第80話 怠惰v.s.憤怒#2
―――数日前
ここは夢の中。辺り一面が火の海でありながらも、まるで一部は意図的に空間がつくられたように火のないスペースがある。
それは炎の壁を挟んで二つあり、そこにはそれぞれラストとリュウが対面するように座っていた。
そして、最初に声をかけてきたのはリュウであった。
『久しいな。いや、顔を合わせて話すのが久しいというべきか。
まぁ、俺も長話は得意でないからな端的に言わせてもらう。
今の自身の身に起こってることは理解できているか?』
『突然現れた少年のような背丈の人物に突然刺された......ってことはハッキリと。
ただ目の前の人物が誰かはよくわからない』
『お前が知らないのも無理はない。
お前からすれば初対面だからな。
あいつがお前達がずっと追いかけてきた怠惰の悪魔だ。名をグリエラという』
『あの少年が怠惰の悪魔......?』
ラストは思わずオウム返しで言葉を繰り返してしまったが、すぐに思い当たるはあったことに気付いた。
それはリュウと意識を共有してるからこそわかる同等な死の圧と魔力の差。
そして、何よりその少年の動きが見えていたはずなのに全く動けずに刺されたという事実。
ラストの表情から大体のことを察したリュウはそのまま言葉を続けていった。
『お前が動けなかったのはあいつが“怠惰”の名を冠してるからだ。
あいつの魔力には周囲の動きを停滞させる働きがある。捕まるとかなり厄介だ』
『確かに僕は何も出来ずにただありのままの結果を受け入れるしかなかった感覚だった』
『それはお前が未だに俺の魔力......いわば、俺という存在を扱いきれてないからだ。
俺の魔力が使えていれば対処は可能だった』
そう言うとリュウは急に何かを思い詰めたような顔になってラストに尋ねる。
『......ラスト、お前はグリエラのことをどう思った?』
『どうって......』
『まぁ、あんな数秒じゃロクに判断できないことはわかってる。
それでもその僅かで思ったことを言ってくれればいい』
そんなおかしな質問するリュウをラストは怪訝に思いながらも答えた。
『そりゃ、怒ってますよ。お腹刺されたんだし。
でも、一瞬だけ見えたそのグリエラさんの目はどこか悲しい感じがしたのを覚えてる。
まるで絶望の淵に立たされてるかのような光のない目で』
『......それについては少しだけ俺達の過去を話す必要がある』
そして、リュウはラストに自身の過去を話し始めた。
リュウ達―――いわゆる大罪の悪魔達はもとは人間で、彼らは一緒に旅をする仲であったようだ。
そんな彼らは色んな国で色んな冒険をし、徐々にその冒険の名声が広がっていった。
そんなある時、ある国で姫が攫われたという事件が発生した。
その姫はリュウの妹にあたり、彼らは各地で情報を集めやがてその犯人がいる場所に辿り着いたそうだ。
その犯人との戦いは熾烈を極め、次々と仲間が倒れながらもリュウはそれに抗い、やがてその犯人を封印することに成功した。
しかし、同時に犯人は最後の抵抗に「常闇の楔」という呪いを仕掛けたのだ。
それは虫の息であったリュウだけではなく、死者となった仲間達にも呪いが及んだ。
その結果、悪意と殺意に飲まれ、純粋な暴力性と高い回復力、魔力を持ち、その人物が持っていた記憶すらも呪いによって上書きされた破壊に目覚めた怪物となった。
悪に堕ちた魔術師―――「悪魔」の誕生である。
もともと高い戦闘能力を持っていたリュウ達が悪魔に堕ちれば必然的に待っているのは世界の崩壊。
たった七人で世界の人口は元の約1割になるまで激減し、栄えた高度な魔法文明は滅びの時を迎えた。
『そして、残った1割が襲い来る俺達の猛攻に耐えながら作り出した文明が今のお前達が住む世界というわけだ』
『っ!』
ラストは今に繋がる壮絶なリュウの過去に息を飲んだ。
そして同時に思い当たる節は確かにあった。
それはラストが古い砦跡に向かった時、初めて知った「ドラゴン」という存在であったり、カリギュが仮死状態の生徒を操った「ゾンビ」であったり。
当然、ラストの知識不足という線もなくはない。
しかし、ラストがこれまで生きてきて見てきた中でどれ一つとしてそのような存在に触れることはなかった。
するとここで、ラストに一つ気になることがあった。
『リュウさんはどうやって自我を取り戻したんですか?』
その言葉にリュウは顔を向けたまま目線だけ一度下に落としていく。
そして、覚悟を決めたように目線を戻すと答えた。
『妹を殺した時だ』
『......っ!』
『俺はまだ息があったために呪いを受けてもすぐには呪いに侵食されなかったんだ。
俺は妹だけでも救おうとその場から去って用意した転移装置で故郷へと帰還した。
しかし、その選択が間違いだった』
『まさか......!?』
『俺は逃げてきた安心感からか一瞬気を許してしまった。
だが、呪いはその隙を突いて俺は侵され悪魔となった。
そのまま国を滅ぼしながら、最後には俺を止めようとした妹を......』
リュウは悔しそうに唇を噛んでいく。
必死に感情を押し殺そうとしている拳も小刻みに震えていた。
『少し長くなったが俺達という存在は言わばお前達からすれば古代人のようなものだ。
とはいえ、今は知性ある獣と言われても否定できないがな』
『......』
『その上でお前に頼みたいことがある』
『頼みたいこと......?』
『あぁ、悪魔となった俺の仲間を苦しみから救ってやって欲しい』
そう言うとリュウは姿勢を正しそこから土下座した。
『俺達のやって来た非人道的行為は今更隠しようがない事実だ。
だが、それでも俺はあいつらを救いたいんだ』
『......』
『呪いを解いて欲しいというわけじゃない。
俺以外の仲間は呪いを解いた所でどの道死者だ。
この世にもはや生きるための力はない。
やるべきことはこれまでと同じ討伐で構わない。
だが、俺の仲間が死んでもなお生かされ、さらに自分達が救ってきた人々を悪魔に変えるなんて苦しみを続けさせたくないんだ』
リュウは必死に訴える。そして、最後に告げた。
『ただ相手を殺すのではなく、苦しみから解放するという気持ちで倒して欲しいだけだ。どうか頼む!』
ラストはリュウの言葉を聞きながら何かを考えるようにずっと俯いていた。
そして、一つだけリュウに尋ねていく。
『リュウさんがこれまでずっと悪魔を殺そうとしていた理由はこういう訳だったからなんですよね?』
『あぁ、誓って偽りはない』
『そっか。うん、ならその役目僕に果たさせてください』
その言葉にリュウは思わず顔を上げた。
そして、ラストのやる気に満ちた顔を見るとすぐさま頭を下げていく。
『ありがとう。本当にありがとう』
『頭を上げてください。もう気持ちは伝わったから』
『そうか』
リュウは顔を上げると軽く涙を拭っていく。
そして、目つきを変えるとラストに告げた。
『お前の気持ちはありがたい。
だが、現実的な話を言えば今のお前では勝率があまりに低い。故に、特訓をする』
『特訓? なら、もうそろそろ起きなきゃだね』
『いや、特訓はこの空間で行う』
『え?』
リュウの言葉にラストは思わず変な声を出してしまった。
そんな彼に対し、リュウは淡々と告げていく。
『肉体的動きとは自身の思い描くイメージにどれだけ近づいているかということ。
だが、俺という補助がある以上肉体はぶっつけ本番でもなんとかなる。
しかし、イメージというのはそう簡単に掴めるものではない。
故に、肉体的疲労限界がないこの内側の空間にて肉体を正しく動かす特訓をするのだ』
『......!?』
『時間はない。急がねばお前の仲間が死ぬぞ』




