第36話 バトルアーミー#15
――――憤怒の悪魔の力の源は何か?
その問いに対し、バズーは当然のように「憤怒りである」と思っていた。
そして、それは正解であり、大罪の由来の通りである。
だがしかし、バズーは一つ間違った想定をしていた。
それは――――憤怒りは引き出せば引き出すほど厄介な感情であるということを。
「明らかな身体能力の向上。多少なりの油断があったとはいえ、私が見切れぬ速さで動くとは想定外でした」
「.......」
それに対し、ラストは睨んだ目線を送るだけでその場から少し歩くと抱えていたフェイルをそっと下ろした。
そして、フェイルに告げる。
「後で話したいことがある。それはもちろん、この姿のことなんだけどね。
ただ今は先に片付けるべき問題があるから君は先にここから離れてくれ」
「......わかった。ラスト君も気をつけて――――」
「そうさせると思いますか!」
その瞬間、ラストの背後からバズーの腕が伸びて、高速で移動しながらラストのすぐ脇を取ってフェイルの心臓目掛けて手刀を繰り出そうとした。
「......っ!」
しかし、その攻撃はフェイルに手刀が届く直前でラストが指先を掴んで止めた。
その行動にバズーは一瞬たじろぐがすぐさまもう一本の手で攻撃を繰り出そうとする。
だが、その攻撃すらもラストによって掴んで止められた。
「フェイル君は狙わせない」
「それで終わりとお思いですか? 憤怒の悪魔様」
「......っ!」
バズーがそう告げた直後、フェイルの真下から第三の腕が出現した。
それは地面を突き破って鋭い手刀をフェイル目掛けて伸ばしていく。
その奇策にはさすがのラストもとっさの対応が出来なかった。
このままではフェイルが殺されてしまう――――と、思われたその時一人の男がフェイルにタックルをかました。
「鉄壁の鎧」
全身に武骨な岩の鎧を纏った男の登場によってフェイルは弾き飛ばされ、その影響で攻撃を逃れていく。
その代わりその男がバズーの攻撃を食らったが、それは体に纏った岩によってズレ、微かにわき腹を掠める程度に済んだ。
その攻撃により、男の体に纏っていた残りの岩がボロボロと剥がれていく。
そこから現れた中の人物にラストは思わず息を飲んだ。
「グラート......!」
「よう、無事なようだな」
グラートはわき腹を押さえ辛そうな顔をする。
それに対し、ラストは駆け寄ろうとするが、それはグラートによって静止させられた。
「あー、やっぱ重くて持続して纏うのは無理だな。加えて、防御もほぼ無いに等しい。
っと、俺はこうして今の魔法の成果に対して分析できるほど大丈夫だ。
フェイルのことは任せろ。だから、お前もそいつを任せた」
グラートは快活な笑みを浮かべるとそっと握り拳を突き出す。
それに対し、ラストも「あぁ、わかった」と返事をしてグータッチで返した。
そして、グラートがフェイルを抱えてこの場を去っていく。
フェイルの「頑張ってー!」という声がだんだんと小さく遠のいていく。
そんな光景を見たバズーは自身の手の感触を確かめながら独り言のように告げた。
「全く、ままならないものですね。予想外のことばかり起きるのは私程度の悪魔ですらない存在には及ばない至高の悪魔思考というわけなのでしょうか?」
「さぁ、僕は悪魔だけど人間よりの思考だからね。だけど、一つだけ言えることはあるよ。
今の僕の“憤怒り”は一番に高まっている」
ラストは自身の心臓を鷲掴むように触れると同時に、ラストの纏っている魔力が増幅していき、禍々しかった右腕は武骨なデザインから少しだけスマートな感じになり、また右側の髪の襟足が少しだけ伸びた。
――――同調率が上がった
誰かがそう告げたような気がした。しかし、今はわからない。そんなことはどうだっていい。
ラストの思考はただバズーを倒すことだけに集中し始めた。
そのラストの変化をバズーは当然気づく。されど、どうしようもない。自身がここまで憤怒り値を高めたのだから。
だが、これは悪魔の性なのだろうか。
強烈な悪意、敵意をぶつけられて、好戦的な気持ちが昂っていくのは。
いや、これはむしろ最初から望んでいたことだ。
「ハハハ、これでついに叶うわけですね! 私が憤怒の悪魔様と戦うことが!
さぁ、見せてください! その昂った憤怒りの力を――――ぐふっ!」
興奮した声色で叫んだバズーの言葉は言い切る前にラストの拳が顔面に直撃することで止まった。
そして、バズーはそのまま吹き飛んでいき、多くの木々をなぎ倒していく。
そのバズーの進行方向を先回りするようにラストは素早く木々の間をかき分け、走り抜けていく。
ブレーキをかけながら先回りに成功すると思いっきり回し蹴りして再び吹き飛ばしていった。
それはまるでフェイルが捕まる前にラストがやられていたことを再現しているみたいに。
しかし、バズーもそのままやられるわけではなく、木と木にそれぞれ手を引っかけて腕を伸ばしていくとまるで自身を巨大なスリングショットへと変えて、ラストに向かって勢いよく飛び出していった。
「熱風拳」
それに対し、ラストは拳をを突き出して拳圧による高熱の風を撃ち出すとそれはバズーに直撃した。
だが、バズーは自身の身が焼けようと気にすることなく、勢いをそのままに向かって来る。
――――俺の力はそんなちゃちな風を作り出すことではない。
再び声が聞こえた。今度はハッキリした声であった。
――――熱量をもっと上げろ。その身がその程度の熱で焼けるわけがない。
この声にラストは聞き覚えがあった。厳しそうな口調でありながらどこか優しさも感じられる頼もしい声。
その瞬間、僅かに憤怒の悪魔とリンクしたことを思い出した。確かその悪魔の名前は――――
「リュウさん? リュウさんですか!?」
――――俺のことはどうでもいい。今は戦いに集中しろ。そして、その程度の熱量じゃ足りん。もっと焼けるようにイメージしろ。
「焼ける......ように!」
ラストは差し出した右腕の熱量を上げていく。すると、周囲は陽炎で歪み、黒かった右腕はどんどんと紅く熱せられていく。
――――憤怒りを力に変えろ。俺は炎を操る悪魔だ。
ラストの腕にチリッと火花が散っていく。そして、そこから紅い腕から小さな炎をが沸き上がり、たちまち右腕を燃やし始めた。
「炎が......!」
――――それを奴に向かってぶつけろ!
ラストは右腕の手のひらに炎を収束させていく。
そして、そこから作り出した直径1センチほどの球体を正面から向かって来るバズーに向けた。
「さぁ、憤怒の悪魔様の力を味合わせてくださいよ!」
「火炎の壊砲!」
ラストが収束させた魔法を開放した瞬間、球体からラストの身の丈を優に超えるほどのバーナーのような炎が放たれた。
それはたちまち大地を抉り、空気を熱し、木々を焼き尽くし、バズーの体を飲み込んでいく。
撃ち出した炎が消え、ラストの腕がゆっくり黒腕に戻っていく頃にはラストの正面に焼き焦げた真っ直ぐ跡のついた大地が広がっていた。
「これが......憤怒の悪魔の力......」
ラストはその衝撃的な光景に思わず呆然としていた。すると、再び頭の中にリュウの声が響いてくる。
――――火力不足だ。俺の炎はあんな“赤”じゃない。故に、まだ終わってないぞ。
「.......え?」
そう言われて正面を向くとそこには全身を黒く焦がしながらも、もともとある二本の腕からさらに四本の腕を生やしたバズーがゆらゆらと歩いていた。
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