第39話 悪意の圧
深紅に染まった高熱の炎が森を抜けていく。それは周囲の木々に燃え移ったが、次第にその炎は勝手に鎮火していった。
その光景を魔力の使い過ぎによる倦怠感を感じながら見ていたラストにリュウが話しかける。
――――俺の魔力による炎だ。魔力を散らせば炎が勝ってに燃え広がることもない。まぁ、俺がそうしたんだがな。
「そうだったのか。ありがとうございます」
そうお礼の言葉を告げると次は地面に伏せるバズーへと目を向ける。
バズーの体は胸の中心に焼き焦げた痕をつけた空洞があり、それでも僅かに息があるのは魔族故の生命力か。
「それが......憤怒の悪魔様の炎......ですか」
「みたいだよ。まだ上手く全てを出しきれてないと思うけど」
「それは......なんとも恐ろしいですね。ですが、それこそ偉大なる大悪魔の力の一端なのでしょう」
バズーの体の手足が魔力となって霧散し始めた。
完全消滅には1分もかからないだろう。
そう思ったラストはバズーから情報を聞き出すために質問を投げかける。
「バズーさん、あなたは怠惰の悪魔から命令されて僕を......憤怒の悪魔を捕まえに来たんですよね?」
「......えぇ、そうなりますね。ですが、先に断っておきますとその目的については知りませんよ。
偉大なる方の考えは凡庸な私には及びもしませんから」
「なら、他の大罪悪魔のことは?」
「さぁ? しかし、怠惰の悪魔様は数人の悪魔と長らく連絡を取り合ってましたからね。
そう遠くないうちに......いえ、この作戦が失敗したとなれば次なる刺客を送り込んでくるでしょうね」
バズーの体の崩壊が首を終えて残すは頭だけとなった。
そうしてゆっくりと死を感じていくバズーは最後に攻撃を受ける間際の炎を見た時の感想を告げる。
「あぁ......なんという美しき紅の炎だったでしょうか......」
バズーの頭は消えた。これによって、ラスト達の長きに渡る戦い――――いわば人間対魔族のバトルアーミーは終了したのであった。
――――ドクン
「......!」
突如として、耳元にハッキリ聞こえるような大きな心音が聞こえた。
そして、その心音はまるで貧血になったかのように体がふらつき、目が回ったように視界がブレていく。
――――同調率が上がったことによる反応だ。悪意に耐えろ。でなければ、死ぬぞ。
リュウがそう告げた瞬間、ラストの胸の奥から理解し難い殺戮衝動が湧いて出た。
――――憎い弱い愚かしい恨めしい忌々しい醜い殺したい殺さなければ殺す殺す殺す殺す
「があああああああ!」
全身が内側から掻きむしられるように感情の高ぶりが抑えられない。
血を欲しいている。そんな感じさえいる。
――――憎い憎い弱さが憎い愚かで脆弱で醜悪で悪辣で止めなければ約束したから殺すために
流れ込む耐えがたい感情の中には必ず悲痛が混じっていた。後悔が混じっていた。懺悔が混じっていた。
ラストは思わず頭を打ち付けて衝動を抑えようとする。
しかし、その内側からの悪意の波は右腕へと形となって現れ、さらにその右腕は深紅の炎を纏い始めた。
―――――まだ少し早かったか。
リュウの言葉がラストの頭の中に微かに流れた瞬間、ラストは全身から溢れ出る衝動を炎の柱へと変えて放出した。
その炎は結界に突き当たるとそれを貫通してまるで天を焦がすようにどこまでも高く昇って行った。
その光景は森の中に散らばったリナ、グラート、エギル、フェイルはその異様な光景に目が奪われ、そしてリナとグラートの二人はすぐさまラストの場所へと走り出した。
*****
――――精神世界――――
熱気を感じる。痛いや火傷するということはないが、乾いた空間に熱だけが押し込められたような空気。
そして、ラストはここを知っている。前にも一度感じたことがある。
ラストはパチッと目を覚ますとゆっくりと体を起こして周囲を見渡した。
するとそこはどこまでも続く炎の海である。
とりわけ対岸の間には近づくことを阻むようなとりわけ大きな炎が揺らいでいた。
「起きたか」
その声に反応すると対岸の奥から全身が黒づくめの男が歩いてきた――――リュウだ。
するとその時、ふとリュウの足元だけが霞がかった雲のようではあるが僅かに色のついたちゃんとした足が見える。
その変化が思わず気になったラストにリュウはその場に座るとその反応を理解したように答えた。
「それは俺とお前との同調率が上がったことによる結果だ」
「同調率......それはよりリュウさんの力を引き出せるようになったということですか?」
「そういうことだ。今の同調率は25パーセント。前回から15パーセントも一気に上昇した。
故に、お前は俺の本来の炎を作り出すことに成功したんだ」
リュウは相変わらずどこか冷めたような口調で淡々と告げていく。
しかし、ふと口を止めると次は神妙な感じでラストへと質問した。
「ただ、引き出すにはそれ相応のリスクがある。そして、お前はそれを感じたはずだ。
お前は......流れて来た感情に対してどう思った?」
「流れ来た感情......うぷっ!」
ラストはその言葉で自分に沸き上がった衝動を思い出すと思わず吐き気を催した。
それほどまで心が壊れてしまいそうな悪意の圧であったからだ。
ラストはケホケホと咳をするだけに留まると身に振りかかった感情についてリュウへと質問で返す。
「あ、アレは何なんですか?」
「わかりきったことだろう。お前でない感情が沸き上がった。
つまりはお前は俺の感情の核へと触れたのだ」
「あの壮絶な悪意が......あなたの感情? 一体何があったらあんなに......」
「ただの愚かしく弱い男を呪った感情だ」
リュウは立ち上がると背を向けて対岸の奥へと歩き出す。
そして、その体を闇へと消え去りながら去り際に一言だけ告げた。
「お前はいずれその感情を掌握しなければならない。でなければ、大罪悪魔には勝てない」
リュウの姿は完全に消える。その後ろ姿を呆然と眺めていたラストであったが、突如として強い眠気に襲われてその場で眠りこけた。
*****
意識がゆっくりとハッキリしていく。そして、やや眠たい眼をゆっくり開けるとそこは白い天井が広がっていた。見覚えのあるここはどうやら病室のようだ。
ラストはゆっくりと体を起こすと同時に片方からガタッと二つの音が鳴った。
その方向を見てみればリナとグラートがいて、ラストの目覚めを確認するとリナは思わずラストへと抱きつく。
「良かった、無事で」
「り、リナさん!? ぼ、僕は大丈夫ですから一旦落ち着いて下さい」
「ダメ、せめてもう少し」
「ダメと言われても......」
リナの柔らかい胸の感触を感じてラストは思わず顔が赤くなっていく。
そんなラストの様子を見てグラートは笑みを浮かべて一息吐くと「やめてやれ、ラストがもう一度倒れちまう」と言ってリナを引きはがした。
「ラストが無事で良かった」
「ごめん、心配かけて」
「謝らないで。私もすぐにかけつけるべきだった。筋肉だるまにラストの援護を頼んだはずなのに」
そう言いながらリナはグラートを睨んでいく。
その表情にグラートは申し訳なさそうな顔をするが、そのことにラストがフォローに入った。
「いや、確かにグラートは僕を助けてくれたよ。あの時いなければ、フェイル君を助けられなかった。そういえば、フェイル君は?」
「彼は丁度事情聴取を受けてるわよ。時期に来ると思う」
「そっか」
するとその時、リナは何かを思い出したように軽く手を叩くとラストの方へ顔を向けて優しい笑みを浮かべた。
「そういえば言い忘れてた――――おかえりなさい」
「うん、ただいま」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




