第11話 怒りの心意
「傷が塞がっていく......」
「これが魔人となった者の特徴の一つである超回復。ま、ダメージを受ければ当然痛いけど。それを実際に見せるためにやったんだよね」
「事実は都合のいいように捻じ曲げないでください。
それにたとえ見せるためだったとすれば、杭を打ち込むなんてやはり鬼畜じゃないですか」
マーリアから送られる冷ややかな言葉と視線にゼインは苦笑いを浮かべるとそっと視界から外すようにしてラストに体調を尋ねた。
「どう気分は?」
「意外と問題ないです。にしても、何があったんですか?」
そう聞くとゼインは正直に答え始めた。
ラストが精神でリュウと対面した一方で、表の方でもリュウの意識が現れていたのだ。
しかし、精神で対面したリュウとは違い、何かに怒り狂う表情で会話も成り立たずまさに“獣”であったのだ。
憤怒の悪魔の実力及び可能なら対話を試みようとしたゼインであったが、その獣のように愚直に戦いを挑むリュウと戦う結末になってしまったというわけだ。
その結果、ゼインに壁に杭を打ち込まれる形で拘束されたリュウは精神からラストの意識と交代する形で戻っていったのだ。
それがラストが壁に貼り付けにされた全貌であった。
「いや~、困ったよ。危うくこの修練場を壊されてその費用を俺が弁償しなきゃいけないところだったから」
「隊長、明らかに心配する点が違います」
「とはいえ、まだ俺が抑え込める範囲であることが分かっただけでも収穫だよ。
ただまぁ、さすがちゃんとした適正者だね。リナちゃんでもここまでの力は出せなかった」
「そう......なんですか」
ラストはゼインの言葉にあまりピンと来ていなかった。
それはラスト自身一部を悪魔化させて戦ったようだが、その意識が二回ともなかったためだ。
ラストがなんとなく右手を握ったり開いたりしているとゼインがふと尋ねた。
「そう言えば、さっきは俺のせいで意図的に暴走させちゃったけど、ラスト君自身その右腕を悪魔化させることって出来る?」
「悪魔化ですか......やってみます」
ラストは自身が悪魔化した時はどちらとも意識を失っていたので悪魔化した右腕がどんな風であったか知らなかった。
しかし、体がなんとなく右腕に纏う感覚を覚えていたのでそれに従って魔力を送ってみるとあっさりと紅黒く変化したのであった。
「......へぇ」
その変化をゼインはやや眼を細くさせて軽く頷いた。そして一回手を叩くとラストに告げる。
「じゃあ、ラスト君の当面の目標はその悪魔化を維持しながら戦力強化に努めること。修行は俺が付けるから安心して良いよ」
「私は何も教えなくていいんですか?」
「今はまだその時じゃない。時期が来たら一声かけるよ」
「わかりました」
ゼインとマーリアにしかわからないようなやり取りを目の前にしてラストは首を傾げる。
それに対し、ゼインは「今は気にしなくていい」と告げると初日の修行を始めた。
それからラストは学業が終わるとすぐさまこの修練場に向かい、ゼインに修行をつけてもらうという日々を過ごしていった。
時折、リナが混じっていたり、グラートが参加したりとしながら半年近くの時間を費やし、ラストはやがて特魔隊に向かうか技術士になるかの進路の時期に差し掛かる。
雲一つない空が辺り一面に降り積もった雪に光を反射させていく季節、相も変わらずゼインに修行をつけてもらっていたラストは全身を汗だくにしながら座り込んでいた。
大きく荒く呼吸するラストに全く汗をかいていないで元気そうなゼインがラストに話しかけていく。
「どうしたんだ? もうへばったのか?」
「ま.....だまだ!」
「ハハハ、冗談だよ。少し休憩にしよう。効率も悪いしね」
そう言うとゼインはラストに向かうように座った。
「そう言えば、進路決まった? といっても、今更聞く必要もないけど」
「僕は特魔隊に入ってたくさんの人を救いたいです」
「それは良い夢だ。だけど、君は魔人という立場から俺の管理下に置かれてるわけだし、実質特魔隊に入っているともいえる。
それにその夢は誰にでも描ける漠然とした夢だ。
君だけが描く特魔隊に入ったその先の夢ってのはないのかい?」
「その先の......」
ラストはそう言われて腕を組んで考え始めた。
すぐに答えが出ないのか「う~ん」と唸りながらも、ポツリと一つの夢を答えた。
「僕は......悪魔がどうやって生まれたのか。その原因が知りたいです」
「ほぅ、それはまたどうして?」
「まだハッキリとした理由はありませんが......初めて対面したリュウさんにどこか悲しさというものを感じたんです」
「悲しさ、ね。だけどその憤怒の悪魔自身も自分のことはよくわかってないんだろ?」
「みたいですね。ですが、嘘を言ってるような感じもしませんでしたし、何より責任感の強そうな人でした。
まぁ、あの一回以来会ってないので僕の勝手な印象になるわけですが」
ラストの言葉にゼインは興味深そうに「そうかそうか」と頷いていく。
そして「もう一つ聞きたいことがあったんだけど」と切り出すとやや鋭い目つきをして尋ねた。
「初めて修行をつける時から思ってたんだけどさ――――君はずっと何に対して怒ってるんだい?」
「......え?」
ラストはその言っている意味が全く理解できてなかった。
そんなラストの心中を察したのかゼインは言葉を重ねていく。
「今の話をするために少し確認しておきたいんだけど、君は『悪魔』とは何か知っているかい?」
「“悪意のある魔物”ですよね?」
「その通り。学院でもそう習ったはずだ。
で、もう一つ確認しておくと魔人になれるのはもとい悪魔に乗り移られる存在というのは同じ欲及び感情を持っている存在というわけでもある。
それらの話を踏まえると魔人となれるのは乗り移る悪魔と同じ何らかの“負の感情”がその器となる存在と同調するからと言える」
「同調......」
その時、ラストはふと精神世界で最後にリュウに言われた言葉を思い出した。
「つまり憤怒の悪魔に選ばれた君は“憤怒り”という負の感情を強く持っているということだ。
もっと言えば、君が随分と使いこなせるようになった右腕の悪魔化も本来悪意がないと作り出すことが出来ない。
しかし、君はその悪魔化を平然とやってのける。
それは君が心に怒りを抱えているという何よりの証拠なんだ」
「僕の怒り......」
ラストはそのゼインの言葉に顔を俯かせるほどに集中して自身の心意を探った。
その間、ラストの顔から大量の汗があご先や鼻先を伝って滴り落ちる。
そしてほんの小さな水たまりを作った所で、ラストは顔を上げて返答した。
「僕は......昔小さい頃に家族を悪魔に殺されました。魔族に変異させられるという形で。
その一方で、魔力を持たない僕はそのまま殺されそうになったんです。
しかしそんな時、同じような年齢の女の子が助けに来てくれたんです」
「リナちゃんか。その時はまだ魔人の管理権を持っていなくてね。
ただリナちゃんが魔人として小さい頃から奮闘していたのは知っている。
そしてある日勝手に悪魔と魔族と戦闘を起こして助け出された一人の少年がいたと聞いていたが、まさかその少年が君だったとは」
「その時に思ったんです。僕は強くならなきゃって。
家族を殺された怒りもあったでしょうけど、それと同じぐらい自分が弱くて惨めに思えて、そして女の子が傷ついて戦わなくちゃいけない世界なんだなと思って」
「......」
「それは僕が魔人となるあの時も同じことを思ってました。
そういう意味では確かに僕は怒ってるのでしょうね――――このクソッたれな世界に」
「......なるほど。君が適正者である理由がよく分かったよ」
ゼインは満足したように頷くとその場に立ち上がった。
「さてと、十分休憩しただろうし修行を再開し――――」
「ゼイン隊長、少しよろしいですか?」
ゼインがラストに声をかけているのを遮って発言したのはゼインの部下であるマーリア。
その彼女の表情はどこか真剣味を帯びていて、その様子から「ただ事じゃなさそうだな」と感じたゼインはラストに中止を伝えるとマーリアと共にこの場から去っていくのであった。
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