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口篭る人形  作者: 風呂蒲団
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第十四話 問答

 生物最大の感覚器官は?

 そう聞かれたら、大概の人が〝目〟だと答えるだろう。

 私もそう答える。

 生物は、その目を使って様々なものを見て、観て、視る。

 そして見ない。

 見えるもの。

 見えないもの。

 見たいもの。

 見たくないもの。

 見なければいけないもの。

 見てはいけないもの。

 私は、自分が見たいものを見ることが出来ているのか。

 自問自答を繰り返し、悩みの沼にはまっていく。

 トラウマに心臓を掴まれて、踏み出す一歩を見失った。

 だって私は、見えないものが見える者だから。

「いらっしゃーい!」

「たこ焼き、一つ下さい」

「ねぇ、綿あめ食べたーい」

「おい、あれやろーぜ。紐引いて景品取るやつ」

「冷やしキュウリ買ってー」

「ダメよ、お腹痛くなっちゃうでしょ」

 ここは、あの日の記憶か。

「雪ちゃんは、何が良い?」

 この人、誰だろう……。綺麗な人……。

「えーとね、えーとね。あれ!」

 小さな手、低い目線。この景色は私が見た景色か。

「かき氷ね。どの味が良いの?」

「いちご!」

「すいません、苺とブルーハワイを一つずつください」

 ブルーハワイ。他にもメロンだのレモンだのがある中でブルーハワイ。

 チョイスが若いな。別に女性が老けているわけじゃないけど、大人の女性らしからぬ好みだ。

 ……私も好きだけど、ブルーハワイ。

「あそこに座って食べようね」

「うん!」

 女性の横を付いて歩く。一歩が小さい。

 両手で持たなければ、かき氷の容器を落としてしまいそうだ。

「雪ちゃん、おいしい?」

「うん!」

「良かった。こっちも食べる?」

「良いの?」

「うん、雪ちゃんにも食べてもらいたいな」

 この人は私が好きなのを選んでくれていたんだ。この人まるで……。

「お母さん、ありがとう!」

 お母さん……。

「雪ちゃん、次は何が良い?」

「あれやりたい!」

「いいよ。やろうか」

 これが、母の温みか。

 今まで、夢で母親を見るなんて一度もなかった。

 会った事も顔も見た事もない人物を夢に見る方が難しいか。

 昔の事を思い出して、少し感傷的になってしまったのだな。

 空想の母親を生み出すなんて。

 私の理想の母親がこの人なのだろう。

 まぁ、良いか。夢の中くらい。

「二人分お願いします」

「はいよ、じゃあこれとこれ持って」

 私が選んだのは金魚すくいだった。

 器を左手に、ポイと呼ばれる水に弱々なすくいを右手に構える。

 いざ尋常に。

「おりゃりゃりゃりゃりゃあ!」

 釣果は、ゼロ。

「あんた、すごいな……」

「お母さん、すごい!」

「まぁ、こんなところね」

 溢れんばかりか溢れ出して金魚が水に落ちている。

「でも、こんなには飼えないわ。雪ちゃん、どの子が良い? 好きな子を一匹選んであげて」

「この子が良い!」

 私が選んだのは、赤くて小ぶりで可愛らしい金魚……ではなく、黒い斑点があり尾びれが欠けている金魚だった。

「では、この子を袋に入れてください」

「良いのかい? もっと可愛い方がお嬢ちゃんもいいだろう? それに、こいつは……」

「良いんです。この子が選んだ命ですもの」

 袋に包んでもなお、この命は私の手に収まるほどに小さい。

 金魚すくいを営む店主の目利きか、長くを生きた大人の勘か、その子が長く生きられないのは、誰から見ても明らかだった。

「お家に帰ろうか。金魚さんを水槽に入れてあげよ」

「うん!」

 母に手を引かれ帰る道中、歓声の少し後で腹に響く炸裂音。

 空で光る、一輪と枝垂れ柳。

「わー! きれーい!」

「本当……綺麗ね」

 美しいものは決まって儚い、一瞬の煌めきも、手中のこの命も。

「あれ、もう帰るの? まだ始まったばかりじゃない?」

 道の向こうから現れた長身の男性。年はお母さんと同じくらいかな。

「雪ちゃんが金魚すくいをしたの。水槽に入れてあげたいから」

 私の身長だと首を目一杯上げないと顔が見えない。

「あ!」

 夢の中の私はその人が誰か気が付いたようだ。

 母では足りず、か。夢見る少女だな、私は。

「お父さん……」

「どうした? 雪」

 おじいの声が聞こえた気がして目が覚めた。

「……ふあぁあ、あれ?」

 道場には私しかいない。

「こっちだよ」

 声がしたのは、私が握っている木刀からだった。

「本当に喋った……」

 おじいが木刀をお前呼ばわりしたり、ひたすら会話しろと言われた時になんとなくは察していたけど本当に喋るとは。

「あんまり驚かないんだね」

「ある程度の想定はしてたからね」

 それでも、ただの木刀から声が聞こえれば不思議になってしまう。

 おじいの声と似ていると思ったけど、少し違うな。おじいと比べると若い、けれど夢の中の男性と比べると、そこまで若くはない。おじさんの声だ。……カッコいいおじさんの声かな。

 どこが口にあたる部位なのだろう。木刀を振りながらジロジロと観察をする。

「ただの木刀だよな……。どうやって喋っているの?」

「考えている事を聴覚で捉えられるようにしているだけさ」

「ごめん、わかんない。寝起きなの」

「感情の文字は、心を視覚で捉えらえるように変化させたもの、とも言えるでしょ? それなら、他の五感に訴えるように変化させることだって可能ってことさ」

 この力、理屈で考えていてはダメだな。

 できると言えばできる。そう思っていないと置いてかれてしまう。

 人の頭で考えうるものは全て実現可能。

 この有名な言葉を残した偉人は、実は力を使えたんじゃないのか?

「何も難しく考える必要はないよ。懐かしくなる香り。元気になる曲。感動するような景色。幸せになる味。どれも人間世界には当たり前に存在しているものなんだから」

「そう言われると、そうかも。それより、なんで急に喋るようになったの? 最初っから話してくれても良かったじゃん」

「ずっと喋ってたよ、僕は。変わったのは雪の方さ。僕の声が聞こえるくらい成長したってこと」

「私? 特に成長できるような事はなかったけど。むしろ退化した気がする……」

「そんな事はないよ。雪は自分の気持ちを素直に話してくれただろ? 人が成長するのには十分なきっかけだよ」

 確かに、自分の気持ちに素直になった時この力は成長した。

 人は自分の話をしたがるものだ。だが、それを鬱陶しがる人も少なくはない。だから、無意識に相手に話題を合わせたりするものだ。

 一人でしゃべり続けることで、内面を引き出させる。

 この修行にはそういう意味があったのか。

「嬉しそうな顔だね」

「なんかね、お母さんは、ちゃんとここに居るんだなって思ったら、心強くて嬉しくて。こんな気持ちになったの初めてだったから、少しだけ噛み締めちゃった」

 胸に手を置き、母を感じる。

 親子、血の繋がりとは恐ろしいものだな。

 母が言っていた『素直になってみた』という言葉は、直接聞かずとも私の中で生まれ育っていたようだ。

「よし、もう大丈夫。さて修行の続きをしよう」

「そしたら、少し長いけど僕の話を聞いてもらっていい?」

 話す次は聞くという事か。

「りょーかい、いくらでも」

「じゃあ、まずはこの力の真実から」

「え? 最終段階で聞く話じゃないの、それ」

「僕だって、人と話すのが初めてってわけじゃない。雪が生まれるよりも前に僕はこの道場に居たんだよ。力と持った道場生なら何人にも会ってきた。時代は効率化だからね」

 指導係みたいな感じなのかな。それより道場生が沢山いたことに驚きだよ。

「はー。人間世界も物の世界も違いはないのねー。で? 真実って何?」

「簡単に言えば、この力は精霊の力ってこと」

「マジ?」

「大マジ」

「えー。悪い奴の力を使って、人助けをしないといけないってことー? やる気なくなってきたー」

「そう嘆くこともないさ。精霊には三種類いるんだ。悪い奴ばかりではないよ」

 出たよ。細分化。何でもかんでも分類したがるよね。まとめといちゃいかんのか。

「一つ目は僕みたいな物に宿っている精霊。八百万の神とか付喪神なんて呼ばれ方をしているね。どんなに小さいものにでも神は宿っている。だから、物は大切にしてね」

 そしたら精霊って人間の何倍も数が居るってことじゃん。やば。

「あとの二種類は、どっちも人に宿っている精霊で大きな違いはないよ。あるのは善悪だけ」

「良い奴と悪い奴が居るってこと? まるで天使と悪魔みたい」

「順番としては逆だね。精霊が居たから天使の加護や悪魔の呪いが信じられるようになったのさ」

 少しだけ関係のない話をしよう。

 日常で当たり前に使っている物の意外な起源。みたいな話を見たり聞いたり覗いたりしたことがあるだろうか。中々に面白いものである。

 上下に指を動かし気に止まったら、今度は左右に指を動かす。現代の若者はそういう酔狂で暇をつぶしているのだ。

 何気なく共に過ごしてきたこの力だが、どうやら随分と古くからある力らしい。

「良い奴と悪い奴の判断できる?」

「勿論、一目でわかるさ」

「……私には、どっちの精霊が宿っているの?」

 聞きたくないけど、聞きたい。私を殺すのは、やはり私の好奇心だ。

「両方だよ」

「へ?」

「人間には皆平等に二体の精霊が宿っているんだ。片方だけってのはありえない」

「なんだ……。ちょっと安心……」

 じゃあ、人間に住み憑いている精霊だけで人口の倍も? やば。

「なんで二体も居るの?」

「なんでって言われてもなぁ。僕は付喪神だから、あちらの都合は知らないんだよ」

「そういえば、おじいも似たようなこと言ってたかも」

 そういうもんだと思い込んだ方が楽だな。

「まぁこれは僕なりの解釈なんだけど。多分、バランスを取っているんじゃないかな」

「バランス?」

「一つ昔話があるんだけど。それがどういう話なのか僕なりに考えた結果、バランスっていう結論になったんだ。聞く? 長いけど」

「聞く」

 即答。気になってこの先集中できない可能性があるからね。

「ある所にAの村があった。そこにいる人達は、お互いを助け合うことに躊躇いがなく、迷惑をかけるような事は絶対しない。もし悪い人が現れたら村人一丸となって退治する。この人たちをどう思う? 善か悪で答えて」

 こんなの簡単。

「勿論、善だよ」

「また、ある所にBという別の村があった。そこにいる人達はお互いに助け合いをしない。でも、迷惑をかけるようなことも絶対にしない。各々が独立して生活している。この人達はどうかな?」

 悪でしょ。

 死にかけている人が居たらそれも見捨てるってことでしょ? 

 いや、でも人に迷惑をかけないってことは、死にかけて助けを求めることもしないってことなのか?

 そういう場面が現れることもなく、ただ生活している。

 それを悪と言って良いのか。そこまで正義感強くないぞ、私は。

「んー? 答えられないよ」

「うん、良いよ。ある日、Bの村の一人がAの村に引っ越した。その日、木こりをやっている村人が怪我をしてしまった。村人は、皆でその人の仕事を手伝ってあげた。ただ、Bの村人だけは、仕事を手伝わなかった。これならどうかな? Bの村人は善か悪か」

「悪……じゃないかな?」

「それを見た、Aの村人達は『何故助けないんだ』と彼に聞いた。彼は『これが普通だ』と返した。Aの村人は怒り、皆で彼を殺してしまった。Aの村人は善と悪どっち?」

「そんなの悪に決まってるよ」

「そう、客観から見れば悪になる。ただ、Aの村人に悪意はなかった。むしろ正義の心でそれを行ったんだ」

「そんなのおかしいよ! そもそも人に迷惑をかけないっていう前提から外れてるじゃん」

「別の村から来た一人を取るか、昔から一緒にいる皆を取るか。より多くの人が幸せになれる方を選んだだけなんだよ」

「そんな……」

「Bの村人が仕事を手伝わなった時、雪は悪だと言ったでしょ? それはどうして?」

「だって、困っている人を見捨てるなんて酷いじゃん」

「でも、そこにも悪意はなかったんだよ。自分が暮らしていた村では、それが当たり前だったから。Aの村人もBの村人も、自分の世界の秩序に基づいて行動していたんだ」

「それでも、Aの村人は善じゃない、悪だよ」

「この世の中は悪も多い。いき過ぎた悪が正義になることはないけど、いき過ぎた正義は悪になるんだよ」

 事実過ぎて萎える。

 これは単純にクローズされた世界だからって話ではない。

 現実世界もネットの中もそうだ。

 自分の事を正義だと思っている悪が一番タチが悪い。

「結局のところ、僕が何が言いたかったかと言うと、どっちか一方しかないのはダメだと言う事」

 そういやそんな話だったな。

「悪しかないのは勿論、善しかなくてもダメ。善があるから悪がわかり、悪があるから善がわかる。二つの感情を持っているから自制することができる。だから人間には二体の精霊が憑いているんじゃないかなぁ。これが僕の考え」

 納得させられてしまった。これが正解で良いだろ。いや、これが正解が良い。

「あれ? Aの村が善の村ってのはわかったけど、Bの村ってどっちだったの?」

 人助けをしない。これは悪。

 迷惑をかけないようにしている。これは善。

 どっちだ?

「Bの村は中間だった。この問題に悪人はいなかったんだよ」

 悪はいない。でも、人は死んだ。

「善と比べれば悪に。あの人と比べれば悪人。人間は善悪で分断できるほどシンプルじゃない。シンプルじゃないからこそ、価値観の違いで人は悪にも善にもなる」

「悪にも……。善であれるように自分を省み続けないといけないね」

 まさか、私の素朴な疑問から、こんな話に発展するとは。

「なんか私っていつもそうなんだけど、誰かの話聞いてると気になって途中で脱線すること多いんだよね」

「そういう気になったら口から出ちゃうところが雪の良い所でしょ?」

 小恥こっぱ

 何を嬉しい事言ってんだこの木刀は。

「でも、確かに話が逸れすぎちゃったね。こっから、本題に入っていくよ」

「お、押忍……」

 赤らむ顔と汗が滲む手指。

 聞こえるようになった木刀の声。

 聞けば聞くほど、良い声だ……。若さもあるけどそれだけじゃない。しっとりとした大人の懐を感じる。

 私は、耐えられるのか。恥ずかしくなってしまわないか?

 何故だか今、一番緊張している。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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