七
ログハウスの煙突から、煙が空に向かって上がっている。 朝練を張り切り過ぎて、疲れてソファーで微睡んでいた。 奥のキッチンから、まな板の上で規則的で軽快な包丁の音が聞こえる。 ぐつぐつと沸騰する鍋に、野菜を投入する時のお湯が跳ねる音 フライパンの上で卵が割られ焼ける音 ベーコンの焼ける音と匂い。 忙しなく動く足音は、花咲かな? じぃちゃんの家を思い出す。 よく、ばぁちゃんが朝の支度をする音を、布団の中でうとうとしながら聞いたな、とても心地よくて。 身体を揺らされる手に目を覚ますと、花咲の顔が近くにあって、笑顔が覗いている。 顎で切り揃えられた髪が、さらさらっと揺れる。 思わず髪に手を伸ばしかける。
「お待たせ、朝ごはん出来たよ。 食堂に来て」
ささっと食堂に行ってしまったけど、今ちょっとだけ新婚気分になった。 対面に座る瑠衣の視線を感じる。
「優斗、俺たちも居る事、忘れるなよ」
っく、ニヤニヤするな。 何でもお見通しみたいな顔しやがって。
俺たちは、ダンジョン都市には入らず、手前の魔道具の街の近くの森に、隠れ家を置いて拠点にしている。
ダンジョン都市には、挑戦する時に都市まで出張る事にした。 勇者御一行様は、ダンジョン都市を拠点にしているようだ。 ニアミスしながらも、今の所俺たちの存在はバレていない。 ただ、隠れて行動する状況に、そろそろ皆、辟易してきている。 もっと、自由にこの世界を楽しみたいのに。
「もう、結城と王国、両方とも潰すか」
鈴木が何やら物騒な事を言い出した。 鈴木は限界に達したのか。 まぁ、出来なくはないだろうけど。 横からフィルが口を出す。 フィルは、銀色の少年の姿になっている。 基本、ご飯を食べる時は、少年の姿を取るらしい。
「まだ、街を焼き尽くすくらいの魔法は使えないと思うよ」
りんごの瑞々しい弾けるような音が耳に小気味いい。 フィルとフィンの美味しそうな顔でりんごを咀嚼する音に、俺もりんごに手を伸ばす。 うん、旨い。 そんな魔法が使えても使う気はないけどな。
「華ちゃん。 頼みがあるんだけど、この薬を作ってくれない?」
瑠衣が何かの魔法陣が描かれている羊皮紙を渡した。 薬の題名はない。 渡された花咲は怪訝な顔をしたけど受け取った。
「題名ないけど、なんの薬なの?」
「体力回復薬だよ。 一回で三回、回復できるんだ。 出来れば一週間後くらいにはお願い」
にこにこ笑顔で、それ以上の質問には答えないよって瑠衣の笑顔が言っている。 花咲は瑠衣の雰囲気に気圧されて了承していた。
「じゃ、俺は今日、デートだから先に出るわ」
軽く手を振って、食堂から出て行った。 瑠衣、彼女出来たのか? そんな話は聞いてないけど。 鈴木の事、気に入ってなかったっけ? 本当に瑠衣は、昔から何考えてるか分かんないよな。 花咲と鈴木は、瑠衣がいつの間にリア充に?なんて騒いでいる。
残された俺たち三人は、魔道具の街の冒険者ギルドに来ていた。 花咲の回復薬をギルドの職員や冒険者たちに卸しているのだ。 ついでに実入りの良い依頼を探す。 隠れ家があるから宿代はいらないし、光熱費も、俺たちの世界でいう家電が、全部魔道具なので魔法石があれば金は要らない。 ただ、食費は違う。 俺たちは育ち盛りの10代、食べる量が多い。 花咲は普通だけど、俺たち三人は元々、部活人間だ。 即ち今一番、食費が掛かる。 花咲がギルドの職員と話している間に、今日は何するか考える。
「王子、この後、お昼行くでしょ。 あんた、凄い怖い顔になってるけど、華が話してるのが男だから気にしてんの? 心せまっ」
「ほっといてくれ。 それと王子って呼ぶな」
「ふふ、王子って呼ぶと、あんためちゃ嫌な顔するじゃん。 その顔が見たいから。 それに、私があんたの事、名前で呼ぶの嫌がるのがいるから。 華も気にするだろうしね」
似た者同士だな、誰の事を言ってるのか大体分かった。 二人付き合ってんのか? でも、デートって言ってたよな。 華も気にするという所が気になった。
「花咲もヤキモチ妬くのか?」
「そりゃ、妬くでしょ。 華も独占欲、強いしね。 それは武器と防具に現れてると思う」
武器と防具? 花咲が職員との話を終わらせてこっちに走ってくる。 花咲のローブをよく見てみる。 腰ひもの先っぽに付いている魔法石が、桜が連なっている飾りになっている。 俺の木刀にも桜を模した魔法石が嵌っている。 お揃いになっている魔法石に気づかなかった。 いつも見ている姿なのに。
『敵認定した人物を確認 入り口から入ってきます』
「華、お昼どうする? いつものお店にする?」
「うん、今の時間混んでそうだけど、今日は新作スィーツが出る日だし」
花咲たちが、お昼の相談をしてる間にスキルで確認する。 視点を花咲の後ろに指定する。 花咲の後ろ姿が映し出された。 花咲の前に俺と鈴木が映る。 俺の後方から、結城が兵士を従えて真っすぐに向かってくるのが見えた。 花咲が、俺のスキル越しの視線を感じて眉を顰める。 花咲の目の前に居るのに、後ろから俺の視線を感じるんだから当たり前か。 知らせて移動しようとした時、直ぐ後ろから声がした。
「ああああああ! 王子!!……と花咲華!」
見つかった。 結城は花咲を見るともの凄い形相になった、美人が台無しだな。 取り敢えず絡まれたら面倒なので、俺たちはダッシュで逃げだした。 後ろから結城が、兵士に追うように指示を出しているのが聞こえたので、適当に街中を移動してから隠れ家に帰った。
「それじゃ、結城にバレたのか。 まぁ、遅かれ早かれ見つかってたからいいけど」
リビングで昼間にあった事を瑠衣に報告する。
「それじゃ、お楽しみは夜だな。 結城の事だからつけてんじゃないか。 一緒に暮らしてるなんて知ったら、結城の怒り爆発なんじゃない?」
「楽しそうに言うなよ。 まぁ、ここまで来れないだろうけど」
俺たちは夜に起こるだろう、戦闘に備えて早めに寝る事にした。 もうすぐしたら、俺のスキルの警報と、隠れ家の防犯の警報が同時に鳴り響くだろう。 騒がしい夜になりそうだな。
『異世界転移したら……。』を読んで頂き誠にありがとうございます。
まだまだ未熟ですが、気に入って頂ければ幸いです。
毎日、12時から14時の間に投稿しています。良ければ読んでやってくださいませ。




