第14話 きっと変わらない
――――特魔隊本部近く、ゼイン事務所
「おいおい、これは何の真似だ?」
ゼインは机の上に置いていたパソコン画面に表示された映像を見てダンッと机を叩きながら立ち上がった。
その映像に浮かび上がっていたのは二つの青い反応とそれを取り囲むようにいる複数の赤い反応。
そんなゼインの突然の様子に近くで資料整理をしていたマーリアは尋ねる。
「どうしました?」
「上層部の奴らが俺の大事な部下二人を嵌めてくれたらしい。
嫌な予感がしたからラスト君には念のため魔力感知発信機をつけていたんだけど、今あの二人の周りには確認できるだけでも10体もの中級魔族が集まっている」
「10体もですか!?」
「あぁ、奴らがまだ数人なら二人でも対処できただろう。
だが、魔人としての実力不足なラスト君に魔人としての力を失ったリナちゃんがその人数を相手するのはかなり分が悪い」
「ですが、あの人達は魔族と魔獣の討伐と言っていましたが......」
「最初だけな。だが、優秀な戦闘員を私有している本部の連中がその他にも魔族が存在していることを把握していないわけがない。つまりは嵌められたんだよ。
恐らく魔人としての主導権をまだ使いこなしていたリナちゃんに変えるために。
だが、アイツらのその行動は魔人が暴走した時のリスクを微塵も考えていない」
ゼインは机から離れるとおもむろに近くの窓を開けた。
その行動で全てを察したマーリアは「気を付けて」とだけ告げる。
ゼインはコクリと頷くとおもむろにポケットに入れていたコインをぶん投げた。
直後、ゼインの姿はその場からいなくなり、一瞬にして空中に躍り出たかと思うとそのまま空中を走っていった。
*****
――――エルゼ地区、中央通り
「逃がすな! 追え!」
「指図すんな! つーか、アイツのは俺の獲物だ!」
「いいや、わたくしの獲物ですことよ!」
「捕まえて食った奴が一番に決まってるでしょ!」
「......っ!」
ラストはわき腹を抉られて致命傷を負ったリナを背負いながら熱で雪を溶かして走り続けていた。
その後ろからは10人もの魔族が我先にとラスト達を追いかけて来る。
「鉄芯の衝打」
「水鉄砲」
「蠢く草結び」
魔族の三人がそれぞれ魔法を使ってラストを攻撃してくる。
一人の攻撃は両端の壁からラストに伸びるようにして角柱を突き出し、一人は空中から散弾のように高水圧の水弾をバラまき、一人は雪に隠れた草をツタのように伸ばしてラストの足を捉えようと伸ばした。
その連続攻撃をラストは全て紙一重で避けていく。
そのすばしっこい動きを見て魔族達はイラ立ちを募らせていった。
「あーもう! 逃げんじゃねぇ!」
「いっそのこと囲んだ方が早いんじゃない?」
「誰かが絶対抜け駆けするからしないんでしょ?」
「それに悪魔憑きとはいえ所詮は人間。走り続けるにみ限界がありますわ」
魔族達は各々の意見を言って話をしている一方で、この状況をどうにかして脱出しようかとラストは考えていた。
すると、背負われているリナはおもむろにラストに告げた。
「私は......いいから、置いて早く......逃げて」
「そんなことできるわけないよ!」
「でもこのままじゃ......大丈夫だから」
「何も大丈夫じゃない! 必ず僕がなんとかする!」
そう意気込んだラストであったが所詮はリナを少しでも安心させるための言葉で現状は何も良い方法は思いついていない。
現状を打破するための方法はあるにはある。
されどそれは暴走する恐れがあるためにゼインから止められている方法であった。
「あああああ! まどろっこしい! とっとと道を塞ぎゃいいだろが!」
「......っ!?」
その時、一人の魔族によって通せんぼするようにラストに走る道に巨大な壁がせり立った。
その瞬間、ラストはすぐさま「追いつかれる」と理解する。
しかし、止まっている暇もなければ別の方法を思案する時間もない。
故に、ラストはすぐさま思いついた方法でこの場を突破することにした。
それは悪魔の身体強化を活かして壁を垂直に走っていき、壁を越えたのならばその壁を勢いよく破壊してその飛散する瓦礫で相手の動きを一瞬でも止めるというもの。
思いっきりゴリ押しのような作戦だが今のリナを背負っているラストでは出来ることが少ないので致し方ない方法であった。
「少し揺れるからしっかり掴まってて――――うおおおおお!」
ラストは気合をいれながらその壁を思いっきり駆け上がって行く。
その瞬間がチャンスとばかりに魔族達が集まってくるが、ラストはクルっと真下の壁に体を向けると紅黒く染めた右腕を思いっきり振るった。
「熱風拳」
それは熱を伴う風を拳の勢いに合わせて拳圧のように放つというシンプルな技だ。
だが、もとより悪魔の力を秘めたその攻撃は一瞬にして壁をぶち壊して飛散させ、さらには周囲の雪を一瞬にして浄化させて濃霧を作り出した。
濃霧までの結果はラストの予想していた結果ではなかったが逃走するという目的の上ではこれ以上のないほどの絶好の逃げ&隠れタイミングである。
ラストは魔族達が濃霧で視界が悪くなっているうちに地面に着地して走り出し、やがて一つの無人の民家へと隠れた。
その民家のソファへとリナを寝かせると様子を窺っていく。
「エストラクトさん、僕の声が聞こえる? 大丈夫?」
「えぇ、大丈夫......自分の魔法で簡単な止血は終えてるから」
そういう割にはリナの額には脂汗が大量に出ていて呼吸のペースも浅く早い。
明らかに無理をしているのは一目でわかる様子であった。
しかし、そんなリナの精一杯の強がりを尊重するようにラストは否定せず、目線を合わせるようにしゃがむとそっと僅かに冷たくなった手を両手で握る。
するとその時、リナが唐突に独白を始めた。
「......私は守らないとって思ってた。ずっとあなたのことを」
「僕を?」
「あなたは私があなたを救った......っ、親の仇を倒してくれた憧れの人と思っているようだけど私は違う。
っ、私は......あなたの家族を守ってやれなかったことをずっと悔いていたの」
「......」
「今まで任務にあたって救えない命は見て来た。
だけど、魔人となってからは一人として救えなかった人はいなかった。それが誇りでもあり、自信でもあった。
だけど、あなたの家族だけは救えなかった。それがずっと心に残り続けていた」
「......そっか」
「あなたのことは学院に入った時にすぐに気づいた。特魔隊に入るために努力しているってことも。
でも、その選択って家族を失わなければそんな目標持たなかったんじゃないかって。
もっと家族を幸せにする道もあったんじゃないかって」
そう言いながらリナは悔しそうに唇を噛みしめていく。声は弱々しく涙ぐんだ声で、目からも涙が溢れ始めていた。
そんなまるで自分の弱さを呪うような姿がラストにはあまりにも強く心に刺さった。
「そう思いながらも私はあなたに魔人という力すら押し付けてしまった。
私の役目はあなたを守ることなのに。また余計な足手まといになって――――」
「――――そんなことないよ。それに僕はきっと特魔隊を目指していたと思う」
どこか自虐的に告げるリナの独白を遮るようにラストは優しい笑みを浮かべて告げた。
まるで昔の弱い自分に言うように、語りかけるように言葉を続けていく。
「僕の家族が生きてたとしてもそうでなかったとしても、僕はきっとあの時の僕の命が助けられた時の光景を追い続けていたと思う。
子供で小さかった君の背中はあの時ではまるで絶対的な窮地にやってきたヒーローみたいで、その瞬間僕の心は君というヒーローの夢を見た」
ラストは手を離すとゆっくりと立ち上がる。
「もとはと言えば、エストラクトさんが傷を負ってしまったのも僕がまだ実力も魔人の力の使い方が未熟だからなんだ。
君には二度に渡って......いや、前回も合わせると三回も命を救ってもらったみたいなもの。
もうたくさん守ってもらった。だから、その恩を返さなくちゃね」
そう言ってラストは魔力探知で今いる家の入口近くがすでに魔族に包囲されてることを確認する。
その時、裾を引っ張る感触を感じ取ったラストが振り向くと弱々しくも感謝を告げるリナの姿があった。
「弱い心を慰めてくれて......ありがとう。それから助けてくれて......」
「どういたしまて。だけど、それはずっと前から僕のセリフだよ」
そう笑顔で告げるとリナに背を向けるラスト。
その顔はもう笑っておらず真剣な目月に代わっており、そして「これからは僕が守るんだ」と誓うように魔族達の前に躍り出た。
「もうこれ以上、彼女は傷つけさせない!」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




