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夜の菊  作者: 小次郎(こじろう)
3/4

後編 ぬすびと


 ◇六回目の訪問は、わざと時間をおいた。

 その日、彼女は庭先にはいなかった。

 したためてあった書を置いていく。

 内容はこうだ。


 四季で表した恋文。


 『まとい』




 あなたを思ふ心は芽吹き、花咲き乱れ。

       むせぶ香りは胸の内を裂くがごとく。


 木漏れ日はわたしを溶け焦がし、心を急かす蝉時雨。

               日に焼かれるは、肌の内。


 天はわたしを見透かして、しとしと泣き濡れ。

               嵐を呼び寄せ、吹き荒れる。


 泣くに疲れた天は遠退き、嫌味のごとく実は熟れて。

                 あなたを思い、葉は赤く。


 思い疲れ葉は枯れて、雪はわたしを責めるがごとく降りそそぎ。

                       世は白く、色失くし。


           其れでも再び春巡り、白き土地から、ふきのとう◇




「あの恥知らずがっっ」

 百合亜の夫、屋敷の主人は叫んだ。

「何がなんでも探し出せっ」

「御館様、どうかお静まりをっ・・・」

「うるさいっ。わしの顔に泥を塗りよったっ。許せぬっ。探せっ、探し出すのだっ」


 馬は駆ける。

 菊夜は必死に紫苑の胴に掴まっていた。

 

「御館様っ」

 家臣が伏せる。

「なんだっ」

「竹千代丸様が見当たりませんっ」

「なにっ?まさかあいつも逃げたんじゃないだろなっ?何故だっ?」

「それが・・・いついなくなったのかが分からないそうで・・・」

「探せっ。探せっっ」

「御意っ」


「ねぇっ、紫苑。これからどこに行くの?」

「人間界です」

「人間界っ?」

「俺は捨て子でした。人間とひとならざるものとの混血だからです」

「そうだったの・・・」

「はい。父に頼んで捨てられていた場所に行ったことがあるのです。そこは『こちら』と人間界を繋いでいる場所でした。取り合えずそこを目指します」

「分かったわ」 

「俺を気持ち悪いと思わないのですか?」

「気持ち悪い?何故?」

「人間の血が入っているのですよ?」

「それでも紫苑は紫苑でしょう?何か悪いことなの?」

「いえ、いいです」

「私、何か変なこと言った?」

「いえ、違うのです」

「そう・・・」

 菊夜は内心、首をかしげた。

 馬は鳥居をくぐる。

 朱色の、数百も連なって見える鳥居がある。

 『こちら』と人間界を繋いでいる道だ。

 馬は駆ける。

 幾重もの鳥居の下を進む。

 菊夜は紫苑に掴まるので精一杯だ。

 馬は、それでも駆けてゆく。



「和尚」

 かがんでいた老人が振り返る。

「もうそろそろ帰りましょう」

「そうするか」

 金髪の青年はカゴを持っている。

 その中にはゼンマイやらフキやら、野草が積まれていた。

 和尚、と呼ばれた老人の方は、シイタケやナメコを取っていたようだ。

 老人は立ち上がると、腰を拳で叩いた。



 鳥居の先の端、その目前に洞窟がある。

 そのまま全力疾走で入る。

 数十秒の暗闇をまっすぐ。

 光が見えてくる。

 馬は走る。

 洞窟から山の中に出た。

「もしかして、ここ・・・」

「もう人間界です」

「ここがっ?」

 馬がいななく。

 視界がななめになった。

「どうっ、どうっ」


 家臣は伏せる。

「今、人間界につながる結界の中を何者かが通りましたっ」

「何っ?菊夜ではあるまいなっ?」

「姫がその場所を知っているはずがありません」

「手引きしている者がいないか調べろっ」

「御意っ」


 衝撃。


「うっ」

「紫苑っ?」

 手綱が緩み、紫苑は体勢を崩す。

「紫苑っ」

 馬が暴れ、ふたりは投げ出される。

 紫苑の右肩には矢が刺さっていた。

「紫苑っ」

 菊夜が叫んだとほぼ同時、紫苑のわき腹にもう一本矢が刺さる。

 矢の軌道に振り向くと、そこは茂み。

 男達が出てくる。

 明らかに盗賊だ。

「いい馬だなぁ、ええ?」

 紫苑は菊夜に振り向く。

「菊っ・・・菊様、お逃げをっ」

「何をっ・・・」

「菊様っ」

 菊夜ははっとする。

 女だと知れれば、何をされるのか分かったものではない。

「でもっ」

「お逃げくださいっ」

 紫苑は立ち上がる。

 菊夜を立たせる。

「俺とは別の方向へっ。山をおくだりください。人里があるはずです」

「紫苑、もう会えないのっ?」

「足手まといにはなりたくないのですっ。お早くっ」

「でもっ・・・あなた、その傷っ」

「俺の命をムダにしないで下さいっ」

 菊夜は、自分のやっていることの事の重大さをやっと自覚してきたようだった。

「紫苑っ・・・」

 菊夜は口をはくはくと開け閉めする。

「お逃げをっ」

 菊夜は弾かれたように駆け出す。

 今更元の世界に戻ることもできない。

 紫苑もよたよたと逃げ出す。

 盗賊の狙いは馬だったようだ。

 紫苑は逃げながら肩に刺さった矢を引き抜く。

 痛みにうめいた。

 わき腹に刺さった方の矢を抜くのは、危険だと判断して抜かなかった。

 小屋を見つける。

 そこは、紫苑が捨てられていた場所だった。

「まだ残っていたのか・・・」

 あばら家だ。

 紫苑は倒壊寸前の小屋の中に、体を引きずりながら入る。

 特に何かがあるわけでもない。

 屋根が老朽化して、薄暗い室内に光が差している。

 紫苑は疲れ果て、床に倒れこんだ。

 顔の左半分に日の光が差していた。

 静寂。

 紫苑はしばらく、ぼうっと光を見つめていた。

 わき腹を押さえていた腕を解放する。

 捨てられる前、母親が子守唄を歌ってくれたことを思い出す。

 不思議とおだやかな気分だ。

「菊夜様・・・」

 小さく呟いてみる。

 紫苑は、ゆっくりと目をつぶった。

 ことりと、首が横を向く。  



 茂みを飛び越える。 

 走る。

 走る。

 息が弾んでいる。

 生まれて初めてだ。

 こんなに走っているのは。

 菊夜は山を下り続ける。


 虚。


「あっ?」

 そこは小崖。

 菊夜は足を踏み外し、崖下に落ちた。

 そんなに高い段差ではなかったが、頭を打った。

 菊夜はその場で、気を失った。



 夕刻。



「ん?あれは・・・」 

 先頭を歩いているのは老人で、その後ろに若い男。

 その後ろには子供達が数人。

「どうされました?和尚」

「あれは・・・」

「あれ?」

 青年は暗がりの中、倒れている者を見つける。

「こりゃ大変だ」

 子供達が覗き込む。

 一番小さな子供が言った。

「あ、同じだ~」

「なぜこんな所に・・・」

「まさか噂を聞いて?」

「とにかく寺に運ぼう」

 青年は倒れている人物の足元を見て、小崖を見上げる。

「もしかしたら頭を打ったのかもしれない・・・おぶっても大丈夫でしょうか?」

「あまり動かさないようにな」



 寺の中。

 青年は土で汚れた着物を脱がせるため、未だ気を失っている客人の着物に手をかけた。

 着物がはだける。

 さらしを巻いた、胸。

「・・・え?」



 菊夜は暗がりの無意識の中、夢を見た。


 俺のことは心配しないで下さい。

 あなたは好きに生きるべきだ、と・・・


 そう、紫苑はいつもの真剣な顔で言っていた。



 まぶたが痙攣を起こす。

 菊夜はうっすらと目を開け、しばたく。


 見覚えのない天井。

 横を向いてみると、やはり見覚えの無い部屋だった。

 布団の中にいることに気づく。

 こんなに薄い布団を見るのは初めてだ。

 ゆっくりと起き上がって、布団を撫でてみる。

 少し、頭の中がぼうっとしている。

 枕の横に、桐箱が置いてあった。

 着物が変わっていることに気づく。

 思わず袂をかきあわせる。

 障子が開く。

「あ」

 小さな子供と目が合う。

「起きてるよ~」 

 死角にいる誰かに言っているようだ。

 半開きの障子を、片足でさらに開いた男の足。

 膳を運んで来た人物は、金髪だった。

「ああ、気がつかれましたか」

 にっこりと笑顔を向けられる。

「あの・・・ここは?」

「知らないのですか?」

「すいません。どこなのですか?」

「ここを目指して来たわけではないのか・・・」

「ここは?」

「見て、分かりませぬか?」

 菊夜は首を傾げる。

「何がです?」

「毛色ですよ」

「本物ですよね?」

「本物ですよ。狐だとでも思われました?」

「え?」

 そう言えばここは、人間界だということを思い出す。

 菊夜の住んでいた世界では、金髪が特に珍しくない。

 人間界では珍しいのだろうか?

 だから人間界との行き来が極力禁止されているのだろうか、と菊夜は思う。

 男は笑う。

「冗談ですよ」

 膳を菊夜の側に置く。

 その近くに座る。

「ゆうげです」

 雑穀米。

 ナメコの味噌汁。

 シイタケのしょうゆ焼き。

 フキのおひたし。

 ゼンマイの天ぷら。

「お名前は?」

「名前?」

「もしかして・・・」

 菊夜は少し身を引く。

 どうやらこの青年が人間らしいことに気づく。

 どういうことなのか、未だ事情が読み込めない。

 人間は黒髪黒目だと聞いていたのを思い出したからだ。

 母の百合亜も生粋の化け狐で黒髪、黒目だが・・・

 ・・・ん?

 どういうことだろう?

「頭を打った拍子に、記憶が飛んだ、とか・・・?」

「え?」

 意外だったが、この勘違いを利用させてもらうことにする。

「多分・・・菊、だと思います」

「菊?花の菊ですね。お菊さんとお呼びしても?」

「ええ、どうぞ・・・それよりここは?」

「寺ですよ」

「お寺?」

「はい。和尚のご好意で、異国人との間に生まれた者達が共に生活をしています」

 異国。

 異国人・・・

 別の国のひと?

 その間の者達、という意味か。

「私も・・・そういうことになるんでしょうか?」

「この毛色・・・まず間違いないでしょう。他に行く所は?」

「分かりません」

「では、どうぞお好きなだけいて下さいね」

「好きなだけ?」

「もちろん、具合が良くなったら働いてはもらいますが」

「いいのですか?」

「どうぞ。ぞうぞ。和尚様もいい、と言って下さっていますし」

 菊夜は桐箱に視線を移す。

 数秒の、間。

 何かお礼をしなければ、と思った。

 桐箱を差し出す。

「どうかお受け取りを」

「何です?」

「かんざしなのですが、おいてもらうかわりに・・・・なるのかしら?どうか生活の足しに・・・」

「いいのですか?」

「はい」

 金髪の青年は桐箱を開けた。

「こりゃすごい・・・素人目から見ても上物だ」

「お兄」

 青年は声の方に振り向く。

 髪の短い、少女だった。

 黒髪だ。

 ほりが深い顔立ち。

「ああ、起きたんだ・・・お兄、和尚様が呼んでるよ」

「分かった」 

 青年は立ち上がろうとする。

「あの・・・」

「ん?」

 青年は菊夜に振り向く。

「まだお名前をうかがっておりません」

「ああ、俺の?」

「はい」

「小次郎と申します。この子はすみれ」

 少女と目を合わせる。

「菊です」

「すみれです・・・十二歳」

 なぜか不貞腐れた声で、少女は自己紹介をした。

 菊夜は、なぜ少女が不貞腐れているのか、分からなかった。



 和尚への挨拶をすませてから、数日後。

 菊夜は縁側に座っていた。


 ◇七回目の訪問の時、彼女は縁側に座っていた◇


 庭先に集まるすずめに、子供達が米粒をあげている。

 おだやかな日差しだ。

 菊夜は知らずの内に微笑んでいる。

 側に座っていた和尚が、お茶を手に、子供達を見ている。

「菊さんは、どこの生まれかな?」

 突然の質問。

 菊夜は戸惑う。

 数秒の沈黙。

「・・・分かりません」

「そうか」

「すいません」

「何も謝ることではない」

 和尚は目が悪いらしく、いつも目を細めている。

「和尚様は・・・」

 途中で口ごもる。

「何だね?」

「和尚様はなぜ、異国との間の者達を・・・」

「ああ・・・実はわたしも、混血なのですよ」

「ああ、そうなのですか」

「ええ」

 和尚はお茶をすすった。

 小次郎は菊夜に振り返った。

「お菊さんも混じります?」

「え?」

「これ」

「ああ・・・いいのですか?」

「どうぞ、どうぞ」

 菊夜は立ち上がり、庭先に出た。

「すずめってよくよく見ると可愛いんですね」

「美味しそうだ」

「は?」

 小次郎は口元を上げる。

「冗談ですよ」


 ◇七回目もまた、書をしたためた。

「こんばんは」

「また来たの」

「前の文、読まれましたか?」

「読みましたよ」

「どうでした?」

「さぁ、ねぇ・・・」

 微笑。

 書を差し出す。

「これは?」

「俺の気持ちを書きました。どうか、俺が見えなくなってから読んで下さい」

「なぜ?」

「気恥ずかしいのです」

 彼女はその場で文を開けよとする。

「帰ってからっ」

 彼女が口元を上げる。

「分かりました。早く帰ってください」

 だから、訪問がやめられない。

「嬉しいやら、悲しいやら・・・まぁ、いい。今宵はこれでお暇します」


 書の内容はこうだ。

 題名は、『ぬすびと』。



 ぬすびと


 金銀、金剛、碧赤瑠璃、翡翠に白金、白黒真珠

 龍の鱗と、人魚の涙

 玉座に王冠、象牙杖

 夜空に浮かぶ満月も、湖面に映る其の月も、

 桃源郷の玉枝に、火鼠衣に天の羽衣

 全てあなたに献上せん。

 とるに足らぬこの品々、全て盗んでつかまつる。

 わたしが狙うはあなたの心。

 全てを盗むこの腕も、なぜにあなたに届かぬものか。

 都名立たる己が名も、あなたの前ではちりがすみ。

 今やあなたが成り代わり、世一の盗人称されましょう。

 わたしの心は、いずこやら。

 何れ取りにはせ参ぜん。

 忘れ物と、待ち人を。

 返しに参れば、この上なきに◇ 


 

 菊夜は畑の中にいた。

 具合の悪いふりをやめ、今日から仕事というものを手伝うことにしたのだ。

 収穫。

 土から葉と頭を出している大根を生まれて初めて見る。

「なんですか?これ?」

 と言うのを勘でやめて、考えてみたら、大根だった。

 大根に葉がついていることすら知らなかった自分に気づく。

「お菊さん」

「はい?」

 収穫、は思った以上に楽しい。

 夢中になっていたらしい。

 小次郎が苦笑しながら言う。

「土」

「え?」

「ほほに土がついてますよ」

「ああ」

 右ほほを甲でぬぐう。

 反対のほほを、小次郎の左手が触れる。

「こっちです」

「やだっ・・・恥ずかしっ・・・」

 小次郎は笑顔。

 菊夜は思わず手を払って、小次郎に触れられた部分を手で隠した。

 顔が赤くなっているのが自分でも分かる。

 何かを意識している自分に気づく。

 小次郎はそれに、気づいているのかどうか分からない。

 視線。

 自然と顔が振り向く。

 そこには、菊夜に向かって鋭い視線を送っているすみれがいた。



 ゆうげのしたく。

 どうやらこの寺では、仕事に順番を作って回しているらしい。

 菊夜は台所に立ったことがない。

 手伝う、とは言ったものの、何から手をつけていいのか分からなかった。

 すでにお米が入っている御釜、大根の葉のきんぴらはできている。

 大根のかつら剥きをしているすみれに近寄る菊夜。

 煮物を作るらしい。

「すごいわね?どうやるの?」

 すみれは鼻で笑った。

「ねぇ、何か手伝うことはある?」

「何もないわ。座ってて」

「え?」

「座ってて」

 菊夜はしばらく、立ち尽くしている。

 その間にも、華麗に手元を動かしているすみれ。

「ねぇ」

「何よ」

「もしかして私のことが嫌い?」

「はぁっ?」

 すみれは菊夜に振り向く。

「いまさらっ?」

「いまさらって・・・まともに会話もしたことないのに・・・私の何がいけないの?」

「言ってどうこう、直るものじゃないのよっ」

「何のことを言ってるの?」

 どん、と包丁と大根をまな板に叩きつけるすみれ。

「あなたが年上の女だから嫌いなのよっ」

「・・・は?」

 本当に、分かったからと言ってどうこうなるものではない。

「私より胸が大きいからよっ」

「はぁ?」

「あなたがここに来た日、お兄はあなたのこと男だと思って着替えさせようとしたのっ。いきなり私が呼ばれて、そういうこと珍しいから何かと思って喜んでついってたら、女が寝てるしっ。私一人じゃ着替えさせられないから、お兄は目をつぶったまま、当然、あんまり触れないようにしたけどっ・・・あなたの着替え手伝ったのよっ」

 菊夜は呆然。

 どういう反応をしていいのか分からない。

 すみれは本気で怒っているらしい。

 よくよく考えてみようとはするものの、頭が回らない。

 竹千代丸の癇癪を思い出した。

 そう言えば、竹千代丸はどうしているのだろう?

 ・・・紫苑・・・

 無言。

「何か言いなさいよっっ」

 菊夜は数秒、黙っていた。

「・・・あなたって・・・」

「何よっ」

「ん~・・・」

「何よっ」

「なんだかよくは分からないけど、可愛いのね」

 数秒の間。

「はぁっ?」

 菊夜は意味もなく笑顔を作った。

「どういう意味っ?」

 こういう場合、逃げるが勝ちだ。

「あはは」

 しばらく睨まれる。

 菊夜が何を思ってそう言ったのか計算しているらしい。

 しかし、何を思っているのか分からせる気は、菊夜にはない。

「・・・もういいっ」

 すみれはまな板に向き直った。

 まだ怒っている。

 菊夜は小首をかしげた。


 ・・・勝った?



 目を開く。

 そこは俺の家だった。

 横を向くと、知らない男が二人、いる。

「起きたか。御館様がお前に会いたいそうだ」

「・・・なぜ?」

「姫について知っていることを話せ」

「嫌だ」

「なに?」

 紫苑は無理やり起き上がる。

「嫌だ」

「断れば、命の保障はないぞ」

 睨む。

「いっそ殺せ」

「言えば命だけは助けてやる、と言っているのだぞ?」

「殺せ、と言っている」

 もうひとりの男、赤茶色の髪をしている男が紫苑を凝視している。

 紫苑はその視線に気づき、見返す。

 数秒、いや数十秒だったかもしれない。

 真剣な沈黙。

「いい目をしているな」

 紫苑は無言。

「気に入った」

「御館様、何を言われておられるのですかっ?」

 屋敷の主人は、紫苑を計りに変装をしていた。

「お前を召し上げる」

「・・・は?何を言っている?」

 屋敷の主人は不敵に笑った。

「お前はいい匂いがするな」

「・・・どういう意味だ?」

「菊夜が欲しいか?」

「なに?」

「菊夜が欲しいか?」

「何を言っている?」

「くれてやろう」


 一拍の、間。


 その代わりに、と屋敷の主人は言った。


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