第16話 憤怒りに駆られる
しんしんと雪が降る中、ある一部だけは異様な熱気に包まれていて、その一部にはみぞれが降り、さらには地面も泥まみれの水たまりが出来ていた。
そんな中で複数人の魔族と向き合うラストにさらに大きな魔力を持った一人の魔族が現れた。その気配に気づいた魔族Bは思わず声をかける。
「ラクトマ様......どうしてここに?」
「なんか楽しそうなことやってるから来てみれば大正解だっただけだ。まさかこんな所で“裏切り”の大悪魔がいるなんてな」
そう鋭い視線に刺激を受けるようにラストの内なる憤怒りは膨れ上がっていくが、それをなんとか抑えながら聞いた。
「お前はこいつらのなんなんだ?」
「ま、見てわかる通りリーダーってところだな。それに俺の存在自体も気になってるだろうし言ってやるよ。俺はラクトマ。お前らで言う上位魔族と呼ばれてる存在だ」
「上位魔族......っ!」
「お前ら人間ってほんとそうやって名前とかランクとかつけるの好きだよな。ま、わからんでもないけどな。俺達だって力量差はあるし、俺より強い奴は山ほどいる」
ラクトマは金髪を雪で白く化粧をしながら、先のとがった尻尾をゆらりゆらり揺らしてゆっくり近づいて来る。
「でも、結局強さってのは憧れるもんだ。人でも魔族でもな。強者の時の愉悦は溜まらない。病みつきになる。それはなぜかって? 決まってるだろ――――弱者をいたぶるためさ」
「熱風拳!」
ラストはラクトマにニタリとした気持ち悪い笑みを浮かべた瞬間、ラストは何かが弾けたようにラクトマへと攻撃をした。
その攻撃はラクトマの顔面に直撃し――――
「おいおい、最後まで話を聞けよ」
――――全くダメージを与えられてなかった。
そのことにラストは咄嗟にこの場を離れようとするが、顔面に打ち付けた拳は尻尾に絡み取られ動かすことが出来なくされた。
「お前だってわかるだろ? 自分が強者となった時の愉悦感。相手の嫉妬、憎悪、敵意がまるで祝福の嵐のように感じ、身を悶えさせるほどにゾクゾクする感覚を」
「知らない! 僕はただ強い力を持ったなら弱い人を助ける! それだけだ!」
「なるほどなるほど。それはとても正義感があるような言葉だ――――嘆かわしい」
「っ!?」
ラストはラクトマの尻尾によって体を持ち上げられるとそのままラクトマの背後の民家へと投げ飛ばされた。
民家は当然倒壊し、壁を突き抜けてもなお転がっていたラストは民家のキッチンに背中を打ち付けられるとそこで止まった。しかし、ラストはすぐに立ち上がると今度は体に魔力を流して更に身体能力を上げて突撃していく。
そんなラストに対して、悠然と身を翻しながら先ほどのラストの言葉に酷く心を痛めたような反応をしていた。
「あぁ、嘆かわしい。なんと嘆かわしいことだ。人間が愚かであるということは当の昔に知っていたことだと思っていたが、まさかその身に大悪魔を宿しながらもなおそんなことを言えようとは」
「何度だろうと言ってやる! 僕はこの力でたくさん人を助けるんだ!」
「こんな愉悦に浸れない人間が適正者であろうとは......いや、むしろ裏切りの悪魔としては定めなのか」
ラストは高速でラクトマに接近すると顔面に向かって回し蹴りをしていく。しかし、それはラクトマに颯爽と躱され、その回転の勢いのまま逆足で蹴り上げようとするがそれすらも躱される。
「まぁ、この反応も言わば仕方ないことだったのかもな。なぜなら、憤怒の悪魔の悪意に触れて力を引き出しておきながら、今で尚俺にまともな攻撃が与えられていないんだから」
ラストは避けられた足で踏み込むと鋭く顔面に拳を突き出した。だが、それもただ首を傾げるだけで交わされる。
「未熟」
「なめるなー!」
「――――くっ!」
ラストは躱された拳を振り下ろし、ラクトマを捕まえると飛び込む勢いで引き寄せながら顔面に膝蹴りを当てていく。
その攻撃はまともに入ったのかラクトマの体は大きくのけ反っていった。
「へっ――――え?」
調子乗ったラクトマに一発入れてやったことに「ざまぁみろ」と言わんばかりに笑みを浮かべたラストであったが、次の瞬間には視界からラクトマが消えていた。
否、消えたのではない。消されたのだ。傍から見れば今のラストは地面に突っ込む勢いで顔を下に向けている。
当然、ラストの意思でそうなったわけではない。ラストが地面に顔から落ちていると気づいた時には頭の左側からズドンとした鈍い痛みが伝わってきた。
そして、その視界を覆い隠すようなラクトマが器を借りている人間が履いていた茶色いブーツが視界の端から高速で迫ってくる。
「痛ってぇなぁ!」
「がっ!」
思いっきり蹴り上げられたラストは180度体が回転し、さらにその回転を続けたまま再び民家へと突っ込んでいった。
今度は何件もの民家を倒壊させながら次々と壁に突っ込んでいき、最終的には抉れた民家の壁の一部に干された布団のようにぐったりとしたラストが煙から現れた。
その一方で、ダメージを与えられたことに怒りが収まらないラクトマは声を荒げている。
「テメェよくもやってくれたな! ザコは雑魚なりに強者に大人しく嬲られておけよ! 愉悦感に浸らせろよ! 粋がってんじゃねぇよ! ぶっ殺すぞ!?」
「人間は......お前らのおもちゃじゃない」
ラストは一部の服が破けていたり、そこに瓦礫が刺さったり、切り傷があったりとしながらも気合で体を起こしていく。
べっとりとした血が瓦礫や地面を濡らしていった。口や鼻から流れてもいたのだ。しかし、ラストは気にすることなく立ち上がると両手の拳に力を込めながら告げる。
「確かに僕達は基本的にお前達の一人一人の個体に比べれば圧倒的に劣る。だけど、だからといって弱い人間をお前らの残虐な愉悦のためにおもちゃにされるなんてことがあっていいはずがない!」
ラストの左腕に数本の黒い魔力が螺旋するように回転していく。そして、その魔力はラストの左腕に絡みついていくと黒い模様を作り出した。それと同時に頭にも同じような魔力が浮かび上がっている。
「僕は大切な人を失った気持ちを知っている。僕は助けられる気持ちを知っている。それはお前達魔族にとってはわからない弱い者だけが知る気持ちだ。そんな気持ちをお前らの勝手で捻じ曲げさせはしない!」
やがてラストは右腕よりもやや細い紅黒い左腕をしていて、左目の上には小さな角が生えていた。
その変化にラクトマはやや目を細めつつも、先ほどのラストの言葉に「強者、か」とどこか寂しそうに呟く。
「これ以上好きにはさせない」
ラストは再び移動を開始した。その移動によって先程とは違い僅かな変化が生じる。
それはラストの初動をラクトマが視認できず、僅かな影の移動でやっとラストの位置を終えたことだ。
しかし、目で動きを捉えることとその動きに対応するというのは全く別の作業で、目で終えたとしてもラストに懐に接近されて未だに避ける動作も出来ていないのはもはや姿が捉えられてないのと何ら変わらない。
ラストが伸ばした右手に反射的に体を逸らして躱そうとする。
「そう動くことはお前の驕りから見えていた」
そう言うとラストはラクトマの胸ぐらを掴み、背負い投げをしながら投げ飛ばしていく。そして、空中で死に体になってラクトマに対して、ラストは右手に魔力を高めた。
その瞬間、右手は光を放ち始め、右腕には纏わりつような炎が勢いよく燃えていく。それと同時にラストの両腕の紅黒い色をした何かはラストを侵食するようにその範囲を広げていった。
そして、ラストが雄たけびを上げながらその右手にこもった魔力を解き放とうとしたその時、一つの声がやってきた。
「――――その怒りはまだ君が扱うには早すぎるよ」
そうラストの肩を叩きながら目の前に現れたゼインは「やぁ、無事でよかったよ」と告げるとニコッと笑った。
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