三
市場の喧騒の中、男の足元から魔法陣が拡がる。 俺たちは反射的に、魔法陣の外に出る為に移動しようとしたけど、間に合わなかった。
魔法陣が眩しいくらいの光を放った後、活気づいていた市場の音が聞こえなくなった。 光が収まった後、目を開けると何処か知らない荒野だった。 広い荒野の中に、俺たちと魔族だけが立っていた。
ここは何処だ? さっきまで市場に居たはず……。 あの魔法陣は転送魔法だったのか。
男が嫌な笑みを作る。 肩までの銅色の髪が揺れる、薄茶色の瞳が怪しく光っている。 元平民か……。
「俺は別に市場の奴らが死んでも気にしないけど、そっちは気にするだろ? 勝手に場所を移動させてもらったぜ。 そっちの女がベネディクトの下僕を浄化した女か。 で、お前が世界樹に選ばれた奴ね」
何だ、その気遣い! しかも、ちょっと軽い。 魔族っぽくないな奴だな。
ベネディクトって、王様たちを操ってた奴か。 奴の仲間なのか? 男は笑いながら話を続けた。
「ベネディクトは、面白くないらしくてな。 他の魔王候補をやりまくってるんだよな。 俺も魔王にはなりたいし、簡単にはやられないけど。 ベネディクトの下僕を浄化した奴を見たくてな。 浄化した子、当然だけどエルフじゃないし、ハーフエルフじゃないよな? 何か、秘密があるんだよな? じゃなきゃ、ベネディクトが欲しがらないし」
よく喋るな。 ベネディクトの仲間じゃないのか。 頭の上からフィルの声がする。
「彼も魔王候補って事だね。 魔族は仲間意識なんて無いよ。 下僕愛はあるみたいだけど……」
フィルの言葉に男は歪んだ笑みを作る。
「下僕愛って言うよりか、多くの下僕を従えた奴が魔王に近づけるからな。 魔王候補を下僕にしたら更に強くなる。 お前も悪魔に魂を委ねてみるか? 世界樹が、選んだ奴が魔族になったら面白そうだしな」
「駄目だよ! ユウトは魔族になんてならないからね」
頭の上でフィルが抗議の声を上げる。 頭の中で、後ろの華の様子が映し出される。 不安そうな顔をしてこっちを見ている。 大丈夫だ、魔族になんてならないから。
男の身体から黒いオーラが染みだして来た。 男の顔も歪んでくる。 桜の香りが俺たちの周囲で強くなる。
「そろそろやるか。 そっちの子、簡単には渡してくれないだろ。 ささっとやって、じっくりゆっくり、調べたいからさ。 んで、ベネディクトの奴をささっと、やらないといけないんでね」
『攻撃が来ます。 右ストーレーです』
スキルの声が頭の中で響く。 前に飛び出して、華から離れる。 本当に右ストレートが来た。 銀色の足跡を踏んで、相手の間合いに入る。 屈んでパンチを避ける。 男の腹を木刀で薙ぎ払ったけど、俺の木刀は、歪んで消えた男には入らなかった。 っくそ……。
『花咲華の周囲に魔族を感知、低級です。 吹き飛ばします』
後ろと頭の中で、魔族が吹き飛んで消えていく音が聞こえた。 煙の中、無事な華の姿が映し出される。
結界も破られていない。 前より結界が強くなってる。 結界って攻撃出来たのか? それとも、出来るようになったのか……。 男は舌打ちした後、面白そうに笑った。
俺を華から離す為に、簡単な攻撃で俺を誘ったのか……。
木刀に魔力を流して、強化する。 魔法石が光って、花びらが舞う。 木刀が氷の剣に変わっていく。
男の掌で黒いオーラが黒い剣に変わる。
「お前の獲物は剣だろ? 俺の武器も剣にしてやるよ」
黒い剣からは、黒いオーラが染みだしていて、禍々しいオーラを醸し出している。
前にベネディクトの黒い影に剣が触れた時は、闇に落ちかけた。 こいつの剣にもそういう力があるのか?
男と剣を打ち合う。 男の剣が触れた時、男がニヤリと笑った。 黒いオーラが襲ってきた。 頭の上でフィルの声がする。 桜の香りが強くなっていく。
「ユウト!!」
っくそ! また、闇に引き込まれる! 心臓が大きく脈を打った。 心臓が震えて、血液が沸騰するくらい熱くなった。 熱い血液が体中に巡る。 全身が熱を発した時、黒いオーラが消えてなくなった。
闇が消えた。 何でだ? どうしてか分からないけど、これで魔族と打ち合える。 黒いオーラが俺を避けている。 男が眉間に皺を寄せて苦々しく、俺を見ている。
「お前、エルフの血を飲んだのか?」
男の言葉に頭の中で、はてなマークが舞う。 そんなの飲んでない。 華の中にはエルフの血が混じってるけど。 それに前の時は、闇に飲まれたけど……。
『攻撃が来ます。 魔弾が来ます。 カウント 直撃まで五・四・三・』
男が複数の黒い魔弾を出現させる。 俺の周囲を男の下僕が囲み、襲い掛かってくる。 今は、そんな事よりもこいつをやらないと、氷の剣を構えて受ける準備する。 俺の周囲の気温が下がる。 吐く息が白くなってくる。 俺を中心にして魔力の波紋が拡がる。
『ニ・一・零』
魔弾の発射と同時に、氷の剣を円を描くように薙ぎ払う。 空気が凍って氷の衝撃刃が、男の下僕と黒い魔弾を襲う。 黒い魔弾は氷の衝撃刃とぶつかって消し飛んだ。 下僕は凍って絶命した。
下僕が死んだのを見て、心に苦い物が拡がる。 頭の上でフィルの声がする。
「ユウト、魔族に情けは通じないよ。 魔族との闘いはやるか、やられるかなんだ。 本気でやらないとこいつは倒せないよ」
ニヤリと嫌な笑いを向けてくる男を睨む。 フィルの言葉に頷いて、こいつをどうやって倒すか考える事に集中する。
『異世界転移したら……。』を読んで頂き誠にありがとうございます。
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