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口篭る人形  作者: 風呂蒲団
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第十二話 忘却

 生物最大の感覚器官は?

 そう聞かれたら、大概の人が〝目〟だと答えるだろう。

 私もそう答える。

 生物は、その目を使って様々なものを見て、観て、視る。

 そして見ない。

 見えるもの。

 見えないもの。

 見たいもの。

 見たくないもの。

 見なければいけないもの。

 見てはいけないもの。

 私は、自分が見たいものを見ることが出来ているのか。

 自問自答を繰り返し、悩みの沼にはまっていく。

 トラウマに心臓を掴まれて、踏み出す一歩を見失った。

 だって私は、見えないものが見える者だから。

 願いを叶える能力……。

 もしそうだとしたら、同級生の首を飛ばす事、それが叶の願いだって事かよ。

「そんなチートみたいなの、ありえるの?」

 なんとか否定して足掻く思いに対し、私の記憶は、ではあの惨劇をどう説明しようかと詰め寄る。

 頭ではわかっているんだ。叶がやったんだって。

「ありえない話じゃあない。天変地異を平気で起こす奴だってこの世の中には居るんだ」

「そ、そうだとしても、叶だって酷い事されたんだ! やり返して何が悪いんだよ! あんな奴ら……」

 死んで当然だとは言えなかった。

 おかしい発想だってことくらい自分でもわかってんだよ。

「好き勝手に振り回して良い力ではないんだよ。能力の使用にも許可がいる。一般に周知されておらずとも無法地帯ではないんだ。能力を叶ちゃん自らが使ったとなれば……」

 協会というやつか。

 一般と同じ法律が適用されるのか、協会が定めた処置が下されるのか。 

「そもそも叶は力を持ってない!」

「どうして言い切れる」

「だって、叶がそんな素振り見せたことないし、言われたこともないし……」

「雪はどうなんだ。自分の全てを明かしているのか?」

 ありえない話ではない、こういう事も含んでいたのか。

 叶が力を隠していたとして、私に何が言える。

 本性を隠し騙して心を覗き見ていたのは私も同じだろう。

 私だって感情を荒ぶらせて、おじいを襲ったじゃないか。

「悪い、辛い言い方をした。何も隠し事が悪いとは言っていない。隠すことで守れることもある。ただ、最悪を想定するのが俺の役目なんでな……」

「おじいの言っていることは正しいよ。私は記憶の中で見たんだ、叶がなにをしたのか」

「雪よ、落ち込むでない。叶ちゃんが能力を使ったわけではない可能性は残っている」

「本当?」

「あぁ、本当だ。だが、その可能性というのは、俺が想定する最悪そのものだ」

「えぇ、はぁ……」

 希望が潰えて、力が抜けてしまった。

 おじいも空川も、どうして私の心をこうも揺さぶるのか。

 ぐったりと椅子に座って頬を机に押し付けた。垂れ切った腕を揺らし遊ぶ。大きく吸って大きく吐いた。息が大気と混ざり合うのを確認して立ち上がった。ゆっくりと伸ばされた背骨がバキバキと平和を歌う。

「んー、っはぁ」

 重力に逆らっていた両腕が反旗を翻して外腿を叩いた。バウンドした勢いのままに、今度は両頬を叩き弾ませる。

 絶望なんてしていられない。私を動かすのは私しかいないんだから。

「よしっ。詳しく聞かせて」

 覚悟を決め散らかした時、にやにやとした嫌な笑顔がそこにあった。

「な、なんだよ……」

「いぃや別にー。成長したなと思ってな」

 立ち上がった自分が恥ずかしくなって、何事もなかったように静かに椅子を引いた。

「昔言った精霊の事は覚えておるか?」

 居たな、精霊なんて。空川にも言われたのに、どうして覚えていられないんだろ。詳しく話していたのに、どうにも思い出せない。

「あー、あの人に取り憑いて感情を奪うやつでしょ」

「おぉ? そんな言い方したか……。それな、嘘だ」

「はぁ!?」

「ややこくなるから、省いてたんだな」

 もっと悪びれろ。屈託のない笑い方しやがって。笑顔のレパートリー豊富か。

「そういうのはちゃんと言っといてよ……」

「すまんすまん。精霊が奪うのは感情だけじゃない、本命は名前だ」

 空川もそう言ってた、昨日の事なのに言われて思い出すなんて。

 空川は正しかったんだな。

 おじいが変な嘘付いたせいで、空川を疑ってしまった。

 本当、発言の責任というのは、どこで噛みついてくるかわからない。

「精霊は取り憑くわけじゃない。人の心に元々住み憑いている」

 住み憑くって、なんだ? どういうこと?

 視界が薄く引き伸ばされていく。眠気が酷い。

 なんだろう。だめだ、頭が回らない。言葉が、垂れ流しの有線みたいに鼓膜で弾けて脳みそに入っていかない。

「雪」

「あ、ごめん、何かぼーっとしてた」

「精霊の声を聞いたのか」

「え、あぁ、うん」

 なんだかとても罪深い事を告白したよううな心地悪さがある。

「いつだ、どれくらい聞こえた」

「どうしたの? そんな大したことじゃないよ」

「良いから教えるんだ」

 どうして、そんな怖い顔するの。

「一番最初は、私が道場を壊しちゃった時。その時は一言、二言くらい。それで昨日が二回目、結構喋ってたよ」

 なんで精霊の声だってわかったんだろう。昨日は気付きもしなかったのに。それに一回目、あの日の事を思い出すこともなかった。

「でも、全然大丈夫だったよ。怖い感じもなかったし」

 なんで私は怖くないって言ったんだろう。

「ほぉ、そうか。怖くなかったか」

「うん、むしろ包まれてすごく安心したよ!」

 なんで私の口は勝手に動いているんだろう。

「ふざけてんじゃねぇぞ。雪の口でべらべら喋ってんじゃねぇよ」

 突風が吹いた、そう思った。

「今、私じゃなかった……」

 視界が晴れやかに澄み渡り、自分の思い通りに言葉が出てくる。

 おじいの声色は一切変化しなかった。幼子をあやす穏やかな口調。その裏には烈火の如く燃え上がる憤怒が隠されていた。

「今のが精霊だ。宿主の意識を奪おうと常に画策している。違和感を取り除く意識を強く持つんだ。癖になっちまうぞ」

「わかった……。心に隙ができないようにって、言われたもんな」

 自分で言ってやっと思い出した。空川との会話。

『ちょっと整理させて、精霊は名前を奪いたくて。

 そのために、能力を引き出したい。

 それには、感情を大きくさせて暴走させる必要がある。

 それらを円滑に行うには心を支配しておきたい。

 心を支配するのは、心に隙がないといけない。

 こんなところで合ってる?』

『えぇ、間違いないわ』

 どうして、今まで思い出せなかったんだ。叶は大分進んでしまった。もう、時間がない。

「誰に言われた!」

「え、な、何? 学校の子だよ? その子も力も持ってたんだ。後で言おうと思ってて……」

 椅子を倒しながら立ち上がり、鬼のような剣幕で迫られる。

「まさか、雪の学校に居たとは……」

 椅子を元に戻しながら、おじいが大きく溜息を吐いた。

「私、おじいの事も少し喋っちゃったけど、何かまずかった?」

 おじいから不安や焦りを感じたのは初めてだ。

「いや、大丈夫だ。その子の名前は? 何という?」

「空川だよ? 少し話しただけだから私もあんまり知らないけど……」

「空川……。わかった。すまん。少し動揺した」

「どうかしたの?」

「この際だ。はっきり言っておく。力を持つ人間が、皆良い者だとは限らん。力を悪用する輩もおる。もし次、知らない人間に力の事言われたら全力で逃げるんだ」

 力を悪用か。どの界隈にもそういう人間は居るんだな。

「わかった……。でも、私を襲っても意味なんてなくない?」

「目的は名前だ。力を持っている者は、精霊と同じように名前を奪える」

「どうして名前なんて欲しがるの?」

「能力を奪えるからだ。強力な能力を奪い、自身を強化するためだ」

 能力の現れ方は人それぞれ。人を殺める事を得意とする能力だって当然あるという事か。

「名前を奪われた人はどうなっちゃうの?」

 目を伏せ、少しだけ息を落とした後で呟いた。

「死んでしまう」

 これ程までに端的な絶望はあるだろうか。

「名前とは存在の証明、二つ目の命だ。失えば死は免れない」

 私は、努力をすればどうにかなると思っていた。

 なんとかなるのだろうと油断していた。全てが上手くいって叶と共にこれまで通りの生活を送れるのだと思っていた。

 そんなシーンは当たり前にカットされてしまったようだ。話は転換を向かい入れ、焦りを描く方針で決まったらしい。

「叶にはもう時間がない。おじい、どうすれば良いの? 叶を助けて」

 叶が能力を使ったのなら、叶は自らの意志で少女達を蹂躙したことになり、協会に罰されてしまう。精霊に支配されていたのなら、叶の命はあと幾許残されているかわからない。

 どちらに転んでも最悪だ。

「助ける方法は一つ、精霊を祓うしかない。そのために雪、お前が力を付けるんだ」

「私が、やらないといけないの? おじいなら今すぐにできるんでしょ?」

「できないことはない。だがそれは一時的なものだ。精霊は住み憑いていると言っただろ? 完全に祓うことはできないんだ」

「じゃあ、祓っても危険なのは変わらないの?」

 一生をかける必要がある。そういう宿命の力なんだ。

「必ずしも再発するわけではない。むしろ元よりも危険性は低くなる」

「それなら、あ、そうか。私がいるから……」

 私、なに逃げようとしてんだ。あわよくばおじいに全部任せて良い所だけ貰おうとしてた。

「空川という子に色々教えてもらったようだな……。精霊を祓えるのは能力を使っている時だけなんだ。俺が四六時中見張っているわけにはいかないからな。そういう理由もあるんだよ」

「おじい! 私を殴ってくれ! 甘い考えをしてしまった馬鹿な私を!」

「よっしゃ!」

 おじいは手を顔の横に持ち上げた。それも笑顔で。

 あれ、本当に殴るの?

「その根性があるなら大丈夫だな」

 ぽすっと肩に置かれた手は柔らかく優しい。

「これから道場で修行だ。雪には短期間で力を使えるようになってもらう。厳しくいくぞ!」

「お、押忍!」

「よし、じゃあまずは腹ごしらえだ!」

 朝露が消えゆく儚さとは裏腹に、暑苦しい程の親子、そして師弟の絆。

 決め込んだ覚悟と忘れていた朝食。

 こっからだ、私の人生はこっから始まる。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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