第10話 僅かな語らい
「――――さてと、それじゃこれから魔力の使い方を教えていくね」
広い空間の中央にて講義者ゼイン、生徒ラストという形でマーリアが傍らで見守る中、ラストのための魔力操作講義が始まった。
「まず基本的なことを言っておくとこの空気中には俺達が魔力を使う源となる魔素というものが存在している。
それは空気と一緒で目で見ることはできないが、その存在は魔力を使うこと通して確認することが出来る」
ゼインは右手に魔力を纏わせ、左手の平には魔力で作り出した球体を浮かべた。
「で、俺達が戦う悪魔や魔族といった存在にはこの魔力が必要不可欠なんだけど、こんな風に体に纏ったり、放出したりといろんなことが出来る。
ただし、これは体内の魔素から還元された魔力を使ってるわけで、それも無限じゃないから使う量とかは予め決めておいた方が良い――――ということは恐らくすでに習ってるはずだ」
「はい、授業で教わりました。確か悪魔や魔族は魔素を100パーセント魔力に還元できるから魔法は無限に使えるんですよね?」
「あぁ、使える。そういう面では魔人となった者もそういう存在の特徴を一部継承するから異常な回復力を有するようになったり、残り魔力も関係なく魔力を使えるようになったりする。
だけど、君の場合は少し問題があるんだ」
「問題ですか......?」
「君は体質的な問題で本来魔素を得るための孔が空いていない。それが原因で君は魔法が使えなかった。
しかし、悪魔の力を得たことで孔が開き、魔力を使えるようになった。
ただそれでも体外へ放出するだけで魔素を吸収できる訳では無い。
だから、君が魔力を使えるのはあくまで憤怒の悪魔が自ら作り出した魔力のみとなる」
「つまり悪魔の力を手に入れてようやく周りの人達と並んだということですか?」
そう聞いてきたラストの心情を確かめるようにゼインは聞き返す。
「がっかりしたかい?」
「まさか。むしろ嬉しいんですよ。ようやく皆と並べたことが」
ラストは笑っていた。
その真っ直ぐゼインを見つめる瞳には曇りのない輝きを放ち、更には虚言ではないほどの熱意の炎が宿っている。
その表情を見て「いいね!」とゼインも笑うと早速レクチャーを始めた。
「さて、話すのもなんだしまずは魔力を感じてもらおうか。やることは簡単。
体内に血液が流れてるように魔力も流れているから、それを手のひらに集まるよう集中してやるだけ。
それが出来れば後は色んな場所に魔力を集めることが出来るようになるから」
「わかりました」
ラストは自分の胸辺りに手のひらを掲げると深く集中するように目を閉じた。
そして、体内に魔力が巡っているイメージを抱きながら、掲げている手に魔力が集まるように意識していく。
少しすると手のひらがじんわりと熱を帯び始めた。
そして空気とは別に何かに触れているような感触も感じる。
その正体を確かめるためにそっと目を開けると――――そのひらには魔力の球体が浮かんでいた。
「で、出来た......!」
その衝撃はラストの感情を昂らせるかのように全身を包み込んでいく。
手に魔力を集めるなど本来なら小学生ほどの子供でも意識せずに出来るレベルだ。
しかし、魔力のなかったラストにとってこれは軌跡ともいえるもので、その嬉しさに思わず涙すら浮かんでくるほどであった。
「ね、簡単でしょ? これが全特魔隊にとって当たり前に出来る魔力操作だ。
今後魔法を使う時にはこの魔力操作がとにかく重要になってくるからいっぱい練習しておいてね」
ゼインはそう言うとラストに近づいていく。そしてそのままラストの頭に手を置くと告げた。
「それじゃ、今から君には修行を始める前に一つ大事なことをしてもらう」
「大事なことですか?」
「そ、大事なこと。君には憤怒の悪魔と話してきてもらう」
「え?」
そう言われた瞬間、体に熱を帯びるかのような大量の魔力がゼインから送り込まれた。
その瞬間、ラストの右手が急激に紅黒く染まっていき、同時にラストの意識は落ちた。
*****
「うぅ......ここは?」
うつ伏せに倒れていたラストが目覚めてすぐに見た世界は――――炎の海であった。
白い地面にどこまでも広がり燃え続けている炎。
その炎がないのは丁度ラストがいる場所ぐらいで、上を見ても果てしない黒が続いている。
熱さは感じない。しかし、「なんとなく触れていいものではない」とラストは感じ、その場から動けないラストは一先ず座って周囲を見渡した。
「起きたか」
「......!」
やや低く、されど通るような男の声が響いた。
その方向は丁度ラストの少し遠くの正面で、黒い靄のようなもので顔もほとんどの全身も確認できないが胡坐をかいて座っている様子である。
「ここは精神世界だ。そしてこの炎は俺の影響が強く反映されている」
「ということは、あなたが悪魔ということですか?」
「悪魔、か......あぁ、そうだ。俺の名はリュウ。お前達からは憤怒の悪魔と呼ばれている」
どこか素っ気ないようにも冷たいようにも聞こえるその声にラストは思わずたじろぐ。そして同時に悪魔という存在に警戒した。
そんなラストの反応をすぐさま感じ取ったリュウは告げていく。
「警戒する必要はないとだけ言っておこう。どうするかはお前次第だが。
少なからず俺にお前を攻撃する意思はない。そして人間を攻撃する意思もない」
「そうなんですか......わかりました」
そう言うとラストは一度深呼吸すると息を吐くとともに警戒を解いていく。
その様子にリュウは驚いたような声をあげた。
「まさか本当に警戒を解くとはな。これがお前を乗っ取るための嘘だと思わなかったのか?」
「だとすれば、今頃僕は消えてますよ。でも、そうしないということはリュウさんを信用できるということだと思います」
「......そうか」
少しだけ打ち解けたような気がしたラストはリュウに疑問をぶつけていく。
「あなた達はどういう存在なんですか? どうして人間を襲うんですか?」
それに対し、リュウは少しだけ間を空けて答える。
「わからない」
「......わからない?」
「正確には目的のために動いているのは確かなのだが、その目的がなんなのか自分がどうして悪魔なのかということが思い出せない」
その言葉に宿る苦悶のような声色にラストは「この人は嘘をついてない」と感じた。
そしてラストが次の質問をしようと口を開けるとその前にリュウが告げてくる。
「ただ一つ言えることは、俺が悪魔が嫌いだということだ」
「悪魔が嫌い?」
「理由は定かではない。しかし、その気持ちだけは今の俺の中で最もハッキリしていることだ。
そして人間を傷つけることを良しとしていない自分もまた存在している。
だから、お前の体を乗っ取らずにこうして宿っているだけなのかもしれない」
その言葉を聞いてもラストはリュウに対しての心意が図れずにいた。
それはまだリュウという男について何も知らないからであろう。
すると、リュウは立ち上がったのか黒い靄が縦に伸びた。そしてラストに告げる。
「もうそろそろ時間だ。深くここに留まっているとお前の意識も帰れなくなるぞ」
そう言ってリュウはラストに背を向けて歩き出した。
しかしすぐに途中で止まると、再びラストに告げる。
「俺の記憶はもしかしたらお前と俺の同調率が上がればわかるのかもしれないな」
*****
リュウに何か助言のようなことを言われた直後に現実へと意識を戻したラストはすぐさま激痛に襲われた。
その痛みの箇所を見てみると両手、両肩に杭が刺さっていてそのまま壁に打ち付けられているではないか。
口の中も切っているのか血の味を感じるラストはすぐさまゼインへと目を向けようとした。
その時、すぐ視界に入った修練場は新品同然のようなキレイさから一転してあちこちが大きく陥没したり、燃えたような焦げ跡が残っている。
そんなラストの脳処理が追い付かないような環境の中、スーツの一部に赤い血のシミをつけてピンピンしているゼインがラストの意識が戻ったことを確認して告げる。
「いや~、ごめんね。憤怒の悪魔の実力を見ようかと思ったらちょっと戦うことになっちゃってさ。
ま、でもこれで憤怒の悪魔の力の一端は知れたから早速修行に入ろっか」
「鬼畜ですかゼイン隊長。その前に杭を外してあげるべきでは?」
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