第十七話 変化
生物最大の感覚器官は?
そう聞かれたら、大概の人が〝目〟だと答えるだろう。
私もそう答える。
生物は、その目を使って様々なものを見て、観て、視る。
そして見ない。
見えるもの。
見えないもの。
見たいもの。
見たくないもの。
見なければいけないもの。
見てはいけないもの。
私は、本当に見たいものを見ることが出来ているのか。
自問自答を繰り返し、悩みの沼にはまっていく。
だって私は、見えないものが見える者だから。
「……流石に意味わかんないよ……」
木刀は真っ二つに折れた。
「なんで、ピクリとも動かねぇんだよ……。思いっきり打ったんだぞ……」
頬には当たった。なんならクリーンヒット。
「直感でわかんねぇなら、考えな。雪は得意だろ?」
嫌味な言い方。
木刀を腰に差す。おじいの頬には一切傷がついてない。
どんなに強靭な人間だろうと、全力で殴れば多少は揺らぐ。顔、さらに長物だったら尚更だ。
なのに何で、刀が折れて、私の手が痺れてんだよ。
「わからん。ヒント」
「お前は昨日、何を学んだんだ。知見を広げたなら、それで何ができるのか考えるのが普通だろ」
また嫌味。
「つまり、顕言術を使ったと」
刀を防いだということは、少なくとも顕倆を使った事はわかる。
おじいの全身を上から下へ、下から上へ見通す。
何も変わってない。
靄も出ていない。
侍を顕倆して、甲冑を出したとかならわかる。
それがない。
侍は違う
霆は……そもそもどんな意味なのか。
「おじいの霆ってどんな意味なの?」
おじいが、ニヤっと笑う。
「雷だ」
その時、頭にメンタル的な衝撃が走った。
「かっけぇ……」
「はは、かっけぇだろ。お気に入りだ」
「じゃないや、雷じゃ防げないでしょ」
どうやったんだ?
木刀が触れる寸前に雷を流して割った……?
吹き飛んだ木片に目を向けるが、焦げている様子もない。
「名前じゃあない」
「え?」
「顕言術に使えるのは、名前だけじゃあない」
「それはわかってるよ。物もでしょ。でも、おじいが持っている刀は、何も変わってないじゃん」
おでこをピシッと弾かれた。
「察しが悪い。こう言ったらわかるか? 下の名前じゃあない」
「あっ名字?。名前じゃん」
「別だろ。苗字と名前は」
「細か……。まぁいいや。守上か……えっ防御力上げる的な?」
「その通り。使った文字は『上』。肌の防御力を上げたんだ」
美容女子みたいな言い方しやがって。
上げたのレベルじゃないだろ。
「『上』だけ? 『守』は使ってないの?」
「あぁ。俺の場合『守』はここじゃ使えないんだ」
「なんで?」
「俺が使うと堀ができちまうんだよ」
「ほり?」
「簡単に言えば、地面が陥没するんだよ。守りと聞くと、どうしても城の堀をイメージするからな」
「ま、待って。急に飛び過ぎ。イメージそんなに飛躍しても良いの?」
「まぁな。物に関さない文字は、術者によって大きく変わる。『上』も、物を浮かせるという使い方をする奴もいる」
なるほど。『上』一つとっても、物を物理的に上昇させる人も居れば、おじいのようにステータスを上げる人も居るのか。
それにしても堀はやりすぎだけどね。
「なんか、ずっこいね」
「できるもんは仕方ない。存分に利用したら良い」
私の場合はどうなるのかな。
知見を広げたら、何ができるのか考える。
こういうことか。
これを普段からしろと?
思考回路の一部に組み込めと?
とりま今日の夜から始めよ。
「あれ? おじい何もしなかったよね。手を合わせたり言葉を言ったり」
名前を物に変える時は手を合わせるっておじいが言ったのに。
あまりに無動作だったからわからなかったんだ。
「慣れれば必要なくなるというのが解だな。合掌には、魂の扉を開けるという意味合いがあるんだ」
どこの宗教だよ。聞いたことないぞ。そんなの。
「魂は、肉体と同じ形をして、ぴったりと重なっている」
ひゅうどろろの人魂じゃあないんだ……。
なんかショック。
「その内側に心や名前、そして精霊が入っているんだ」
「それを取り出すためにやってんのね。言葉は言霊だっけ? トウさんが言ってた」
「自分が何をしたいのか、そして付喪神に何をしてほしいのか。ただ思うだけじゃなく言葉にすることで、具体性を出させる。まぁ総じてルーティンみたいなものだ。やった方が良いのは確実だな」
ルーティンとか苦手なんだよな。
朝起きたらこれをするとか、家を出るのは右足からとか。
気にすることがストレスになりそう。
「あっ、あたくし気付いちまいましたよ。昔やった拳を大きくするやつは、『上』で攻撃力を上げたんですね?」
これは、勘が良いと言えるね。
「いや、違うぞ」
えぇ……。
「あれはただの身体機能だ」
「そんなわけぇねだろ」
「簡単に否定すんな。昔からある言葉がそれを証明してる。雪だって感じたことがあるはずだ。窮地に立たされた人間が、思わない力を発揮する様を」
「もしかして、火事場の馬鹿力? でも、そんなの超特異環境で発揮されるもので、普段使いなんて……」
昔、すでに気付いていたじゃあないか。
感情の再現。
「おじいは、感情を自在に操れるの?」
「勿論」
私は間違ってなかったんだ。
「全ての人間は、感情をエネルギーに変換する能力を持っている」
「全て?」
「あぁ、どんな人間でも、絶対にできる」
「そんなの可能性の話でしょ? ……違うの?」
おじいの口角が上がる。
静かに音が弾けた。
「雪が一番最初に疑問に思った事。それはなんだ?」
最初……。
『なんで、ぴくりとも動かねぇんだよ』
違う。
『刀にできる事?』
違う。
『けん、げん、じゅつ。誰が名付け……』
違う。
『この人、誰だろう……』
違う。
『道場に入るのは何年振りになるだろう』
違う。
『そんなチートみたいなの、ありえるの?』
違う。
『メール見てないの?』
違う。
『叶、体調は良くなってきた?』
違う。
『私と話している所、あんまり他の人に見られたくないのかな』
違う。
『……心を、精霊に、支配されると、どうなっちゃうの?』
違う。
『それで、どうしたの?』
違う。
『まっず、なんだこれ』
違う。
『クラスメイトに声を掛けられた。何か月ぶりだろうか』
違う。
『……ど、どうしたのぉ?』
違う。
『これってなんなの?』
とても古い、遥か昔に抱いた疑問。
人生がよぎった。
「靄……」
「そう。あれこそが感情のエネルギー体」
「じゃあ、変換する能力って……」
「顕象だ」
文字になるのは名前や物だけじゃない。
どうりで似ているわけだ。
だって同じなんだもの。
「人間は、常に感情をエネルギーに変換し、それを垂れ流しにしている。それが靄だ」
垂れ流し。もったいねぇ。
私は貧乏性ガールだな、まったく。
「エネルギーを余すことなく使うために、手に集めてんのが、大きくなっているように見えたわけか」
「それもあるが、頭を冷静にさせるという目的の方が大きいな。急激に増えた感情は、エネルギーに変換されても排出が追いつかなくなるんだ。それを消費するために、爆発的な力を発揮しているわけだ」
私でも流石に勘づいた。
「もし、消費できなかったら感情が暴走する。そういうことだよね、おじい」
「あぁ、そうだ。火事場と暴走。これらは紙一重だ。その塩梅を間違えてはならない。だからこそ頭は冷静でないといけないんだ」
私は、また思い出していた。
そして、解決していた。
おじいから靄が見えない理由。
昔の私は、靄は感情そのものだと思っていた。
靄が出ていないということは、感情がないのだと思っていた。
だけど、それは違ったんだ。
顕象を操作することで、余分にエネルギーを消費しないようにしていたんだ。
空川は、顕言師同士が出会う時は気を遣うと言っていたけど、道場に来る皆はできるのかな……。
迷惑かけちゃう……。
「おじいから靄が見えない理由。なんとなくわかって安心した」
「なんだ? 感情がない人間だとでも思っていたのか?」
「そんな意地悪な言い方じゃあないけど、それに近い事。ねぇ、おじい、顕言師じゃなくても靄が出ない事ってあるの?」
……。
「それは、叶ちゃんの事か?」
「うん」
もし、顕言師にしかできない事ならば、叶は……。
「顕言師じゃなくとも靄が出ないことはある。生まれつき顕象が苦手なんだ。珍しい事じゃあない」
「……はぁ、良かった」
おじいはいつも私を安心させてくれる。
「でも、顕象ができないってことは、いつでも暴走の危険性があるってことだよね?」
「そこまで大袈裟なことじゃあない。感情を表現するのが苦手とか、そのくらいのものだ。一時的に溜め込むことがあったとしても発散する機会があるのなら問題はない」
内気とか内向的みたいな感じか。ただの性格だな。
普段大人しい人がキレたらヤバいみたいなのって、小規模な暴走なのかもな。
「叶は内向的って感じでもないんだよね。なんなら思った事すぐ口に出すし」
おじいが顎を捻りながら足で反対足を掻いた。
「もしかしたら、雪が見えてないだけで強い感情を常に持っているのかもしれん」
感情の強さと文字の大きさは比例する。
私はまだ未熟で、大きすぎる感情は捉えることができないのだ。
「そんなの考えてもなかった。実際にあるの?」
「あぁ。無意識の感情があまりにも大きいのか、無意識の感情が生まれない程、他に考えを回しているのか。どちらかはわからないがな」
叶の記憶を振り返る。ヒントがあるかもしれない。
叶は、何を思っているんだろう。
叶は……何を……想っているんだろう……。
「私への『愛』なのでは?」
きゃっ、はっきり言っちゃった。
「こればかりは近くにいる雪が判断するしかないな」
考えられる答えが、なんとも気恥ずかしいものではあるが、これで叶を助けれる可能性は上がった。
「よし、オッケー。疑問は晴れた。じゃあさっそく、やり方教えて」
火事場は出せなくとも、せめて靄を抑えられるようにはしないと。
「やり方ねぇ。まぁそこら辺は、イナダに聞け」
「いなだ?」
「僕の事さ!」
壁にかかる木刀が元気に応答する。
「え、トウさん? 名前あったの?」
「俺が付けたんだ。魚のイナダ。ぶりの小せぇやつだな」
「なんでまたぁ?」
「出世魚だからな」
理由になってなくない?
ブリは、大きさによって名前が変わる魚。いわゆる出世魚なのだ。
同じ大きさでも関東だとイナダ、九州だとハマチなど地域によって様々な呼び名がある。
イナダは成長するとワラサを経てブリになる。
トウさんもまだ成長段階ってことなのかな?
トウさんがグレイモンなら、私はコロモン?
いや、デジタマか。
「名前があるなら昨日言ってくれたら良かったのに」
「この名前は霆侍くんが付けたものだからね。霆侍くんの前では言わないようにしてるんだ。それと同じように雪が付けてくれた名前も大切にしているよ」
まーた、キザな事言ってるよ。真っ白前歯が眩しいねぇ。
「それなら良いけど。あ、そうだ。言いたいことがあるんだった。顕象の話、トウさんも知ってたんでしょ? 昨日言ってくれたら良かったのに。変に難しく考えちゃったよ」
壁に掛かってる木刀に文句を垂れる。
「顕言術としてやる顕象と、無意識でやっている顕象は少し違うんだよ」
「言い訳がましいぞー、トウさーん」
「雪よ、無意識を意識するのは、容易ではないぞ」
「そうだよ。心臓の鼓動を操れって言われても、簡単にはできないでしょ?」
「確かに……」
「こいつは木刀だが、顕言術についてはそこらの術者より詳しい。そこでこいつは、息を切らせとか、呼吸を整えろとか、そういう教え方をしたわけだ」
「すいませんでした……」
おじいご指名の指導員。伊達じゃあない……。
「これからもよろしくお願いします……」
靄の真実。
身近に隠れる顕言術の輪郭。
生兵法の香り。
頭の処理能力を顕倆で上げたい。
ジャンプのストキンに応募する漫画を描いていたら、気付いたら一か月経ってました。
ストーリーは雪の物語にしたのですが、読み切りっぽい終わるけど続きもあるみたいな話を書きました。
70ページ程書いたのですが、漫画家さんの凄まじさを実感しました。
コマ割り、カメラワーク。吹き出しの置き方、ページの切り方。
どうやれば視線が自然に動くかを考えるのはとても大変でした。
これを毎週欠かすことなく続けるとは。
尊敬と感謝に溢れると同時に、漫画家になりたいと強く感じました。
その時は、どなたかに絵を描いていただきたいですね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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