第20話 初めての友達
ルナトリア学院の生活が始まり、妙に広い学院内を未だ覚えきれずにいたラストは散歩がてらに校内を散策していた。
辺りを見渡せば白い制服と黒い制服が往来していくが、まるで白黒つけるようにその中に白い制服と黒い制服の生徒が並んで歩くような光景はなかった。
そんな光景にラストがなにも思わないはずもなく、されど何か出来るわけでもないのでそのままにしておくことしかできない。
明らかな区別化が進んでいる校内の散策を途中で切り上げると中庭から学院周りへと歩いていく。
その時、遠くから複数の声が聞こえてきた。
「黒服が俺達の前を勝手に素通りして言ってんじゃねぇよ!」
「これだから庶民は。俺達が貴族ということもわからないでよくこんな所に入れるな」
「ほら、さっさと頭下げろて謝罪しろよ。“貴族様に敬意も示さずに通ろうとしてすみませんでした”ってな」
「言っておくがもちろん土下座だぞ?
地面に這いつくばることが得意なお前らだったらすぐに出来んだろ。さっさとやれよ!」
「......っ!」
ラストがその声のもとに辿り着くとそこには白服の男子4人組がうずくまる黒服の男子1人をリンチしている光景であった。
その明らかに人として許せない光景にラストの“憤怒り”が反応し、自分の意志とは関係なく右手が勝手に上がって魔力を溜めようとする。
ラストは咄嗟に左手で右手首を掴むとリラックスするように大きく深呼吸した。
「落ち着け、僕の悪魔は憤怒りの感情ですぐに暴走しかける。
故に、『憤怒りを俯瞰的に見ろ』ってゼイン先生も言ってた。
それにこの学院では僕が悪魔であることは隠されてる。バレちゃいけない」
ラストが自分に言い聞かせるように告げた言葉で小刻みに震えていた右腕は落ち着きを取り戻した。
そして、右腕が自分の意志で動かせることを確認すると黒服の生徒を助けるために飛び出した。
「暴力はやめるんだ!」
「あぁん? なんだお前は?」
ラストの言葉に一人に白服Aが聞き返した。
その表情はせっかく盛り上がってきた所で水を差されてイラ立っている様子である。
そんな白服Aに続くように白服B、C、Dが言葉を告げていく。
「おいおい、誰かと思えば黒服かよ。なんだ? 同じ黒服が惨めで可哀そうだから助けに来たってか? ヒーロー気取りかよ」
「庶民ごときが貴族様相手に口出ししていい権利はねぇんだよ。
まぁ、もうすでに暴力とか勝手な言いがかりをつけた時点でお前も終わりだけどな」
「どうする? こいつも一緒にシメるか? それとも俺達で分けるか?」
「貴族っていうのは随分と口が悪いみたいだね」
ラストは努めて冷静に白服達の言葉を客観的に捉えて思ったことを返答した。
しかし、それが不味かったのかその言葉は火に油を注ぐ結果となる。
「あぁ? 貴族様に向かって悪口か?」
「そのままの意味だよ。君達の言葉はあまりにも攻撃的で、いわゆる僕達庶民が使うような粗暴な言い回しだ。
それは貴族である君達にとって庶民の真似をしていることになるけど......それでもいいの?」
ラストはなんとか白服達を諭そうと言葉を見繕うが、再び小刻みに振動を始めた右腕に意識を割いたために絶妙に煽っているようにも捉えられる言い回しになってしまった。
そして、その絶妙な言葉をプライドの高い貴族であった白服達は敏感に捉えてしまい、その額に青筋を走らせていく。
「なんだと......?」
「もういい。コイツから先にぶちのめそう」
「どちらが上かその体にしっかり刻んでやる」
白服達は一斉にラストへと右手をかざしていくとその手に魔力を込めていく。
その魔力から感じる意思は明らかにこうげきてきであった。
そんな白服達に対し、ラストはギリギリまで言葉を投げかける。
「学院内では戦闘行為はご法度だよ」
「ハッ、バレなきゃ問題ないな!」
白服達に攻撃をやめるような意識は微塵も感じられない。
それどころか嬉々として魔法を放とうとしている。
それがわかったラストは言葉を止めると白服達の動きを見て、彼らが動き出すよりも先にしゃがみながら右手を地面につけた。
「熱風」
ラストを中心に熱い風が吹いていく。その風に触れた白服達は瞬間的な熱さに顔を両手で覆っていった。
それによって視界が潰れたことを確認すると素早く白服達の背後にいる黒服の生徒を担いでこの場から離脱する。
遠くから「どこいったー!?」や「貴族に歯向かったことタダで済むと思うなよ!」と声が聞こえてくるが、ラストはその声で位置だけを確認するとボロボロの生徒に声をかけた。
「大丈夫? もう痛いことはされないから安心して」
「あ、あなたは......」
ラストの言葉に反応するようにビクビクした様子で顔を上げたのは前髪がやや目にかかるほどに伸びた黒髪の小柄な少年であった。
助けたことで一先ず警戒されていない様子であることを確認するとラストは自己紹介をしていく。
「僕はラスト=ルーフェルト。同じ学年みたいだしラストで大丈夫だよ。君の名は?」
「フェイル。フェイル=コトルップ。さっきは助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
ラストは優し気な笑みを浮かべるとその表情に少し安心したのかフェイルは大きく息を吐いた。
そんなフェイルの様子を見ながら、腰ポーチに入れていた応急処置用の絆創膏や包帯などを取り出していく。
「用意が良いんだね」
「訳あって持ち歩くことにしてるんだ。まさかこんなタイミングで役に立つ日が来るとは思わなかったけどねあ。あ、別に深い意味はないよ」
「そう考えるとむしろ深い意味で考えてしまうような......というか、言わなければ気づかなかったというか......」
「え、あ、そうなの?」
フェイルを治療しているラストは不意に笑われたことに思わず動揺してしまう。
その反応に訳を聞いてみるとフェイルは少しだけ楽しそうに笑いながら呟く。
「もし友達がいたならこんな感じなんだろうな......」
そう言うとフェイルの表情はだんだんと暗くなっていき、次第に顔も俯くようになっていった。
その表情に気付いたラストが様子を窺うとフェイルは独白を始めていく。
「昔っから自信や勇気がないせいか小等部、中等部の時からこうして一人で過ごす時間が多かったんだ。
だから、そんな時間が長かったからもうとっくに慣れてたと思ってたけど、全然そうじゃなくて。
そう思い込んでいただけで、こうして変わりたがってるのが良い証拠で」
その声は弱々しく、希望に縋っているようにも、もう諦めているようにも聞こえた。
「ここに来れば変わると思った。奇跡的に入れたこの場所なら変われるかもって。
でも全然そんなことなくて。願望は行動してもただの願望なだけだった。
ただ僕は僕を認めて欲しくて、皆で楽しくいたかっただけなのに」
自虐的な冷めた笑みを浮かべるフェイルの話を聞いていたラストはふいに手を止めると告げる。
「......そっか。ずっと一人だったのか。なら、もう一人じゃないんじゃない?」
「え......?」
その言葉にキョトンとした様子にフェイルに対して、ラストはフェイルの手を取ると昔から変わることのない明るい笑顔で告げた。
「僕と友達になってください」
「......っ!」
その言葉にフェイルの暗く沈んだ瞳に光が刺し込んだ。
「......こんな魔法も上手くできなくて、取柄もなくて、昔からイジメられてばっかで......それでも変わろうとしてなんとか入ったこの学院でもこんな状態の僕に......僕にその言葉を言ってくれるの?」
孤独に慣れていて、痛みに慣れていて、後ろ向きの彼にとってはその心はあまりにも暖かすぎた。
出会ったのはついさっき。しかし、もう彼には十分すぎるほどにラストという人物の人柄が見えた。
「うん。きっかけは何でもいいと思う。ただ僕は君とは仲良くなれそうと思ったから君と友達になりたい」
「......そっか。ありがとう。こちらこそよろしくお願いします」
その言葉は震えていた。フェイルの目から大量の涙が零れ落ちて、顔はもうぐちゃぐちゃであった。
それほどまでにフェイルにとってはこの一瞬が大切な瞬間となったのだ。
そんなフェイルを見ながら治療を終えたラストは泣き止むまでそばに居続けるのであった。
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