第二十一話 反抗
生物最大の感覚器官は?
そう聞かれたら、大概の人が〝目〟だと答えるだろう。
私もそう答える。
生物は、その目を使って様々なものを見て、観て、視る。
そして見ない。
見えるもの。
見えないもの。
見たいもの。
見たくないもの。
見なければいけないもの。
見てはいけないもの。
私は、本当に見たいものを見ることが出来ているのか。
自問自答を繰り返し、悩みの沼にはまっていく。
だって私は、見えないものが見える者だから。
ミカヅキは最期に私の全てを貰って、私に全てをくれた。
記憶も感情も、名前も。あらゆるものをミカヅキが保管した。
空っぽになった魂だけを抱えて、私は死んだ。
魂は肉体を離れ、精霊たちを解放した。
彼女は少しだけ後ろめたそうにしながら、とぼとぼと消えていった。
彼女は人間の姿をしていた。
長い髪で、顔はよく見えなかったけれど、私によく似た顔だった気がする。
彼女にも名前を付けてあげたかった。
私に入り混じっていた精霊も、感情を失い活動を停止した。
ミカヅキはずっとそこに居て、私の魂から精霊を取り除いていた。
混ざり合い、分けることは不可能だと思っていた。
状況は、砂糖と塩を混ぜたようなもの、らしい。
地道。
ミカヅキは私と精霊を少しずつ分けていった。
魂は着々と無に還ろうとしている。
欠けた所は、羽根をむしり取って補修したくれた。
ミカヅキは不器用で、遠回りで、素直になることの簡単さと素晴らしさを知っているのに、中々素直にはなれない、そんな心を持っていた。
私の魂が純粋な人になった時、ミカヅキの綺麗な羽根はほとんどなくなってしまっていた。
ミカヅキ渾身の計画。
まず、ユキを仮死状態にする。
その為に中身を全部抜いて、魂を空っぽにする。
名前は存在の証明、魂の中から消えれば死ぬ。
次に魂を綺麗にする。
魂に中身を戻す。
ユキ、復活。
「こんな雑で半端な計画立ててるからいけないんだよ……」
いくら精霊が私の中からいなくなったとしても、消えた感情が元に戻るわけではない。
空いた穴を埋める。
ミカヅキは利口なバカだった。
感情とエネルギーは相互変換。
ミカヅキはボロボロの身体を、自身の命を、感情の源に変えた。
ミカヅキの命を授かった私は、ミカヅキの記憶までも引き継いた。
「こうなることは知ってたのかな。多分、知っててやったんでしょ。あなたは、そういう人だから」
本棚は、本でいっぱいに詰まっている。
「よほど、私に恐怖を持っていてほしいのね。私からの第一印象を大事にしたいってこと?」
恐怖は自分で選んで切り捨てたもの。
あなたが無理をする必要なんてなかったのに。
「返事しろや……」
あなたがいないのなら、恐怖なんて意味が無い。
「いないなんて酷いね。あなたはここにいるのに」
胸に爪を立てて引く。
「あなたのおかげで記憶戻ったよ」
伝えないといけないんだ。
ミカヅキは利口だった。
私を助ける知識を持っていて、きちん完遂した。
欠けた魂の為に自らを犠牲にした。
「でもね……」
記憶はミカヅキの物となり、魂もそのほとんどがミカヅキの羽根で補修されたものだった。
「私、私じゃないみたいなんだ」
ミカヅキはバカだった。
私なんかに宿ってしまったから。
「そんなに器用に生きられないよ……」
記憶は思い出ではなく、ただの情報となってしまった。
知らない人間の個人情報を無理矢理頭に詰め込まれた。
私の身体に私の感情に私の記憶。
なのに、他人。
心境は変装達人のスパイ?
楽観的になれたら、どれほど良かったか。
「あなたが話してくれたら、少しは心が緩やかになったかな?」
無慈悲なアラーム。
スマホが振動と共に陽気な音楽を演奏し始めた。
「ははっ。こんな朝でも、昨日と何も変わらずにいるんだね」
無神経な人間になれたなら。
「雪、起きとるか?」
部屋の扉の向こう。
鳴り続けるアラームを気にかけたおじいの声が聞こえた。
画面をスワイプして音楽を中止させる。
「大丈夫、起きてる」
これで合ってるよな?
守上雪ならなんて答える。
「学校から連絡来てな、今日から学校再開するってよ」
調査とやらは終わったようだな。
原因不明のままだろうけど。
「わかった。着替えたら行くよ」
おじいは「おう」と軽く返事するだけだった。
遠ざかる足音。
袖から腕を抜く。
顔を洗えば良いや。
もう一粒だけ泣こう。
ここは、守上雪の家。
私の家。
正しいのに間違っている。
私は守上雪じゃない。
誰でもない。
無。
服の着方も、扉の開く方向も、箸の持ち方も、体に染み込んだものだけが頼り。
一夜漬けで覚えた記憶。
手放してしまいそうで怖い。
申し訳がない。
ミカヅキと雪に。
「雪、大丈夫か?」
「え、うん、大丈夫……ではないかな」
頼ろう。
ありのままを話そう。
強がり方もわからないよ。
昨夜のこと、絶命、蘇生、喪失、飽和。
「そうか……。精霊がそこまでするなんて聞いたことがない」
「私、どうすれば良いのかな」
「とりあえず今日は休め」
「でも、叶のこともあるし」
「今、雪の中には精霊がいない。顕言術も使えなければ、心も見えん。大事になっては本末転倒だ。協会で色々調べてくるから、それまで待て。叶ちゃんの件は協会にも伝えている。何かあっても対応できるようにはしてある。だから、安心して休め」
端から端まで、抜かりなく詰めてる。
私に言わなかったのは、やる気を出させるためなんだろうな。
おじいがいれば大丈夫だ。
「ありがとう。何から何までやってもらっちゃって」
「俺にも責任はある。傍に居ながら、雪を止められなかった」
「私が勝手にやったことだもん。気にしないでよ」
ミカヅキもおじいも同じだな。
責任を感じないでよ。
誰かに迷惑を掛けられるより、誰かに迷惑を掛ける方が嫌い。
誰かに怒られるより、誰かが怒られてるのを見る方が嫌い。
皆が、皆を許せるようになる世界は来るのだろうか。
誰もが自由に叫べる世界は来るのだろうか。
人に優しく、自分にもっと優しく。
それだけで平和になる未来は、ありえないものになってしまったのだろうか。
私は、人間に向いてない。
「学校には風邪を引いたと俺の方から連絡しておく」
「道場で修行とかしてて良い? 身体を動かしてないと落ち着かないから」
おじいは一つ首を傾げた。
「むしろ、その方が良いかもしれんな。顕象ができない分、感情を溜め込んじまう。発散できるなら、好きに動いた方が良いな」
あの間でここまで考えたのか。
知識を引き出す想起力と、掛け合わせる思考力が桁外れだ。
「わかった。じゃあ連絡お願いね」
自室に戻り、通学用鞄をひっくり返した。
一冊のノートと筆箱を掴み取った。
シャーペンを二回ノックして乱雑に書き殴る。
今、私の頭にあるミカヅキの記憶を残さないと。
千年の記憶を無駄にしてはいけない。
雪は私だけど、私はミカヅキの方が好き。
自業自得で迷惑かけて、命を奪って。
ミカヅキ、あなたが私の代わりに雪になってくれたら良かったのに。
人になって死ぬ。
それは彼女の夢だけど、あなただって少しくらい考えた事はあるんじゃない?
人として生きるあなたを見てみたかった。
きっと素敵な人だったのでしょうね。
縁の繋がりを重んじて、人生の要項を全うできる人。
心を痛めながら人を傷付け、求める温もりを自ら排除する一生。
少しくらいさぼっても良かったんだよ。
何をするにも一生懸命で、使命を生きる意味だと決めつけて、信じていた。
必要とされることでしか、自分を認められなかった。
縋れるものを求めていた。
あなたの心が休まる瞬間は、少しでもあったの?
最期の笑顔は、何度目の笑顔?
神々しい外見に似合わない程、あなたの笑顔は可愛かった。
もっと無邪気に笑える人生を歩んでほしかった。
ミカヅキで良かった。
他の誰でもないあなただったから、私は必死に生きていける。
ちゃんと後悔してるから。
あなたの一生の疲れを癒せるほど、長生きはできないと思うけど、それでも少しだけ。
私の中で、休んで。
シャーペンが筆跡を辿らなくなった。
三冊のノートが文字で埋まり、それでもまだ半分も記憶を記せずにいた。
特筆事項だけ、と思って書き始めたは良いけど、千年となるときりがない。
人生百年なんて馬鹿げたことを言っても、十人分の一生。
起承転結、綺麗な順路を統べる奴の方が少ない。
だから、誰にでもわかるように書きたいのだ。
生きた人の、先人の、紡がれることのなかった人々の、命の軌跡を。
これを、私の使命とする。
けれど、問題が一つ。
書きたいのにノートがない。
シャーペンの芯も心もとない。
買いに行くか。
近所の文房具屋に行くくらいなら良いだろう。
もやもやを溜め込む方が良くないと思うし。
一応、おじいに一言言ってから行くか。
リビングのテーブルに書置きが一つ。
『協会に行ってくる。帰りはわからん。昼飯は冷蔵庫に入っているから、温めて食べろ。夜は自分で作りな』
もう行ったのか。
時計を見ると十四時を過ぎていた。
そんなに集中して書いてたの……。
今だとばかりに腹が鳴り出した。
気を使える腹の虫ね。
昼食を取ってたから出掛けよう。
冷蔵庫の中にはラップの掛けられたお皿が一枚。
「オムライス……」
ケチャップライスとかチキンライスとか呼ばれる赤い米に、厚さ二センチはありそうなふわふわな卵。
「凝り過ぎだろ。どこまで腕上げんだよ」
電子レンジで温めている時間て、人生の総合計で何時間くらいになるんだろう。
人は一生のうち何年間もトイレにいて、何十年も寝ている、人生って案外短いですよね、と不安なのかやる気なのかを煽る文言を見た事はあるだろうか。
私は、そんなのその人の生活リズムによって違うだろ、と思ったしだいである
電子レンジも例外ではない。
使う人は毎日使うし、使わない人はそもそも家にない。
私はきっと数か月は電子レンジを待っている。
それも塵積。
チンッ!
食べ終えた食器を洗い流し、乾燥台に飾る。
出掛ける格好を決めあぐねている。
制服が一番楽なのは確かなのだが、学校に行かずに何をしているんだと思われたくないのだ。
決め付けているのではなく、そういう経験があるのだ。
創立記念日で休日だった日、書店に行こうと着替える時だ。
他の子は学校なんだし、私服で行ったら引きこもりって思われるかな。
引きこもりだと思われるのが嫌というわけではなく、相手に余計な感情を与えるのが嫌なのだ。
体調が悪くても心配させたくないから空元気を出すのと近い。
制服で行ったら、午前中で終わったのかなって思わせることができるはず。
そういう思考回路を元に制服で行ったら、若い店員に余裕で『サボってる』と思われたのだ。
裏の裏。
こういう事をいちいち考え耽ってしまう自分が面倒くさい。
私服で行けば良いや。
白い無地のTシャツに、黒いジーンズ。
スポーツメーカーのスニーカーに、白キャップ。
年がら年中このスタイルだ。
寒くなればジャケットを羽織れば良いし、服に時間を掛けなくて良いし、おしゃれとは言われなくともダサいとも言われない。
無難が良いのよ、無難が。
着替え終わり、姿見の前で最終確認。
眼鏡あった方が良いな……。
丸眼鏡とか可愛いなと思うけど、似合うか不安なんだよな。
目はそこそこ悪いけど、裸眼でもギリ生活できてるしな。
今度眼鏡屋行くか。
出掛ける事、おじいに連絡しとこかな。
机の上、スマホ、置きっぱ……。
持ち歩けよ。携帯なんだから。
私も書置きしとくか。
『文房具屋に行ってきます。何かあれば“スマホ”に連絡してください』
家中の戸締りを確認し、玄関の鍵を閉める。
こんな所に空き巣は来ないとは思うけど、野生動物の侵入が怖い。
下る私、迫る麓、登る家。
すれ違う人の心は見えない。
文房具屋の若い店員も、何を考えているのかわからない。
ふらっと立ち寄った服屋。
おしゃれな店員さん。
なんでもかんでも似合ってる。
本当はどう思ってるの?
ファッション雑誌の表紙のモデルみたいってそれ本気で言ってんの?
フリルの付いたブリブリの服。
私には似合わないよ。
いや、まぁ、似合う似合わない関係なく、好きな服を着たら良いと思う。
それで言うと私はこういう服を好まない。
私は……。
これが好き。
端っこのハンガーラックから一つまみ。
メンズじゃん。
良いね。
黒に濃い紫と澱んだ緑、白い花が添えられた柄シャツ。
長袖の丈感も可愛いね。
試着室から出る時に緊張しないの初めてだな。
あ、その表情。
店員さんもこういうの好きでしょ。
文房具を買いに来たのに、とんだお土産ができてしまった。
人の気持ちは見えない。
だからこそ、気を遣うし、心配する。
表情や声色から察するしかない。
だから不安。
これが普通。
もう少し、歩きたい。
家に帰りたくないと思う私は反抗期。
人生へ、私へ、運命への反抗。
先日、初めての評価を頂きました。
星五つ。ありがとうございます。気付くのが遅くなりすみません。
小説を書き始めたのは中学生の頃で、読者と言えば国語の先生一人でした。
卒業し、誰にも読まれない小説をいくつか書きました。
昨年の今頃、勇気をもって兄に読んでもらったことをよく覚えています。
その作品こそ「口篭る人形」です。
兄になろうに投稿してみればと言われたのが全てのきっかけです。
最初期こそ評価されるかなとかコメント来るかなとか色々気にしていました。
ですが、反応はゼロ。
人気作品の評価数を見て指を咥える日々でした。
いつのまにかそういう感情もなくなり、自分が良ければ良いや、誰に読まれなくとも自分の書きたい事を書こうという思いで書き連ねてきました。
そんなときに評価を頂き、読んでいる人いるんだぁ、とどこか他人事のような思いを浮かべていました。
なろうは他のSNSと違って閲覧回数が表示されません。
そこで気になって調べてみた所、閲覧回数を見られる方法があることを知りました。
なんと㋇には122人の方が、9月3日には38人もの方読んでくれていることがわかりました。
最新を追ってくれている方がいるんだと嬉しくなりました。
誰かに読まれていると思わなかったので、一人でも読んでくれていると良いなくらいの思いで調べたので驚きました。
あと、なにも言わずに数か月ほったらかしにしてすみません。
一応完結させるつもりです。
俺たちの冒険はここからだ!になっても許してください。
そういう終わり方が面白いと言って頂けるような作品にします。
これからもよろしくお願いします。
本当に最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければ評価をお願いします。




