第81話 怠惰v.s.憤怒#3
―――現在
憤怒の魔力を身に纏ったラストは怒りを露わにしたグリエラと向かい合っていた。
両者は剣と槍とで武器を構え、いつ戦いが再開されてもおかしくない緊張感を作り出していた。
「僕はリュウ君を取り戻す。そのためにその肉体には一度死んでもらう」
「そうはさせない。それに僕はあなたを助けると誓った。絶対に負けない」
「ほざけ!」
グリエラはラストに向かって直進するとそのまま槍で刺突した。
ラストはそれを剣で受け流していくも、すぐに真下から緑黒い闇が現れそのまま極太の剣が飛び出してきた。
ラストはそれもバックステップで避けていくと右手から複数の火球を作り出して投げていく。
グリエラはそれを槍で振り払った―――が、まるでその挙動をすでに予知していたかのように避けてグリエラの肉体へと着弾していく。
複数の爆発が起こり、グリエラの肉体は砂煙に覆われた。
しかし、その煙からギラつくグリエラの瞳が見えるやすぐに彼は反撃に出る。
「幻影人形」
「っ!」
ラストの周囲に四体の影のグリエラが出現した。
これはリナ達を騙したものと同じで誰一人として本物と遜色ない姿をしている。
そして、その四人の影は一斉にラストを襲い始めた。
その影はオリジナルと同じように糧に槍を持ちながら連携を取って行動してくる。
「くっ!」
その猛攻をラストは紙一重で裁いていくが、反撃に移れるほどの隙はなさそうだ。
さすがは大罪の悪魔というべき実力か。
影一人一人が本物と変わらない力を持っている。
「停滞の槍」
ラストに向かってグリエラが槍を飛ばした。
それはラストの四肢に刺さり、まるで空中に固定されたかのように身動きを取れなくさせていく。
「堅牢な炎壁」
そしてがら空きになった胴体にグリエラが突っ込むと体重を乗せた刺突を繰り出した。
しかし、ラストが腹部に魔力で作った炎の鎧ともいうべき障壁に阻まれ、大きく吹き飛ばされるだけで済んだ。
ラストは地面を転がっていくもすぐさま地面に剣を突き立てて勢いを殺すとしゃがんだ状態のまま両手を合わせた。
「炎虎咬合」
「っ!」
炎が纏った両手を離すとそのまま地面に触れた。
直後、グリエラに向かって赤熱したひび割れが伸びていくとグリエラと影四人をまとめて喰らうような炎の虎の口が出現した。
その炎の虎は地面砕きながら全てを飲み込み口を閉じていく。
しかし、すぐにその虎から複数の棘が貫き、中から現れたグリエラが炎を吹き飛ばしていく。
とはいえ、ダメージは負ったように着ていた服は焦げていて、体には所々火傷のような跡が目立つ。
「!......奴はどこだ」
「鬼炎抜刀術―――天薙ぎ」
「がっ!」
ラストの姿を見失ったグリエラは背後に突如として現れた気配に振り向く。
そこにはラストの姿があり、居合からの抜刀のような動きで剣を振るっていたのだ。
グリエラは咄嗟に剣の軌道を予測して魔力障壁で防御力を上げるもそれを上回るような攻撃で吹き飛ばされていった。
拘束で近くの建物に直撃するとその建物はたちまち崩落してグリエラは下敷きにされた。
しかし、大罪の悪魔がそれほどヤワなわけがなく、すぐに瓦礫の山から姿を現す。
「クソ、クソ! どうしてだ! なんでだ!
なんで人間如きにリュウ君の力が引き出せてる!? ありえない! 何をした!?」
「リュウさんから直々に指導してもらったんだよ。魔力の使い方を一から。
だから、先ほどから放っている停滞の魔力にも捉えられない」
その言葉にグリエラは思わず口元を歪ませた。
ラストの言葉の通りでグリエラはラストとの戦いが始まってからずっと停滞の魔力を放っていた。
それはゼインを捉えた時と同じで本来なら捉えたものは時が止まったように動くことが出来ない。
しかし、ラストはリュウの憤怒の魔力を使ってその魔法を打ち消したのだ。
「あなたなら知ってるはずだ。『憤怒』の力が二つあることを。
一つは魔力による身体能力の飛躍的な向上。これは僕が怒りを蓄えることで力が増していく。
そして、もう一つが憤怒の作り出す炎があらゆる魔術を抹消―――正確には燃え消してしまうこと」
「あぁ、だから僕は怒ってんだ。
お前如きがリュウ君の魔力を使いこなしているというただならぬ証明になってしまうからな!」
グリエラはおもむろに燃え焦げた上着を脱ぐと右手に魔力の球を作り出した。
「なら、お前も知ってるだろ。リュウ君から聞いた俺のもう一つの力をな!」
「まさか......!」
『来るぞ、ラスト。備えろ』
グリエラは五指に魔力の球体を分散させるとそれを自身の胸の中心に突き立てた。
そして、まるでドアノブを捻るように手首を回転させていく。
グリエラは「怠惰」の名を冠する悪魔である。
怠惰とは“停滞”という意味でもあり、突き詰めて言えば“止める”という意味でもある。
そして、グリエラは常に自身すら制御しきれない膨大な魔力を「停滞」の魔力を使って止めていた。
しかし、その蓋は決して開かぬようにしていた本人によって開かれたのだ。
「ガアアアアアアア!」
グリエラの肉体が僅かに変化していく。
爪先は伸び、細い腕には筋肉がつき、背中からは羽が生えた。
また、口元には牙が見え隠れし、服装は全体的に黒い長いマフラーを巻いた軽戦士のような姿になった。
まるで爬虫類を彷彿とさせるように縦に伸びた瞳がラストを睨む。
周囲を威圧するような魔力によってこの場はたちまち息苦しい空間へと変化する。
曇天に雷光が走り、急激に気温が低下したような寒気すら感じる始末。
これこそが悪魔であり、さらには世界に七人しかいない大罪の悪魔の一人である。
『ラスト、構え―――』
「遅い」
「がっ!」
リュウがグリエラの挙動を感じラストに指示するも彼が動き出す時間などなく、接近したグリエラによって腹部を強打されて吹き飛んでいった。
それは近くの民家を数件貫いてもなお止まらない勢いで数メートル地面を転がって剣を突き立てることでようやく止まることが出来た。
「幻影土偶」
「ぐっ!」
ラストは正面にグリエラの姿を捉えるも背後に現れた三メートルもの土偶に頭を掴まれてそのまま地面に叩きつけられる。
「地裂爆炎」
ラストは地面に手を付けると自身を中心に巨大な爆炎を起こそうとした。
「滞る侵犯」
しかし、周囲を吹き飛ばして状況を打破しようとする計画は容易く壊された。
それはラストが起こそうとした魔法がグリエラの魔法によって“停滞”させられたからだ。
つまりはグリエラの魔力がラストの魔法を消す「炎消」の効果を上回ったということに他ならない。
「どうした? もう終わりか人間?」
「まだ......だ!」
ラストは自身の弱さに対する怒りを力に変えて自身を動かせる程度にはグリエラの魔力に対抗した。
とはいえ、グリエラからすればその程度であり、いたぶりようなどいくらでもある。
グリエラはラストの防御を誘うように槍を突き出すとすぐさまラストの足元に影の手を作り出した。
その手はラストの両足首を掴むとそのまま引きずるようにして動かしていく。
その手は次第に伸びていくとラストを振り回し、地面や民家に何度も何度も何度も何度も叩きつけていく。
そんなラストの姿を見ながらグリエラはほくそ笑みながら告げた。
「こんな攻撃をする悪魔を見たことあるだろ?
当然だ、僕が魔力を分け与えたんだからね。僕が使えるのは道理だ」
ラストは空中に放り投げられる。
すると、近くに大きさ二十メートルほどの幻影土偶が現れ、振り下ろした拳でラストを捉えそのまま地面に叩きつけていく。
その拳は深さ五メートルほどのクレーターを作り、グリエラが指をパチンと慣らすと消えていった。
そのクレーターではラストが力なく倒れ―――
「な、に!?」
ラストは倒れてはいなかった。
そして、その姿はラストの姿とはおおよそ違った武士のような甲冑を着て腰まで伸びた黒髪、尖った犬歯、そして縦に伸びた男がそこにはいた。
その姿にグリエラは思わず呟く。
「その姿は......リュウ君そのものじゃないか!?」




