六
花咲と腕を組んで歩くなんて、元の世界に居たら絶対に出来なかった事だ。 段々と暗闇に慣れてきた。 こっちで合ってるのか? 右に曲がって、次は左、暫く直進して、また、左に曲がる。 フィンは迷いなく歩みを進める。 右の路地に入った所で、突き当りにぶつかった。
「おい」
「えへ、たまにはこんな事もあるわよ」
フィンは頭を掻きながら、申し訳なさそうにする。 見た目が10歳くらいの少女なのでそんな様子に申し訳なさが先に立つ。 俺は何を偉そうにしてるんだ。
「いや、案内させてたくせに責めて悪かった」
フィンは目を見開いた後、フフと意味ありげに笑って壁に手を突いた。 ガコンと石が擦れた音がした。 次に壁が擦れて動く音がする。 砂埃が舞って、油断して思いっきり吸い込んでしまった。 咳き込んで涙が出てきた。 隣で花咲も咳き込んでいる。 どうなってるんだ? 轟音と共に光が入ってくる。 眩しくて、目が霞む。 突き当りの壁が小石を落としながら、床に沈んでいく。 フィンはちゃんと出口に俺たちを導いてくれていたらしい。 フィンに揶揄われたみたいだ。
「フィンが道を間違えるはずないよ」
フィルが頭の上で跳ねる。 悪かったから跳ねるな。
外は川が流れていて、開けた場所の向こうは森になっている。 ここはまだ、中間地点らしい。 取り敢えず、顔を洗いたい。 花咲の手が俺の腕から離れる。 少し、いや大分、名残惜しい。 花咲は平気そうだな。 俺の事を振り返る事も無く川面で顔を洗っている。 水飛沫がキラキラして、花咲の横顔がとても綺麗だ。 こんなに直接、花咲を見つめるのはいつ以来だろう。 今更に気づく、異世界に来て、世界樹からスキルを授かってから、俺は話す以外はずっとスキル越しでしか花咲を見ていなかった。 頭の中に花咲の画像が送られてくるから、直接見る事をしなかったんだ。
フィルたちは少し離れた場所で草を食べている。 二人とも丸いフォルムの姿に戻っていた。 花咲を見つめていると、元の世界での事を思い出す。 俺はずっと、こうして花咲を見つめてたんだ。 花咲が視線に気づいてくれると、嬉しくていつも笑顔を向けるけど、花咲は困った顔をしていつも視線を逸らしていた。 花咲が俺が見ているのに気づいた。 俺は嬉しくなって、いつもの笑顔になる。 きっと、花咲は困った顔をするんだろうな。 俺を見た花咲の顔は困った顔じゃなかった。 真っ赤になった後、顔をぐしゃりと歪めて泣き出しそうな顔をした。 花咲はそのまま森の方に駆け出してしまった。
「花咲?」
どうしたんだ? なんで泣きそうな顔してたんだ? そんなのは後でいい。 追わないと! 今まで、あんな反応されたことない。
「ユウト、まずいよ。 あそこの森、結構強い魔物いるから。 それにまだ、方向感覚が狂う魔法が効いてるし、位置情報確認できないよ」
フィルたちが様子に気づいて追いかけてきた。 足を止めずに考える、花咲の足ならそんなに遠くに行けないはず。 何かないか見つける方法。 生い茂った草を駆け分け森を進む。
『位置情報が確認出来ません。 【追跡】で魔力の跡を辿ります』
草叢に半径1メートル程の円が光る。 魔力の跡の光は森の奥まで続いていた、光を追って森の中を進む。 これ出来るんなら、もっと前から使いたかった。 花咲の後ろ姿が小さく見える。 更に森の奥に入ろうとしている。 銀色の足跡を踏んで跳躍する。 いつもより距離が出て一回の跳躍で、花咲の前に降り立つ。 花咲は驚いて尻餅をついた。
「花咲、何処に行くんだ? 俺から離れるなって言ったよな。 逸れたら見つけられないからって」
花咲は俺の只ならぬ様子に、一歩下がって青ざめて見つめてくる。 頬には涙の痕があった。
「何で、泣いてるんだ?」
頭で考える前に言葉が先に出る。 慌てて涙を拭っている花咲に手を伸ばすと僅かに肩が跳ねた。
『結界が強化されます。 これ以上は近づけません』
花咲の周りの魔法陣が光る。 結界が強化されていく。 本当にこれ以上近づけない、見えない壁があるみたいだ。 胸が痛くて、手や歯に力が入る、掌に爪が刺さる感覚、歯が擦れる音が耳に響く。 花咲には拒絶されたく無かった……
「あ、違う。 小鳥遊くんを拒絶したんじゃない」
また、泣き出しそうな顔で左右に振っている。 結界が解けて見えない壁も無くなった。 でも、俺は動けなかった。 嫌な予感が胸を過ぎる。 桜の匂いが香って来た、何処かに桜の木があるのかと頭の片隅で思った。 フィルたちが離れていく、少し離れた場所で見守るようだ。
「私は、小鳥遊くんの事が好きなんだと思う。 でも、それは」
花咲の言葉に胸が高鳴る、嬉しいという気持ちと同時に振られる予感がして、高揚した気持ちが萎んでいく。
「小鳥遊くんが私を好きなんだって思ってるからで……私は、凄い傲慢なんだよ。 いつも私を見ていて欲しいなんて……スキル越しでしか見られないのは嫌だ。 前みたいに……元の世界に居た時みたいに私を見つめる小鳥遊くんが見たいなんて……私を好きなのが当たり前みたいに思ってるなんて……だから、好きなのかって動機が不純過ぎる。 もう、何を言いたいのか……分からなくなってきた」
それを聞いて、俺が花咲を好きになった時の事を思い出した。
『呼ばないよ! 王子なんてイタイあだ名で呼びたくない! 私がイタイ奴って思われる』
俺と花咲は学校の廊下を歩いていて、花咲がいつも通り迷子になってる所を見つけて下駄箱まで送っていた時だった。 俺を王子って呼ばない理由を知りたかった。
『そのあだ名を付けられた俺はめっちゃイタイ奴だな。 クラスの女子とか最近では他のクラスの女子まで、王子って呼んでるから、そいつらも漏れなくイタイ奴だな』
前から聞いてみたかった答えは花咲らしい理由だった。 あだ名を呼んでる女子をそんな風に見てるのは何となく分かってたから予想できたけど。本人を前にしてはっきり言うとは思わなかった。 思い出し笑いをしていると、花咲の怒った顔の画像が送られて来る。 あ、やばい。
「何で、笑ってんの!! また、スキル越しで見てるし」
しゃがみ込んで生えている草を摘んで投げつけてくる。 石じゃなくて良かった。 俺は花咲の前に膝をついた。
「ごめん。 話を聞いて、俺が花咲を好きになった時の事を思い出してたんだ。 俺の切っ掛けは俺をあだ名で呼ばなかった事だな。 花咲だけが俺の名前を呼んでくれる事に嬉しかったんだよ。 俺も王子なんてあだ名はイタイって思ってたからな。 言われた時は衝撃だったよ」
「良く考えたらあだ名を付けられた本人にいう事ではなかったね。 ごめんなさい」
花咲は申し訳なさそうに誤って来た。
「それからずっと気になって、花咲を見てたんだ。 イケメン見て何か妄想してるなってのも分かったし、俺を見て何か妄想してるのも分かった。 だから、俺を通り越して花咲の妄想する俺を見てるのが分かったから、何としても俺の方に向かせたかった。 俺も傲慢だな。 人間なんてそんなもんだと思うよ。 だから、同じ気持ちなら……」
花咲は顔を左右に振って否定して来る。 そんな花咲にイラついて冷たい声が出る。
「何で?」
花咲は青ざめながらも返事をした。
「まだ、自信もって言えないから……」
「そう、分かった。 今すぐじゃなくてもいいよ。 俺は諦めないし、ずっと離れないからね」
にっこり笑って宣言した。 絶対に逃がさないけどね。 花咲は背筋に悪寒が走ったのか頻りに辺りを見回していた。 そろそろ脱出しないと瑠衣たちが待ってるな。 下の階層に行くのは簡単だった。 森を抜けた先に扉があって、そこをくぐると最後のボス部屋に出た。 ここまで魔物に一匹も遭わなかった。 どうやら攻略された後らしい。
「瑠衣 無事だったんだな。 やっぱ攻略された後だった?」
「おう、遅かったな、ボスも居なかった。 猿モドキの中ボスだけが残ってるんだな。 宝箱も空っぽだったよ」
「そうか」
転送魔法陣でダンジョンの外に出ると、甲高い女の声が聞こえてきた。 兵士と思われる男を詰っている。
「何よ、しょうもないお宝ばっかりじゃない! こんなの要らない! このダンジョンに力があるって言うから来たのに! ねぇ、春樹」
「世界樹ダンジョンはもう、攻略されてた。 力は他のダンジョンにもあるらしいから、探すしかないね。 ここは小さかったし、他のとこを探そう。 やっぱりダンジョン都市に行くか」
甲高い声の女が春樹と呼んだ男にしな垂れかかっている。 黒髪にストレートロング、瞳が大きくて見た目は美少女だが、性格は最悪の女[結城真由]俺たちの同級生だ。 後ろに三人の少女、俺たちと同じくらいだと思われる。 結城の取り巻きをしてた同級生たちもいる。 やっぱり勇者召喚の時にいたのは結城たちだったか。 攻略したのは勇者御一行様だったのか。 入り口と出口が違う場所だったから、あいつらに気づかなかったな。 隣で息を呑んだ花咲が俺の後ろに隠れた。 鈴木の舌打ちが聞こえる。
「うわ、嫌な奴に遭遇した。 今はあのイケメン勇者にご執心な訳ね」
あっちに行ってくれるなら俺は大変ありがたいけど、花咲の様子がおかしい。 結城の奴、花咲に何したんだ。 確かめないと駄目だな。
「取り敢えず、見つからないようにここから離れよう」
瑠衣の言葉に黙って頷く。 俺たちはダンジョン都市の手前の街、魔道具の街に向かう事にした。
『異世界転移したら……。』を読んで頂き誠にありがとうございます。
まだまだ未熟ですが、気に入って頂ければ幸いです。
毎日、12時から14時の間に投稿しています。良ければ読んでやってくださいませ。




