第15話 守るために
傷を負ったリナを守るために魔族達の前へと出たラストはその目に恐怖とそれを上回るような覚悟で立ち尽くした。
それに対し、魔族達の数人がヘラヘラと笑いながら言葉を告げていく。
「ハッ、ようやくお出ましかよ」
「さっきはよくもやってくれたね。その分のダメージは君の魂ともども貰ってあげるよ」
「強い悪魔憑きのくせに力の使い方が全然なってないカモのようですしね」
「やっぱり最初は俺からだよなぁ!」
好戦的とも思える4体の魔族が今にも襲い掛かってきそうな勢いであったが、その魔族は誰が一番最初に戦うかでケンカを始めた。
「んじゃ、俺から――――」
「いやいや、待てよ! アイツの気配を最初に見つけたのはボクなんだぞ!?」
「違うわよ。わたくしに決まってるじゃない」
「うるせぇな。ジャンケンでいいだろ、そこは」
その魔族達は勝手にジャンケンで戦う順番を決めていく。
そんな4体の魔族を見守るように6体の魔族もいたが、「また始まった」みたいな顔をして呆れた様子で傍観しているだけであった。
この状況はラストにとっては好都合な展開となった。
ラストが戦う上で中級魔族を相手にして勝利できるのは最高で2体だけである。
それ以上は厳しい展開となる。
故に、一人ずつ来てくれるなら一対一を連戦すればいいだけなので、もしかすれば2体以上の討伐が独力で可能になるかもしれない。ただ恐らくそう簡単には行かないが。
「よっしゃ! 俺に決まり!」
一人の魔族がジャンケンに勝ったのか大きく拳を突き上げて喜んだ。
そしてその魔族Aが右腕をグルグルと回して軽くほぐしながら近づいて来る。
「てめぇの相手はこのオレだ。油断はしねぇ。同胞が二人もやられてるしな」
「これ以上近づくというのなら僕も容赦はしない」
「ケッ、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか!」
魔族Aが勢いよく飛び出してきた。
その動きに合わせるようにラストは動き出すと右手を紅黒く染めて掌底を魔族Aに向かって打ち込む。
その攻撃は直接当てるというよりはそれに伴う衝撃波を当てるもので、空間を歪ませながら動いていく空気の壁は魔族Aに向かって突撃した。
「効かねぇな」
「っ!?」
魔族Aは右手の爪を立てると衝撃波に対して下から上へと引っ掻くように切り裂いた。
そこからさらに左腕を大きく振りながら引っ掻ていく。
「避けんなよ? 当たっちまうからな」
ラストに向かって5本の斬撃が大地に跡を作りながら伸びていく。
それに対し、ラストは魔族Aの言う通り避けることはしなかった。
その理由はひとえに背後の家にはリナがいるからである。
「っ!」
ラストは左手で支えるようにして右手を伸ばすとその攻撃に対して<熱波>をかける。
しかし、その斬撃は空気自体を切り裂くものであり、5本の斬撃のうち3本の斬撃をその身に受けてしまった。
その3本のうち1本は右手の強化された悪魔の手で防ぐことが出来たが、1本は右太ももを切り裂き、もう1本は左肩を大きく斬っていく。
「まだまだァ!」
そう言って魔族Aは滅茶苦茶に腕を振るった。
しかしその度に細かい斬撃がラストに向かって放たれ、ラストはその斬撃を避けることなく右手で何本か打ち弾きながら、生傷を増やしながら耐えていく。
「おいおい、そんなんじゃ守る前に早々にくたばっちまうぜェ? もう少し楽しませろやァ――――握斬撃」
防戦一方のラストに対して、魔族Aは空気を掴むようにして思いっきり引っ掻くことで自身が持つ最高火力の斬撃を放った。
その一撃で「ぶった斬った」と思った魔族Aであったが、その斬撃を目の前にしたラストは静かにどこか冷たい印象を感じる瞳を向けた。
その瞳を魔族Aが見た瞬間、悍ましい何かを見たような気がして一歩後退する。
「楽しむつもりは無い。僕はただ守るだけだ」
その瞬間、ラストはその斬撃に対して突っ込んでいく。
そして右手の紅黒い色を右腕全体まで変色させていくとその斬撃を外側へ弾くように軽く薙ぎ払った。
「なっ!?」
自身の最高火力が一蹴されたことに動揺が隠せない様子の魔族Aは思わず一瞬思考を止めてしまった。
その隙を逃さないように高速で魔族Aまで距離を詰めたラストはその顔を掴むとその右手に高熱を宿していく。
「熱壊」
「待て! やめ――――」
魔族Aの頭は一瞬にして熱で破裂するように吹き飛んだ。
そしてその体はその衝撃で軽く吹き飛び、地面に寝転がると空気中に魔力の塵となって消えていく。
そんな魔族Aのやり方を見せしめるようにラストは告げた。
「次にこうなるのは君達の番だ。嫌だったらここから離れることだ」
「何一人倒したぐらいで粋がってるのかしら?」
「そいつは一人で戦って勝つことに拘って結果的に死んだだけだし」
「ま、要するにそいつの死があろうが俺達の目的には関係ねぇってことだ」
ラストの言葉に対し、先ほどジャンケンをしていた3体の魔族は各々返答していく。
それは先ほどの魔族Aの死に対して辛辣に聞こえる言葉でラストは思わず聞き返した。
「仲間が死んでなんとも思わないのか?」
「仲間? 何を言ってるのかしら? わたくし達に仲間なんて意識はないわ」
「あるのはあくまで利害関係かな。グループ作ってる連中は大体主従やらなんやらで縛ってるだけだよ」
「だが俺達は違う。あくまでお互いを利用し合ってるだけだ」
その瞬間、ラストは学院では知れなかった人間と悪魔及び魔族の仲間意識による違いを理解したような気がした。
そもそも仲間という言葉に対する認識の違いがあるのならこれ以上言った所で今いる魔族達がこの場から離れることはない。
ここにいるのは“あくまで自分が得をするためだけ”というもの。
そう考えれば黙って静観してる魔族達も好戦的な魔族が仮に全滅しても弱らせていれば襲ってくるということになるかもしれない。
「とはいえ、一体ずつやってても恐らくさっきみたいに一撃でやられるのがオチですわ」
「なら、引き続き共闘と行こうか。ただし、仕留めた奴が優先的に食えるってことで」
「それは共闘じゃなくて競争だ。だが、それは実にオレ達らしい」
そして魔族B、魔族C、魔族Dが襲い掛かってきた。
魔族Dは一直線にラストに向かって行くと大きく拳を振り上げた。
「水流弾」
「っ!?」
だが、先に攻撃が届いたのは魔族Bによる水の攻撃であった。
その水に弾丸は魔族Dの顔のすぐ横を通り抜け、ラストへと強襲していく。
その攻撃に気付いたラストは悪魔化による身体能力の底上げで紙一重で体を傾けて避ける。
しかし、すぐに次なる攻撃が待っていた。
「草結び・縫い目」
魔族Cが地面に手を付けるとラストの足元から草が伸び、両足に絡みついていく。
さらにその草は先端をドリルのようにして足に葉を突き刺すと正しく縫うようにしてすぐに拘束がほどけないようにした。
「オレ達は自分の都合でしか動かない。だがどうにも共闘は案外と上手くいくんだ。
まるで最初から知っているようにな」
魔族Dは振りかぶった拳をラストの顔面に向かって振るった。
しかし、ラストは両足の痛みに苦悶の表情を浮かべながらも、その拳を体を傾けながら左手でいなしていく。
「おっと、外れちまった。だがこれは外れねぇ――――鉄柱」
「がっ!」
直後、ラストの足元の地面から正しく鉄の柱が出現して、アゴを思いっきり打ち付けた。
それによって、ラストの体は大きくのけ反っていく。
その無防備な状態に魔族Bはすかさず攻撃を狙っていく。
「その柱ごと打ち抜いてあげるわ――――水流弾」
そう言って放たれた水の弾丸は高速でラストへと接近していく。
しかし、ラストはすぐには動けない。
先ほどの攻撃で脳が揺れて正常な判断が出来なかったのだ。
だがその時、背後にとある反応を捉えた瞬間ラストの中に宿る膨大な憤怒が膨張するように膨れ上がった。
「「「......っ!?」」」
ラストの体は一瞬爆炎を纏って魔族Bの水の弾丸を気化させ、両足の草を焼き尽くした。
その炎が消えるとラストは右腕に禍々しい外装を纏わせ、さらには右側の眼は紅い瞳に口から見える鋭い犬歯が。
その圧倒的な強者のオーラ、心臓を握るような鋭い獣の眼光はこの場にいる魔族達を硬直させた。
それほどまでに実力の差を一瞬で理解させたのだ。
「何をしている?」
ラストの声に誰かのどこか低く怒気が混じったような声。
その声のままラストが振り返った先はリナがいる家の入口であった。
そしてその入り口に近づくと不意に右手を伸ばし何かを掴むとそのまま背後へ投げ飛ばした。
その投げ飛ばした何かは一体の傍観していた魔族を巻き込みながら反対側の民家に突っ込むとその姿を現していく。
それは透明化して気配を消していた1体の魔族であった。
どうやらラストが戦闘で気を取られてるのをいいことにリナを襲うつもりであったらしい。
ラストはその魔族の僅かな魔力の揺らぎを感じ取ったのだ。
その魔族の気配の消滅を確認すると他の魔族達に向かって告げた。
「僕の大切な人に手を出そうとした......ただで済むと思うなよ?」
依然として威圧を感じるような声に加え、口調もラストらしさを感じないほどに荒々しいものとなっている。加えて、今のラストの憤怒の悪魔との同調率は22%となった。
それに対し、魔族達は額に冷や汗をかきながら返答どころか逃げることすら体が言うことが聞かない状態であった。
その時、憤怒りに飲み込まれつつあるラストに一人の強い魔力を持った魔族が現れた。
「まさか、こんな所でお目にかかれるとはな。憤怒の悪魔さんよ」
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