七
花咲が居なくなった。 突然一人になった事と、何かあったんじゃないかと恐怖に駆られる。
「花咲ーー! 聞こえたら、返事しろーー!」
返事がない。 もしかして、魔物に……。血の気が引く。 不安で心が押し潰されそうだ。
木刀が微かに光って、桜の香りが漂う。
嗅ぐと、不思議と落ち着いた。 花咲は、側で薬草採取をしていた。 もしかしたら、残ってるかもしれない。
花咲の一番最後の動画をだせ。
『花咲華の最後のは動画はこの一本です』
脳裏に、草原の奥にある森に向かって、歩く花咲の姿が映し出される。 下を向いてるから、離れた事に気づかなかったのか? 動画の花咲を追って森に入った。 暫く歩くと、開けた場所に出る。
薬草が生い茂っていた。
『『花咲華を守る』スキルの、感知出来る距離外の為、位置情報の確認が出来ません。』
ここからまだ離れてるのか? 何か手掛かりは?
あれは? 少し薬草の山が出来ている。 集めた薬草と…… 失敗作の回復薬。
ここに、花咲が居たのは間違いないな。
側にデカい動物の足跡があった。 一気に、不安と焦りが生じる。 血の跡や、争った形跡がない。
連れ去られたのか? 何処に? まさか巣穴に?
足跡は、森の奥に続いていた。 足跡が消える前に、必ず見つけ出す。
花咲、無事で居てくれ。 今、行くからーー!
『『花咲華を守る』スキルの、感知出来る距離外の為、位置情報の確認が出来ません』
随分、走った筈なのに、まだ距離があるのか?
このスキルを手に入れてから、数時間しか経ってないけど、常に頭の中に花咲の様子が入って来るから、一人じゃない事に安堵してたんだ。
花咲を失ったら……俺はどうなるんだろう。 目を離してしまった事に後悔の念が止まない。
「……っ」
どうにか感知範囲を拡げられないか? 花咲の事を思い浮かべて、花咲の気配を感じてみる。 駄目だ、どうやって気配を感じればいいか、分からない。 草や土に足を取られる。
なんで俺は、こんな滑りやすい革靴で走ってるんだ。 もっと速く! 足を出せ! 滑っても踏ん張れ! 二・三メートル先に足跡が見えた。 魔物じゃない、人間の足跡だ。 銀色に光ってる?
ドクンと心臓が鳴る。
『足跡を踏め!』
脳裏に浮かんだ言葉に反射的に足跡を踏む。 次の瞬間、俺は跳躍していた。 着地でバランスを崩して、転びかける。 止まるな! 足に力を入れて踏ん張れ、さっきのジャンプで結構な距離を稼げた。 足跡は定期的に現れる。 その度、跳躍して魔物との距離を縮めていく。
『花咲華の位置を確認、危険を感知、周辺に複数の魔物を感知』
キターー! でも、喜んでいられない。 魔物に取り囲まれている画像が送られてきた。
岩山の洞窟の前、やっぱり、巣穴に連れて行かれてたのか。 あそこにどうやって行けばいい?
洞窟の前は広場になってるけど、広場の先は崖だ、あの崖を登らないと行けないのか。
花咲の顔が、恐怖で歪んで青ざめている。 魔物たちが、そんな花咲を見て色めき立ち、奇声を上げている。 その様子に不穏な空気を感じる。 あいつら、花咲に何するつもりだーー!
怖い……。 ここに降ろされてから、食べられるのかと思ったけど、襲ってこない。 食べる気はないって事? 何とか、ここから逃げ出さないと……。 でも、どうやって? 先には崖しかないのに。
何か、攻撃系の魔法陣とかないの? ファイルを捲ってみるけど、見つからない。 それにこの魔物たちの変な笑い方が気持ち悪い。 一斉に奇声を上げて襲いかかってきた。 背筋がゾッとして嫌悪感と恐怖心が頂点に達した。 小鳥遊くんの顔が浮かぶ。
嫌だ、助けて!
小鳥遊くんに、頼りきっりで嫌になる。 身構えた時、周囲の魔物たちが声も無く、消し飛んでいった。 私の周りを見ると、魔法陣が展開されていて、透明の膜みたいな物が、球状に張られていた。 微かな桜の香り、少し落ち着いてきた。
「これって、結界? 桜の香り……もしかして小鳥遊くんの?」
ドシンと地響きがして、デカい魔物が近づいてくる。 恐怖で身が竦む。ゴクッとのが鳴って、再び小鳥遊くんの顔が浮かぶ。 小鳥遊くん……。