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口篭る人形  作者: 風呂蒲団
20/26

第二十話 満月

 生物最大の感覚器官は?

 そう聞かれたら、大概の人が〝目〟だと答えるだろう。

 私もそう答える。

 生物は、その目を使って様々なものを見て、観て、視る。

 そして見ない。

 見えるもの。

 見えないもの。

 見たいもの。

 見たくないもの。

 見なければいけないもの。

 見てはいけないもの。

 私は、本当に見たいものを見ることが出来ているのか。

 自問自答を繰り返し、悩みの沼にはまっていく。

 だって私は、見えないものが見える者だから。

 朝、六時。

 スマホのアラームで目が覚めた。

 好きなアーティストのお気に入りの曲。

 SOMETIME'Sの『Morning』。

 YouTubeの広告で流れてきて好きになった。

 枕元には読みかけの小説を放置している。

 眠れない夜にでも読もうと思ったのだ。

 ちゃんと読んだのは最初の三日程度。

 寝つきが良くなったわけではない。

 内容が面白くないわけでもない。

 なぜ読まないのか、私にもわからないのだ。

 小説を手に取りベッドから起き上がる。

 窓に掛かるように配置された本棚。

 一冊分の余白には埃が積もっていた。

 指先で拭い取り、空を埋めた。

 昨夜、私は死んだ。



『ユキの全てを、私にくれないか』

 ……。

 恥ずかしい言い方をするのね。

 それ告白よ?

『好きに受け取れ。ユキがこれからも生き続けるために、必要なことだ』

 彼の顔は、使命を受けた勇者のような、これから死にゆく花のような、そんな覚悟を持った表情だった。

 わかった。良いよ。

 お好きにどーぞ。

『では、始めよう』

 あ、待って。

 最後に一つだけ聞いて良い?

『なんだ?』

 どうして、急に優しくしてくれるようになったの?

『ただの気まぐれだ』

 はい、ウソー。バレバレですー。

『……』

 何でも素直に言いなさいな。

 十余年の付き合いじゃない。

 彼の首筋にそっと手を添える。

 少しだけ避けられ、追いかけると逃げなかった。

『負い目だ。私はユキを苦しめた』

 そんなこと……。

『精霊が何故人間に宿るのか、話しておこう』

 悴んだ冷たさと、ほんの少しのさざめきだけが彼の羽毛に纏わり付いていた。

『全ては、一体の神から創造された。私もその神から生まれた』

 あなたのお母さん?

『母や父ではない。あれは、人間の尺度では測れぬ。精霊も人も、この世界すらも、その神が創ったのだ』

 全知全能。

 象徴。

 神。

 ただの神話じゃあないのか。

『神は最初に空間を作った。赤ん坊だった神が、自由に歩く事で少しずつ広がっていった。神は次に時間を作った。一歩、また一歩踏み出す律動に流れが生まれ、時は自立した』

 神話らしい突拍子のなさ、けれどフィクションではないと感じる。

 それはきっと私に精霊が混ざっているから。

 生みの親を否定できるものか。

『神が五つになり魂の世界を作り上げた頃、神は飽きていた。高揚も悲哀も劣情もなく、漫然と世界を複雑にしていた』

 燃え尽き症候群。

 何かに熱中している時は、人生の全てがそれに当てられている。それを成し遂げるということは、全てを失うという事でもある。

 目標をスタートではなくゴールだと考えている人間が陥りやすい心病だ。

 神がそんなのなら、人間が患っても仕方あるまい。

『六つになる頃。神は、肉体の世界を作った。それが宇宙だ。生命を生み出し進化と想像力を与えた。しかし、それも神の心を動かすものではなかった。次に神は、神を作った』

 神産み。

 古事記でも、イザナギとイザナミは国産みをしてから神を産んでいる。

 日本という単位で言えば、似たようなものなのだな。

『神々が増え続けた結果、神は互いの識別ができなくなった。そこで神は、言語と名と性別を作った。最初はただの複製だった神々も、次第に個性を持ち、群ではなく個として確立されるようになった』

 神様は、何て名前なの?

『有片、そう名乗っていた』

 シンプル……。

 短い名前ね。

 名前?

 名字なのか?

『神々は神殿を作り居住地を得た。服や道具を作り、安寧を手にした神は、また飽きてしまった』

 飽き性だなぁと思うことなかれ、手作業で世界を作り終えたのだ。相当な時間が掛かったのだろう。

 最後は、どうせ惰性さ。

『この時、初めて神が予想しえなかったことが起きた。神々が、順々に動かなくなっていったのだ』

 感情の枯渇。

 精霊は人から感情を貰って生きているでしょ?

 神様たちはどうしてたの?

『自身の感情で充分足り得ていた。しかし、熱情はいつまでも続くものではない。これ以上、何かを創り出したとて無意味だった』

 動ける者なら、幾分か延命の余地もあるだろう。

 しかし、それもいつまで続けられるのかわからなければ、根本の解決にもならない。

 動けない者の救いにはならないのだ。

『神は感情を生み出すのではなく、外部から接種する方法を考えた。もう、何年も気にも留めていなかった場所。宇宙に目を付けた。神は星々の記憶を読み解き、生物が生きていく上で最適な環境を作った』

 地球……。

 地球は生物にとってあまりに都合が良過ぎるという話を聞いたことがある。

 私をそれを聞いた時『そりゃ、地球に適応するように進化してんだからあたりまえだろ』と思っていた。

 けど、マジで都合が良いように作られていたのか。

『しかし、神々の心力となる程の感情を持つ生物は生まれなかった。皆が動かなくなり、神はまたひとりになった』

 神様は、神を作らなかったの?

『そんな余力などなかった。その頃には、自身の命だけで精一杯だったのだ。神は、ひたすら待ち続けた。感情を豊富に有する、生物の誕生を』

 創世主。

 宇宙を創り出した神が孤独を味わうか。

『身体が動かなくなり、意識すら固まる寸前。神の心に一つの感情が生まれた』

 私は、その答えに気付いてしまった。

 良く知る、誰にでもある大きな感情。

『その感情を元に、神は死を作った。生物や植物のみならず、あらゆるものが感情を強く抱くようになった』

 漫然。

 死という概念すらない世界では、死ぬ気になるなんてありえない。必死になるなんてありえない。

 死という絶対があるからこそ、我々は死ぬ気で必死になれるんだ。

『その感情こそが……』

 死という……。

『恐怖だ』

 あなたは、これを伝えたくてこの話をしたのね。

『ユキ。私はお前を苦しめた』

 声がジリジリと歪に湾曲していく。

『ずる賢く言い訳ばかりを言い聞かせて、なんとか自分を保っていた』

 彼は私を抱き寄せて、強く、とても強く胸に押し付けた。

『私が悪なのではなく、私に掛けられためいが悪なのだと、信じていた……』

 どうして、あなたからは鼓動は聞こえないの?

『私は私を諦めてしまった』

 私の心臓は、今もうるさく叩き続けているのに。

『心につけ入り、いたずらに悪意を詳らかにした』

 あなたは、こんなにも人間らしい。

『罪悪も懺悔も、いつのまにか消えてしまった。それを、寂しいと思えなかった。心の重さが取れたような、清々しさすら感じてしまった』

 心は強くならない。

 言動に伴う感情が飽和して、ただ麻痺しているだけなのだ。

 自分を責めないで。

 あなたの役目だったのでしょう?

『精霊は、ただの道具だ。感情を回収するための作り出された道具。彼女は善を、私は悪を担っていた』

 悪の精霊。

 善の精霊。

 トウさんはそんな言い方をしていた。

 けど、そんなの意地悪だよ。

 あなたは、何も悪くない。

『私は悪に染まってしまったのだ。悪を呼ぶ者は、知らず間に悪を名乗っているものだ』

 彼は抱擁を緩めた。

『私はずっと自身の生まれた意味を考えていた。人を不幸にさせ、感情を神々に献上し続ける事。それが使命だとしても、私をどう生かすかは私の自由ではないのか』

 やっぱりあなたは人間らしい。

『きっと、生まれた意味はないのだ』

 どうして、そう思うの?

『幾人かに宿り、生涯を共にしたが、意味を持ち生まれた人間は一人も居なかった。大成し歴史に名を残す人間も、路頭に迷い誰知らずとも死にゆく人間も、皆等しく、一つの命に一つの死。違いはなかった』

 反感を買いそうね。

 平等だと言われる事を嫌う生物よ、人間は。

『それでも、生まれた事にも死ぬことにも意味はない。生きることに意味が宿るのだ』

 スタートラインに立つ事を目標にすることなかれ。

 表彰台に登る事を目標にすることなかれ。

 どのように走り出し、どのように走り抜けるのか。

 素晴らしいものでなくとも良い。

 劇的でなくとも良い。

 平坦で、ありきたりな道行で良い。

 ただ、過程を蔑ろにすることなかれ。

『ユキよ、生きろ。死を受け入れるな』

 受け入れたつもりはなかったんだけどなぁ。

『今まで何度も恐怖を乗り越えてきたではないか』

 怖いのは嫌いなんだよね……。

『恐怖を知らぬ者に勇気はない』

 手厳しいね。

 勇気だけじゃ、どうにもならない時だってあるんだよ。

『勇気がなければ、何もならぬ時もある』

 わかってるよ。わかっているけどさ。

『ユキが、真に恐れていることは、生きることだ』

 言い返せない。

 言葉の重みで壊れてしまいそうだ。

『過去の苦痛も、今日の不甲斐なさも、先の不安も、人生には付き物だ。消してはならん』

 全部、どうでも良かった。

 昔からそうだった。

 ニュースで流れる惨状にいちいち反応して、心配して、心を痛めている振りをしている偽善者が大嫌いだった。

 遠い国の誰だろうが、隣の席のあいつだろうが、どこで誰がどうなろうと、どうでも良かった。

 でも、叶だけは違った。

 初めて失いたくないと思える人だった。

 そんな恐怖が、いつも私を締め付けた。

『人に手を差し伸べるのも、暴漢に立ち向かうのも、未知に怯まず探求するのも、ユキに勇気があったからだ』

 恐怖を乗り越える。

 あなたは、人に勇気を与えるために悪に働いたのね。

『それは結果論に過ぎない。ユキが強かったから、私は今、自分を認めることができているのだ』

 ありがとう。

『例を言うのは私の方だ、生きる意味をくれてありがとう』

 悪をもって、勇気を。

 あなた、名前は?

『名はない。言うただろう。私は道具だ。名は必要ない』

 じゃあ、私が付けても良い?

 彼は目を少しだけ開いて、静かに戸惑い、瞬きをした。

『あぁ』

 あなたが翼を広げた時、似てるなって思っていたの。

 あなたの名前は、ミカヅキ。

『……』

 何も言わずに項垂れてしまった。

 あ、嫌だったかな。

 適当って思われた?

 ごめん、ちょっと待って、もう一回考える。

『違う、そうではない。嬉しいのだ』

 顔を上げたミカヅキは、見た事もない程笑顔だった。

 そっか、良かった。

『こんなにも嬉しいものは貰ったことがない』

 言い過ぎだよ。ちょっと恥ずかしい。

 でも、そう言ってもらえて私も嬉しい。

 これからもよろしくね、ミカヅキ。

 長い長い夜。

 始まりの物語。

 終わりの物語。

 私が名付けた者たちは、その名を共にしてくれない。

『さようなら、ユキ』

 ミカヅキの言葉。

 最後の言葉。

 別れの言葉。

 ミカヅキは納得してくれたのだろうか。

 名前を気に入ってくれたのだろうか。

 いなくなるなら、そう言ってから行けよ。

 説明することいっぱいあっただろ。

 勝手に覚悟決め込んで一人で行かないでよ。

 ずるいよ。

 カッコつけてんじゃねぇよ。

 ……ありがとうって言わせてよ。

 私は部屋で一人、泣いた。

ミカヅキという名前にはもっと意味があります。

雪との関連で名付けました。

名字由来netというサイトを見ている時に見つけて「あ、おもろ」と思って付けました。

漢字一文字でも名前読みとかで特殊な読み方しますよね。

最近は漢字辞典と名字由来netを交互に見てます。

楽しいです。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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