九
今日の朝ごはん当番は、俺と瑠衣だ。 メニューはオムレツと付け合わせ(キャベツの千切りとトマト)と昨日の残りのシチューだ。 シチューは昨日、花咲たちが作ったものだ。 異世界に来て一か月弱、少しは料理も出来るようになった。 キャベツを千切りしてる横で、瑠衣は器用にオムレツを作っている。 手際よく卵を巻いていく瑠衣に目を瞠る。 ついこの間まで焦がしてたのに。
「瑠衣、料理上手くなったな」
「一か月、朝ごはんか晩ご飯か、毎日作ってれば上手くなるよ。 優斗、皿」
瑠衣にキャベツの千切りとトマトを乗せた皿を渡す。 ついでに気になっていた事を訊いてみた。
「瑠衣は鈴木と付き合ってるのか?」
瑠衣は少し意外な顔をして俺を見てる。 フッと意地悪な笑みを向ける。
「何? 気になる? まぁ、お前らみたいな甘い関係じゃないよ。 ある意味、華ちゃんより難攻不落」
「ふ~ん。 でもこの間、他とデートしてなかったか?」
「あれは嘘だよ。 もうすぐ仁奈の誕生日だろ? プレゼント買いに行ってたんだよ。 用事あるからって言っても、付き合うってお前らついて来るだろう。 一緒に行ったらバレるし、仁奈は受け取ってくれなさそうだしな」
「そうか、もうすぐ鈴木の誕生日か知らなかった。 花咲たちはいつの間にリア充にって騒いでたぞ」
瑠衣は笑って人数分の皿にオムレツを盛り付けている。 テーブルに朝食を並べながら気づいた事、俺、花咲の誕生日を知らない。 なんせ今まで、ずっと避けられてたし、誕生日イベントなんて仲良くなるチャンスだったけど、聞ける機会がなかったんだよな。 今度、聞いてみよう。 もう終わってたら最悪だな。
朝食での恒例、今日の予定を決める。 俺の向かい側に座っている花咲が、テーブルの上に複数の丸い薬瓶を置いた。 中には赤い飴玉くらいの大きさの体力回復薬が入っている。 青いのは魔力回復薬だ。 品質保持の為に、蓋は密閉されている。 蓋に手を翳して、回復薬を取り出すイメージを浮かべれば、取り出せる仕様になっている。 見た目も仕様も、従来の回復薬と何ら変わらない。 花咲の回復薬は、口に入れると飴玉がすっと溶ける。 中身の回復薬が口の中にひろがって、即効で体力や魔力が回復する。
「ずっと、試作品を作ってたんだけど、やっと出来たの。 魔力水で作るエルフの秘術、回復薬。 これが、怪我をした時の為の癒し薬。 全部、聖水で作ってないからモドキだけど。 前の回復薬より効き目があるし、癒し薬は塗薬と飲み薬の二種類あって、一瞬で治すことは出来ないけど、数時間で治るよ。 他にも色々あるんだけど、本格的な秘術は鍵がかかってて見れないんだよね」
一つ一つ、手に取って説明してくれる。 冒険者ギルドで、お試しで使ってもらおうと思っているらしい。 花咲が、エルフの秘術の繋ぎ手だとバレなきゃいいけどな。
「回復薬っていえば、瑠衣が何か頼んでなかった?」
「それは、もう受け取ったよ」
俺の隣で、にっこり微笑む瑠衣の笑顔に何やら不穏を感じる。 長い付き合いだから分かる、勘だけど。
花咲が何かを思い出した顔をした。 鞄から小さい薬瓶を取り出して、俺の前に置く。
「忘れるとこだった。 はい、小鳥遊くんの分 瑠衣くんに小鳥遊くんの分も作ってあげてって頼まれたの。 薬の材料の薬草が中々、手に入らなくて。 少しだけだけど」
薬瓶には飴玉大の薬が数個だけ入っていた。 蓋が密閉されているので、回復薬の瓶と同じ仕様なんだろう。 中の薬は、ほんのりピンク色だ。 何となくだけど薬瓶全体からピンクのオーラが出ている。
「あ、華ちゃん。 一回で三回、体力が回復出来るっていうのは、俺の勘違いだったよ。 ごめんね」
「えっ、そうなの? 私も試してなかったし、フィンが鑑定してくれて、百パーセント大丈夫って言ってくれたから、渡したんだけど……」
フィンが剣呑な表情で瑠衣を見ている。 フィンの様子に合点がいった。 絶対に嘘だな。 花咲は分かってないだろうけど、中身は何となく理解した。 瑠衣まさか、使ったのか? っていうか、これどうするよ。 目の前の薬瓶を見て受け取るかどうか思案する。 フィンと目が合う、鑑定しただろうから中身の正体を知っているはず、花咲が俺の様子を不思議そうに見ている。 顔を傾げる仕草が可愛い。 ぐっと感情を抑えて、花咲の方に薬瓶を押して返した。
「俺はいい……」
何故か、花咲以外の全員が残念な奴を見る目で見てきた。 鈴木も中身が何か分かってるのか……
瑠衣がひょいと薬瓶を取って俺の手に寄越す。
「別に持ってるだけなら何も問題ないし、いつ使うかなんて自由なんだから。 お守り替わりに持ってろよ。 優斗なら軽々しく使わないだろうし、悪用もしないだろ?」
瑠衣が、俺の耳元で小声で何やら囁いた。 言われて気づいて、受け取った。 取り敢えず、鞄の奥にしまっておこう。
「じゃ、今日は何する? 久しぶりにダンジョン都市まで行こうよ」
鈴木の提案に皆が賛成する。 出かける準備をする為、一旦部屋に戻る時、瑠衣が鈴木に声を掛ける。
「仁奈、これあげる。 この間、出かけた時に市で見つけたんだ。 安物だから気軽に受け取って」
ラッピングも無しで、裸のまま高そうなネックレスを渡した。
「いいの? デートした相手に渡さなくて」
ニヤニヤ笑って瑠衣を揶揄っている。
「相手には振られたんだ。 これは、仁奈の誕生日プレゼントに買ったんだから、仲間としてね」
片目を瞑って、鈴木の首につける。
「あらら、お可哀そうに。 じゃ、仲間からのプレゼントとして受け取るわ。 ありがとう」
鈴木の笑顔は、言葉とは裏腹に嬉しくて堪らないって表情だった。 鈴木は「また、後で」と言うと食堂を後にした。 瑠衣からボソッと出た独り事は切なそうだった。
「でも、付き合ってくれないんだよな」
瑠衣の切なげな声に心から同情した。 俺もまだ、友達以上恋人未満だからな。
あれから結城からの接触は何もない。 結城の性格なら、隠れ家に乗り込んで来てもおかしくないんだけどな。
『異世界転移したら……。』を読んで頂き誠にありがとうございます。
まだまだ未熟ですが、気に入って頂ければ幸いです。
毎日、12時から14時の間に投稿しています。 良ければ読んでやってくださいませ。




