小学生くらいの女児。
どうする?
追い返した方が良いか?
スマホ……風呂場だ。置いてきちゃった……。
おじいぃ、早く帰って来てぇ。
「雪さんにご提案があって来たんですよぉ」
「なんすか……?」
「巫覡、入れときませんかぁ?」
「か、ん? なんすか、それ?」
「あぁ、すいません。こっちでは精霊ですね。いやぁ、勝手に呼び方を変えられているようで、少々困惑しましたぁ」
絶対怒ってるなぁ。
なんとなく心持ちがわかるようになってきたぞ。
「精霊の方はぁ、こっちで見繕っておきましたんで。お気に召すと嬉しいですねぇ」
後ろの二人は精霊か。
各々が姿が持つとは聞いていたけど、こんなにも人間と違いがないなんて。
「精霊も肉体の姿になれんすか?」
「自身を顕倆するのは難しいですねぇ。長く生きた精霊であれば、あるいはぁ。個体によって得手不得手はありますぅ。成長しだいですねぇ。まぁ、神であれば自由自在です。証明しますぅ?」
余裕があり過ぎて怖ぇ。
私の事も一瞬で殺せんだろうな。
「いや、大丈夫です。入れないと、どうなるんすか?」
死んでもらいます、とかだと嫌だな。
「どうもなりません。精霊が入っていない人なんて、ちらほらいますしぃ。今更気にしません」
そういえば、ミカヅキも自分で宿る人を探していたな。
見つけられなかった人がいれば、精霊が宿っていなくても道理は通るか。
「じゃあ、どうしてすか?」
「神様が興味を示したんですよ。特例ですよぉ、これは」
有片か。
神を自称する奴が様を付けてまで呼ぶ相手なんてそいつしかいないだろ。
「神様としてはぁ、あなたの行動を逐一監視しておきたいんですよぉ。精霊が人の子の為に命を使い果たすなんて珍しいですからぁ。どんな顛末を迎えるのかぁ、興味がおありなんでしょう」
「私以外にも、精霊に助けられられた事例があるんすか?」
「ありますよぉ。特に生まれたばかりの神はぁ。揺らぎやすいのでしょうねぇ。慣れと飽き。それが来るまでは、一人前とは言えませんねぇ」
「……だから、特例なんすね」
ミカヅキは、とても優秀だった。
「その通り。千年生きた精霊が……。面白い見出しができてしまいました」
面白くなんてねぇよ。
「目的は監視だけっすか?」
それだけで神を寄こすか?
「はい。そういうお方なんですよぉ。少しの退屈しのぎの為にぃ、あれをやってこれをやってとねぇ」
だるそうに、迷惑そうに発する顔。
精霊を従えているという事は、ある程度上の階級。
それでいて神様の気まぐれには逆らえない。
中間管理職、お疲れ山です。
「神様も人使い、神使いが荒いっすね」
「ははは、まぁ、この世を作ったお方ですからぁ。仕事に不満はあっても、ご本人には一切の不満はありません」
笑顔で軽く言い放った。
「なので、神を侮辱したら……殺しますよ?」
細めた目を少し開け、上げた口角を引きずり下ろす。
眼力と僅かに低音にシフトした声色。
それだけで、私は動けなくなってしまった。
空川は言っていた。
顕言師は感情の影響を受けやすく、術が使えない人でも多少の影響は受ける。
それは、誰にでも精霊が宿っているからだろう。
ならば私は、影響をまったく受けないと言っても過言ではない。
なのに何故、怖い。
死ぬ。
「冗談ではないですよぉ。肝に銘じておいてください」
笑顔に戻ってんのに、内容は怖いまんま。
「でぇ、どうしますぅ? 精霊、入れますかぁ?」
信用できんのか、わかんねぇよ。
おじいが居てくれれば……。
ダメだ、頼る癖ができちゃったら、自分で解決する力が衰えてしまう。
自分でどうにかしてみせろ、守上雪。
あんたの身体だろ。
「……時間、くれないっすか?」
私が出した折衷案。
なんとも振り切らない惨めなものか。
気合を出して『お断りだい! 帰ぇった、帰ぇった!』と言い放つか、知らぬものに飛び込む覚悟を持って『好きになさい!』と言ってやれないのか、私は。
「良いですよぉ。ただぁ、私も暇じゃあないんですよぉ。それに神様直々の命ですからぁ、お返事はなるべく早くいただきたい。明日、都合がよろしそうな時に伺いますぅ。それまでにご決断をぉ」
「明日って……」
深く腰掛けたソファから反動を使って立ち上がる。
私は女子の中では背の高い方だけど、この神には頭一つ分負けた。
上半身を湾曲させ、私の耳に口元を近づける。
「つまらない二択です。今のまま、普通の人間の振りをして生きるか、顕言術を使えた自分に戻るか。あなたの本当の望みに近い方を選べば良い」
姿勢を正し、軽い会釈をして玄関の方へ。
「本日は突然お邪魔したにも関わらずぅ、お話しいただけて良かったですぅ。面白いですねぇ。心の読めない相手と話すのはぁ」
図体のデカい精霊が扉を開ける。
「ではぁ、また」
三人は、すっと空気に溶けるように消えた。
足から肉も骨も消えてしまったようにその場に落ちる。
ちゃんと帰ったのか?
魂の姿になって、まだそこにいるとかじゃあないよな。
大切なものは、なくした時にその重要さを知るというが、手に戻った時に気付かされることもあるらしい。
恐怖は、こんなにも心も体も動けなくしてしまうのか。
風呂場からの着信音。
陸に上がった人魚を参考に足を引きずる。
まったく、何のために登山をして足腰を鍛えていると思っているんだ。
「役立たず……」
からがら風呂場にたどり着いたのだが、着信は止んでしまっていた。
「叶……」
通知音とバイブレーション。
『雪ちゃん、大丈夫?
風邪で休んだって聞いから心配したよ』
叶とやりとりするのは久しぶりか。
『大丈夫だよ。ありがとう。
叶も大丈夫? あれから変わりない?』
私らしい返信をできただろうか。
過去のやり取りを見ても、特徴が無さ過ぎて真似ることもできん。
過去の私は、何故メッセージでのやり取りをもっと増やさなかったのだ。
勝手に寂しがる前に、するべきこと、できることがあるではないか。
その後も続いた叶との他愛もない会話は、出来損ないの足に命を宿した。
記憶とは、脳みそに保存されているただの情報なのだろうか。
身体の隅々にまで張り巡らされた血管を流れる、濃く赤々しく流動する血液のようなものなのではないのだろうか。
拒絶反応からなじむまで時間は掛かるものだ。
私の血液を完全に入れ替えたとて、私は私であり、それを否定できるものなどいない。
私は、そのままの、今のままの私で生きて良いんだ。
顕言術の使えない、心が見えない私で良いんだ。
それで、良いんだ。
次の日、叶は学校を休んだ。
風邪を引いたらしい。
仮病の信憑性が上がった安心と心配。
放課後、叶の家に宅配を任された。
プリントを届けろという定番なのか、まやかしなのかわからないシステムだ。
道路の向こう。
奇怪な格好の三人組が目にうるさい。
「どうもぉ」
「どうして外で話しかけるんすか? 人目に付くでしょう」
「対策済みです。それより、ご決断いただけましたぁ?」
あの後、結局おじいは帰ってこなかった。
けれど、帰ってこなくて良かったのかもしれない。
会話を通すと、私の決断が揺らいでしまうだろうから。
「精霊は、入れないことにしました」
私が顕言術を会得しようとしたのは、叶を傷付けたくなかったから。
今は、その心配もいらない。
叶に何かあっても協会の方で対応してくれる。
私の微力で無理をする必要はないんだ。
「そうですか。神様にはそのままの言葉を伝えましょう。長居する理由もありませんし、これで」
諦めが良いな。
もう少しは粘るもんだと思ってた。
「あぁ、そうでしたぁ。これからの人生、感情に振り回されやすくなるかもしれません」
おじいの考察通りかな。
「どうかぁ、良い人になってくださいねぇ」
楔か。
問題を起こすなという忠告。
いや、逆かな。
平々凡々のつまらない結末を迎えるくらいなら、いっそのこと弾けて死ね。
お前は駄目人間なのだから人の役に立て。
こんなセリフを貰って英雄になれる人間はいない。
「神さんの思い通りにはならねぇすよ」
神は音もなく静かに笑い、静かに消えていった。
叶の家に向かおう。
交差点の分かれ道。
自宅とは反対方向。
叶と変える日々を懐かしく思い出す。
まだ数日しか経ってないのに随分と長く感じる。
手を振る叶のおもかげ。
これからは、見送るのを恐れなくて良いんだね。
「叶ー、大丈夫かー」
この時間帯だと叶の親は仕事で、叶と花しかいない。
事前に連絡して、鍵の置き場所を聞いておいたのだ。
不法侵入ではない。
「雪ちゃん、ごめんねー。雪ちゃんも病み上がりなのに」
うっ。素直が心に刺さる。
「良いんだよ、気にしないで。軽い熱だったから。……プリントここ置いとくね」
「ありがとうー」
ベットに座る叶と勉強机の椅子に座る私。
「なんか、流行ってるっぽいね。叶のクラスの担任も休んでたし」
「へぇ、そうなんだ」
興味なさそうー。
話題、ないな。
帰った方が良さそう?
「そういや、花は?」
「あれ? 会わなかった? 雪ちゃんを待つって外に行っちゃたんだけど」
「マジか。会ってないな」
来るのが遅くなったから、どっか行っちゃったのかな。
神なんかと話してたせいだ。
「どうしよう……」
話していくうち叶の呼吸が荒くなる。
想像以上に辛そうだな。
無理させられない。
「私、探してくるよ。公園とかにいるでしょ。もし帰って来たら連絡して」
「わかった、ありがとう」
叶をベッドに寝かせ家を出る。玄関の鍵はポストの中へ。
道中でも視線を遠くへ向け、花の姿を捕らえ損ねないよう気を配る。
家から公園に行くのは一本道だ。帰って来たのなら確実に出会う。
いつもの公園が、どこか寂しそうで息が詰まる。
「花ー。いるかー?」
返事はない。
風邪がブランコを揺らす。
鈍い金属音が耳障りだ。
転んで泣いていないだろうか。
一人で悲しい思いをしていないだろうか。
公衆トイレが目に止まる。
かくれんぼをすると、花はよく建物の後ろに隠れたものだ。
「ふふ、そこか」
よく聞くと物音が聞こえる。
「花ー。隠れてるなら出てきなー」
トイレから、男の荒い息と聞き馴染みのない音。
一瞬で察した。
「うへ、最悪。こんな時間から何してんだよ」
高校生の男女が、一緒に多目的トイレに入っていくのを見た事がある。
それから半分トラウマだ。
気持ち悪い。
走り逃げるように公園を飛び出す。
「花なら、どこへ行く……」
一緒に遊んだ思い出の強い場所。
「ゲーセン?」
歩いていけない距離ではないが一人で行くだろうか。
いや、行こう。
子供と言うのは突飛な行動をするものだ。きっと。
徒歩十五分の道を走り続け、息を潰しながらやっとの思いで着いた。
しかし、そこにも花はいなかった。
店員にも聞いても、アナウンスしてもらっても、花の手がかりは掴めなかった。
「流石に一人じゃ来ないか……。どっかで行き違ったかな」
叶からの連絡はなく、返信もない。
寝てしまったのだろうか。
空が暗くなる。
もう一度、公園に行こう。
盛り猿も、もういねぇだろうし。
「花ー! どこー!」
草の根を分け、少しでも隠れられそうな場所ならしらみつぶしに探していった。
迷子になってんじゃあないだろうな。
警察?
でも、家族じゃない私が言って良いのか?
せめて、叶の父親が帰って来てからじゃないと駄目か。
返信は来ない。
叶の家に再度向かう。
「はぁ、はぁ。……帰って来てんじゃん」
父親の車が止まっている。
明かりの漏れる一軒家。
あとは任せても良いんじゃない?
もしかしたら、花はとっくに帰って来ているんじゃない?
自堕落な私。
安心なんかしちゃって。
「帰ろ……」
やっとここまで書けました。
というのも、この作品は一度完結しています。
仮一話としてですけどね。
その時は、今ある四話の最後とこの話の叶が風邪を引くシーンが繋がっていました。
なので、全部で二万五千字くらいの小説だったんです。
それが、いつのまにか尾ひれに羽ひれに胸びれに髭までついてこの有様です。
設定も今よりシンプルで良かったな……。
これからも長ったらしい文章を書くと思います。
それでも、とりあえずは……。
物語は最終章へ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければ評価をお願いします。




