第34話 バトルアーミー#13
右上半身を悪魔化させたラストの周囲の空気は夏場に温められたアスファルトで発生するような陽炎を作り出し、周囲の景色を僅かに歪めていく。
そんなラストを見てバズーは喜びが隠しきれないのか、ニヤけた状態で話していく。
「それが人間による悪魔を利用した力、ですか。
正直、見た目は想像以下でしたが、確かに悪魔の力を引き出しているようですね。
怠惰の悪魔様から受けたような強い覇気を感じます」
そう言ったバズーは「ですが――――」と強めの否定を入れるとラストに尋ねた。
「まさかそれがあなたが引き寄せられる全て、ではないですよね?」
「......」
「私は魔族ですが理屈な同じなのでわかるんですよ。
器には器との同調率が必要であることを。
故に、憤怒の悪魔様が自らその肉体と結びついたなら、その変化はまだまだ発展途上のはずです」
そう饒舌に語ったバズーに対して、ラストは思わず口元を緩めた。
その反応にムッとしたバズーは思わず聞き返す。
「何がおかしいのですか?」
「いや、おかしいとかじゃなくて。単純にわからないんだ。
僕は確かに憤怒の悪魔と会ったことがある。
でも、その記憶はぼんやりとしかないし、そもそも憤怒の悪魔が僕の体に移ったのは悪魔召喚の契約によるものだし」
「......は?」
「この力がまだまだ引き出せる気はするから、そう言う意味では発展途上なのだろうけど、これ以上この力を引き出すつもりは無い。
なぜなら、この力は悪意が力になった象徴だからだ。“憤怒り”という悪意が魔力を伴ってこの姿となった。
なら、その悪意に飲まれてしまったら、それはあなたと変わらない。
僕は特魔隊の魔人として悪魔の力を利用するけど、怪物になるつもりはない!」
その言葉にバズーは思わず頭を抱えた。
そして、そのまま下を向くと思いっきりため息を吐いた。
「......っ!」
バズーが顔を上げた瞬間、ラストはゾッとした感覚に襲われる。
それはまるで周囲が急に冷え切ったように体が勝手に震えだす感じで。
「もういい。いいです。さっきの話はなかったことにしましょう。完全に時間の無駄でしたから」
淡々と告げた言葉に抑揚はなく、虫けらを相手するように関心がなく、その冷え切った目に感情はない。
「さっさと憤怒の悪魔様を回収して終わりとしましょう」
その瞬間、ラストの目の前からバズーの姿が消えた。
気が付けばラストの顔面をガッと掴んでいるバズーはそのままラストを投げ飛ばしていく。
ラストは数本の木をへし折りながら飛んでいくとなんとか体勢を立て直して、背後の木へと垂直になるように止まった。
そして、顔を上げてみればすでにバズーが追い付いていて、顔面に向かって拳を振るっている。
それを首を傾げて躱し、左手で捉えると禍々しい黒腕で殴り掛かった。
「熱拳」
右拳はただちに赤熱してバズーの顔面へと直撃した。
しかし、熱で頬が焼けているであろうバズーはそれを受けても声を上げるどころか微動だにせず、すぐさまラストのわき腹を蹴り飛ばした。
ラストが地面を転がっていく最中、バズーがコマ送りで進んでくるのがわかる。
そして、地面に振り下ろしてくる拳を避けるようにラストは両手から熱波を出してその勢いで僅かに軌道を逸らして避け、体勢を立て直すようにしゃがみながら後ろ向きに地面を滑っていく。
バズーの拳は未だ地面に埋まっている。
そこから手を引き抜いて移動してくるなら、目が慣れた今なら反撃に間に合う――――と、思ったラストの考えは容易く打ち砕かれた。
「がっ」
攻撃されたのだ。バズーは未だ遠くに見える状態から。遠距離攻撃? いや、違う。
真下の地面から腕が伸びてくるという近接攻撃であった。
アッパーカットされたラストは大きく体をのけ反らせながらそのまま地面に背中から叩きつけられる。
すぐさま立とうとするが、立つことは叶わない。なぜなら、あごを大きく揺らされたからだ。
そんなラストの様子を見ながら腕を地面から引き抜いたバズーはゆっくり歩きながら告げる。
「これでわかったでしょう? あなたがどれだけ愚かなことを言ったか。
あなたは“悪魔の力を利用する”という風なことを言いましたが、利用で済むほど私達の戦力差を舐めない方がいいですよ?」
「......っ」
「あなたは憤怒の悪魔を使い......あんな程度で使ったとは言えませんが、人間の反射神経で動こうとした。
確かにいずれは慣れてきて先ほどのように攻撃を当てることも出来るでしょう。
そして、先程も体勢を完全に立て直す前に攻撃しようとしてくる私に対して迎撃まで考えた」
そう言うとバズーはため息を横に吐き、首を横に振る。
「しかし、いざ魔法を使ってみれば、見事に虚を突かれてこのザマ。
まともに動けないあなたの生殺与奪の権を握ってるのは完全に私。
これで一体何をどうして悪魔の倒すつもりですか? 宝の持ち腐れも甚だしい」
バズーは饒舌になって言葉を続ける。
「何もかもが中途半端なんですよ、あなたは。
最初の私に小芝居をしたのも、戦うことになってもそのままで挑んできたのも、悪魔の力を利用しながら半身程度だなんて。
最初の芝居も変身しなかったのも大方悪魔になることを避けたかったんでしょう」
バズーの言葉はヒートアップしていく。
「そういえば、人間には悪魔の力を宿した人間という優秀な戦力が一部いながら、いつ悪魔になって裏切られるかわからないからと隔離してると聞きますし。
いざ実践投入されている人物に会ってみればこの程度しか引き出せない。
だから、あなた達はいつまでも私達に勝てないんですよ? わかります? 愚かだからですよ。力以前に頭から」
頭のこめかみ辺りを指で小突いてバカにするバズーの姿を見てもラストは何も言い返せなかった。
確かに、前回負けた経験から及び腰になって小芝居なんて真似をし、それが通用しないとわかるとフェイルにバレたくないからと悪魔の力を出し渋った。
それでもその時にはまだ少しの自信があった。前回からさらに経験と戦闘を積んだ自信が。
冬からの短い期間であるが、確かに力が増した感覚もあった。
そして、力を開放してみれば結果は前と変わらない。
前の怒りの感情に震わせた時よりも力を引き出せているのにまるで通用していない。
そんな自身の愚かさに怒りが込み上がってくる。
その時のラストの変化をバズーは確かに気づいた。そして、ニヤリと笑う。
「やはり、あなたのようなタイプは打ちのめされて正論を叩きつけられると自身を責めるタイプのようですね。
そして、さらにはあなたは仲間に力を隠すためとはいえ、逃がすほどの仲間想いの人物。
となれば――――やることは一つですよね」
「な、何をする気だ......?」
だいぶ回復してきて立ち膝まで出来るようになったラスト。しかし、まだ完全に動けるかは程遠い。
そんな時、バズーが思いついた何かに対して危険な予感がしてならなかった。
そして、その予感通りバズーは告げる。
「人質ですよ」
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森の中を走り抜けていくフェイルは後方に聞こえる木が何本もへし折る音が聞こえることに強い後悔を抱きながら、約束通り振り向かずにいた。
するとその時、正面から「おーい」と聞こえてくるので顔を上げてみると手を大きく振りながらグラートが向かって来ていた。
そのことに安堵の笑みを浮かべるとフェイルも同じように振り返す。
そして、対面した二人は話し出した。
「フェイル、無事だったか」
「うん、無事。でも、ラスト君が上位魔族と!
僕は戦えないから逃げる時間を稼ぐために一人で。だから、どうかラスト君を助けに行って!」
「落ち着けって。それに安心しろ。最初からこっちはそのつもり出来てる。で、お前は見たのかラストを?」
「ラスト君を? 斬りかかっていって『振り返るな』って言われたからそのまま」
「その時のラストの状態は?」
ガッと肩を掴んでくるグラートに気圧されながらもフェイルは答えていく。
「状態? いつも通りだったけど......それがどうかしたの?」
「いや、ならいいんだ......いや、やっぱよくないか。
いずれは話すつもりだが、その話はまた後でな。
それじゃあ、お前はこのままここから離れてくれ。
もうこの結界内にはあの魔族しかいないから」
「え、他にも魔族がいたの!?」
「中級魔族だけどな。ともかく、急いで......ってその方の手なんだ?」
「え?」
そして、グラートはフェイルの左肩を、フェイルは自身の左肩を見るとどこまでも伸びてきた人間の手がそこにはあった。
すると、その腕が縮んでいくとともにフェイルは背後へと進んでいく。
それからはあっという間に森の奥に吸い込まれてしまった。
そのことに察しがついたグラートは「あぁ、クソ!」と頭を掻くとフェイルがいなくなった方へと駆け抜けていく。
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