第38話 バトルアーミー#17
「トレース? 俺の動きを見切ったとでも言いたいのですか?」
「そこまで己惚れてはいないよ。ただ、少なからず僕の想像が及ぶ範囲にあなたをイメージすることが出来ただけ」
その言葉にバズーは鼻で笑うと告げる。
「ハッ、何を言い出すかと思えば、現実は想像を容易く超えてくるというものです。
そして、あなたが見据えた想像も私という現実によって潰される。それで全てが終わります」
「どうかな? 少なからずやってみないとわからないし、僕は試して学ぶ質なんで」
「その試しで死ぬかもしれないということを教えてあげましょう」
バズーはそう言うと六本の腕を触手のようにうねらせて鞭のように振るうことでラストに攻撃を仕掛けた。
それに対し、ラストは目だけで腕の大まかな位置を確認すると躊躇せずに走り出した。
そこに六本の腕が予測不可避のようなうねりを見せて襲ってくるが――――
「......なっ!?」
その攻撃をラストは容易く躱しながら着実にバズーへと接近していた。
先ほどまでの動きとは違う、愚直ではあるが避けることに特化したような無駄のない動きはバズーを困惑させるには十分であった。
そして、ラストはそのままバズーの懐に潜るとそのまま右拳を振り上げてアッパーカットを決めた。
それによって、バズーの体は大きくのけ反り、そこに回し蹴りを決めてさらに吹き飛ばしていく。
バズーは吹き飛ばされながらも体を無理やり回転させて体勢を整えると近くの木に手をかけて、スリングショットのように自信を撃ち出した。
その直線的かつ高速の肉弾にラストは咄嗟に躱すとバズーは躱した先の木に手を引っかけて再び自身を弾のように撃ち出していく。
その肉弾は先ほどよりも速く、ラストは横っ飛びすることで躱していくが、バズーとて同じように自身を撃ち出し、今度は自ら別の木に移るように飛んでいく。
「ならば、これはどうですか!」
バズーは同じことを繰り返しながら木を使ってラストの周囲を高速で飛びまわり始めた。
その軌道はもはや黒い残像が僅かに見えるだけで、その残像が四方八方に現れている。
その驚異的な速度にはラストも下手に動き出すことは出来ず、なんとか視線を追いながら目を回す勢いで動かしている。
「ふぅー」
しかし、ラストは途中で張り詰めた空気で固まった体をほぐすように息を吐くとそのまま目を瞑った。
その様子を動きながらいていたバズーはニヤッと笑って言葉を発した。
「どうしたのですか? まさか諦めたわけではないでしょうね?
憤怒の悪魔様の実力、大悪魔が宿るその人間の力がこんな所で終わるはずがない!」
「......」
「だんまりですか。ならば、私とて見せてあげましょう!」
ラストの周りを飛び回っていたバズーはラストの背後につくとトップスピードをそのままに突貫した。
そして、鋭く右手を尖らして構える。
「ここだ!」
「.......っ!」
その瞬間、ラストはまるでバズーの来る位置がわかっていたように背後を振り向くとその勢いのまま右ストレートを撃ち放った。
ラストの先読み能力にバズーは一瞬の戸惑いを見せるものの、すぐに顔をニヤリと笑みに変える。
「残念、それは予測済みです」
ラストの拳がバズーの顔面を捉える直前でバズーは僅かに体を逸らして、ラストのカウンターを躱した。 それによって、がら空きになった背後を狙おうとバズーは勢いよく右手を振るう。
「うん、トレース通り」
「がっ!?」
しかし、結果としてバズーの攻撃は当たらなかった。
バズーの攻撃が当たるよりも僅かに先にラストの本命のカウンターが炸裂したからだ。
というのも、ラストが行ったのはバズーに攻撃を躱された直後、その勢いを回転エネルギーへと変換して、そのまま体を捻って炎の拳となった左手の裏拳をバズーの顔面に直撃させたのだ。
その威力はバズーのトップスピードによる衝撃を上回るほどで、首がひん曲がるほどの衝撃はバズーの体を横回転させながら多くの木をへし折りながら吹き飛ばすほどであった。
「い......今のはだいぶ効きましたね......」
バズーは殴られて曲がった首を押さえながら、大量に口元から滴り落ちる血をそのままに少し千鳥足になりながら歩いてくる。
本来なら首が吹き飛んでもおかしくないほどの威力を受けながら立っていられるのは魔族故の生命力と耐久力によるものか。
しかし、アゴを強く打った影響はしっかり出ているようだ。
「人間、最初はあなたを侮っていましたよ。
憤怒の悪魔様という偉大なる大悪魔を体に宿しながら、あまりにも実力が伴っていないと。
私にあって最初にしたことが仲間を救うための時間稼ぎ。
しかも、自ら戦闘に出て止めるのではなく、私が勘違いをしてることを利用しての策謀。まぁ、私は罠を張ってたわけですが」
「......」
「仲間が去ったことであなたは憤怒の悪魔様の力を頼るようになりました。
しかし、その頼った力も中途半端で偉大なる大悪魔に忠誠を誓った私も思わず殺して力を奪ってやろうと思ったほどですよ。
ですが、同時に“憤怒り”が力に変わるというのはどれほどまでなのか興味もありました。
ですから、痛めつけて実力差を煽り、お仲間を人質にして挙句に殺そうとして見ました。
その結果、私は力を引き出すことに成功しました。
とはいえ、それはあまりにも虎の尾を踏む行為だとたった今実感しましたよ」
バズーは初めて自嘲気味に笑った。煽りに煽ったつけが自分に返ってきたことを笑うように。
「私も憤怒の悪魔様の実力を見ておきたかったのです。
怠惰の悪魔様が最強の存在だと言うその大悪魔の実力はいかほどなのかと。
そして、わかったことは憤怒りによる力は未だ底知れないということ。
あなたの中途半端な形状を見てみればすぐにわかります」
そう言いながら「ですが――――」と言葉を続けるとバズーは自嘲気味に告げた。
「私自身が一番恐ろしいと思ったのは憤怒の悪魔様が宿った器――――つまりあなたですよ」
「僕が......?」
「憤怒の悪魔様が強いことははなから想定していました。
しかし、器であるあなたはまるで眼中になかった。それが誤りでした。
あなたは戦いの中で成長する。それも恐らくもっとも敵の嫌がる方法で。
全てを見透かしたような今のあなたの目は心底嫌いです。
そして、その時点で恐らく勝敗は決まった」
バズーは両手を広げた。そこには地面にしな垂れる六本の腕がある。
「決着をつけましょう。あまり長話もあなたは嫌でしょう?」
「......そうだね。終わらせよう」
ラストが構えるとバズーも構える。
そして、ラストが走り出した瞬間、バズーは自身の周囲にまるで結界でも作り出すように腕を振り回し始めた。
そこにラストは迷わず突き進んでいく。するとその時、声が響いた。
――――今度こそ終わらせろ。拳に炎を滾らせるんだ。
憤怒の悪魔リュウである。ラストはその言葉を聞くと右拳に炎を纏わせていく。
――――足りない。もっとだ。俺の炎は“赤”ではない。もっと深き“紅”だ。
ラストはバズーの鞭のように振り回す腕の結界に突入した。
そこでは四方八方から攻撃が加わってくるが、まるで相手の攻撃がラストを避けているみたいにスッと躱していく。
そして、バズーの懐に潜り込むと滾らせた右拳を炎を振りかぶった。
――――その深紅なる炎を“俺達”ではこう呼んだ。
「紅蓮!」
ラストの拳がバズーの胴体に突き刺さるとそのままその炎は肉体を焼き尽くしながら、胴体を貫通させた。
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