第68話 決意
とある病室ではまるでお通夜のように沈黙が流れていた。
その中心にいるのはラストで、呼吸器をつけながら未だ目覚めぬ最中にいた。
そして、その周りでは現場にいたエギルを始め、リナ、グラート、フェイル、それからルクセリアが集まっていた。その誰しもが深刻そうな顔をしている。
その時、病室にゼインと秘書のマーリアが入ってくる。
「すまない。遅れてしまって。様子は?」
「先ほど危機を脱した所です。悪魔の回復力が無ければ手遅れになってたでしょう」
「皮肉にも倒すべき悪魔に命を救われた感じか。
まぁ、ともかく生きてくれて助かった。
ラスト君はこちらにとっても重要な人物だからね」
リナの言葉に一先ず安堵の息を吐いたゼインは「場所を変えよう」と告げるととある空き病室に入り、ベッドに腰かけた。
「さて、丁度現場にいたのはエギル君だったね。その時の状況を教えてくれる」
「あぁ、あの時は丁度妹の外出祝いに付き合ってもらった時だった。
午前中から夕刻まで一緒に行動し、妹を病院に送った後も話をしてたその時だ。
一瞬だった。気配を感じたのはすでに目の前に現れた後。
目の前に全身を外套で覆った子供のような身長と声の奴が現れて、ずっとラスト―――いや、こいつの中の悪魔に話しかけてる様子だった」
「となると、憤怒の悪魔にかかわりが近い人物か。話し方も身内に近い感じだったか?」
「あぁ、そうだな。これまでのはどこか敬う感じだったが、目の前のアイツは友人に話しかけるような感じだった」
「なるほど。それでラスト君がこうなったのはその後?」
「あぁ、そうだ。本当に訳が分からなかった。相手がこれまでとは違う圧倒的威圧感を放っていたかもしれねぇが、それでもまるで金縛りにあったように動けずに、まるで走馬灯を見るかのように相手の行動がやたらゆっくり見えた」
エギルの言葉にルクセリアは何かを考えるように呟く。
「相手の行動がゆっくりに見えるような死の圧を他者にも振りまく?
いや、それよか魔法と考えた方がいい?」
隣でリナはその呟きを聞きながらエギルに質問していく。
「ラストが攻撃された後、他に何か言ってなかった?」
「奴は宣戦布告と告げた。開戦は五日後で旧コルドル王国で待つ、と」
「開戦!? おいおい、それって確実に相手悪魔じゃねぇか!?」
エギルの言葉にグラートは思わずたじろいだ。その言葉に付け足すようにゼインは告げる。
「さらに付け加えるなら相手は確実に大罪の誰かだ。
相手が少年のような声であるならある程度相手は絞れる」
「そうですね。先日ゼイン隊長が率いる軍隊が対峙した嫉妬の悪魔は女性でしたし、これまでで集めた情報を集結させると強欲は男性、暴食は女性、色欲も女性、傲慢と怠惰が不明です」
「と、マーリア君からの情報からはそう言われてるが、もう君らの中ではとっくに相手が見えてるんじゃいか?」
そう聞いてくるゼインの言葉に皆を代表するようにリナが答えた。
「恐らく、いや、確実に相手は怠惰の悪魔でしょう。
これまでの先兵、先日の悪魔カリギュの誰もが“怠惰の悪魔”と口にしてました」
「となれば、これからは怠惰の悪魔討伐戦として大軍隊で攻めることになる。
ただそれは特魔隊の仕事だ。もう既に所属しているリナとルクセリアは除き、君達には首都防衛に努めてもらいたい」
「ちょっと待て! 目の前で仲間が死に目に遭って俺一人は安全な地で防衛!? ふざけんじゃねぇ!」
「そうだ! 俺だって戦える! それにラストの守護は俺達の任務だった! その守れなかった責任を果たしてない!」
エギルとグラートは思わず抗議した。しかし、それに対してマーリアが冷静に言い返していく。
「言いたいことはわかります。
しかし、ラスト君の防衛自体は君達に全てを一任した覚えはありません。
加えて、襲われたのは首都内でのこと。
易々と突破されたことはもはや特魔隊本部の責任です。
さらに首都防衛も立派な職務です。
ここがやられてしまえば、もはや我々には悪魔に勝つ術を失うも同じ。
その意味を理解して言ってますか?」
「そ、それは......」
「くっ.......」
二人は言い返す言葉もなかった。
そんな歯がゆい気持ちを抱えている二人を見て、マーリアに「まぁまぁそこら辺で」と言うとゼインは二人に告げた。
「そういうわけで、君達には首都防衛に努めてもらいたい―――と言おうと思ったんだけど」
「「?」」
「二人にそこまでの熱意があるのなら僕もやぶさかではない。
ま、もとより、君達は学園から多くの生徒を救い出し、さらに悪魔討伐に助力したという栄誉があるからね。
僕の口添えがあれば僕の管理下のもとでなら怠惰の悪魔討伐戦に参加できるけど......どうする?」
「もちろん、やってやるさ!」
「あぁ、ここで引いたら俺はもう動けなくなる!」
「今度死ぬのは君達かもしれない。それでも?」
「「あぁ、それでも構わない!」」
ゼインの最終忠告とも言えるその言葉にエギルとグラートの二人は迷わず言い切って見せた。
その言葉にゼインは思わず口角を上げる。
「わかった。その熱意に俺も男として答えよう。それでいいかな?」
「はぁ、ゼイン隊長がそう決定したのなら今更私に許可を取る必要はありません」
「と、二人はそう言う意気込みだけど君はどうする?」
ゼインが話を振ったのはずっと静かであったフェイルであった。フェイルは手で裾を握ると勇気を振り絞って答えた。
「僕は二人と違って戦闘面に関する技術はありません。
ですが、サポートなら出来ると思うんです。ですから、どうか僕も皆の役に立たせてください!」
「いいよ」
「たとえダメと言われても......って、え?」
ゼインが思ったより軽く返事したことにフェイルは呆気にとられた表情をする。
「君の情報力はもともと高く買っていたんだ。
だから、君はマーリアの下について現場での皆のサポートを任せたい。やってくれるね?」
「はい! 頑張ります!」
これにてこの場にいる全員の意思が固まった。
すると、話題は次へと移り、その話題はグラートが提示した。
「それで......結局旧コルドル王国ってどこなんすか?
一応、この世界の地図は頭に入ってるけど、そんな国の名前は聞いたことがない」
「そうね。“旧”ってつくぐらいだから今ある国の名前の変わる前の名前がコルドル王国なんじゃない?」
「その可能性はあるね。マーリアは何か知ってる? ルクセリア君の言葉を聞いてピンと来たり」
「とりあえず本部のデータベースにアクセスしてますが、それらしきものは―――」
「すみません、見つけたかもしれません」
その時、同じくタブレットで調べていたフェイルが恐る恐る手を挙げた。それに対し、ゼインが聞く。
「是非教えてくれ」
「昔の物語でなんとなくその言葉を聞いたことあったと思ったんですけど、旧コルドル王国はリーデル王国の前の名前で、そしてそのリーデル王国は特魔隊本部が発足するより前に滅亡しています」
「悪魔が長生きとは聞いていたが、まさか特魔隊が発足するよりも前って......それってもう八十年近く経ってるのか!?」
その驚いているグラートにリナも冷や汗をかきながら言葉を付け足していく。
「いや、確かリーデル王国があってから二百年ぐらい経ってる。
もしかしたらそれよりもずっと前かもしれないわ」
場が静かになっていく。そこにゼインは一回手を叩いて全員の気を引くと告げた。
「とにかく、これで敵の総大将と決戦場所がわかったんだ。
加えて、決戦日は相手が教えてくれた。
なら、その間に俺達は全力で抗う準備をしなきゃならない。
時は一刻を争う。全員、戦闘準備だ!」




