第二章 一
俺たちは、アンバーさんと別れ、馬車に揺られて、近くの街まで向かっていた。 昼過ぎには着くだろう。 馬車はセレンティナアンナさんが持っていた物だ。 風神が馬車を引いてくれている。 その風神の背中の上に、フィルは乗って、どうやら先導しているようだ。 雷神は飛んでついてきている。 あの屋敷も、誰も使わないからと譲り受けた。 王国に見つからないように、生活しないといけない俺たちにとって、隠れ家は必須。 有難く使わせてもおう。 あの屋敷は、魔道具で内装も変えれるし、持ち運びも出来る。 内装や間取りとかは、追々やっていくという事で、今は花咲の鞄に入っている。
馬車の中は、後ろ半分は荷物置き、前半分は両端にソファーが備え付けてある。 俺と瑠衣、花咲と鈴木に分かれて、向かい合わせで座っている。 中々いいクッションを使っていて、長時間、乗ってもお尻が痛くなることはないだろう。 因みに御車台はあるけど、手綱を持っていなくても進む。
瑠衣がソファーの間に木箱を置いて、その上に地図を広げる。 4人と一匹で覗き込む。
「やっぱり、ダンジョン都市は外せないよな。 ここからだと結構遠いけど。 街を移動しながら行くか」
瑠衣が、地図の場所を指しながら思案する。 カタカタと馬車の音が鳴る。
「そうだな。 この辺りに隠れ家を置くか。 風神と雷神は隠れ家に居てもらおう。 街で騒ぎになると困るし、二人は行きたいとことかある?」
向かいに座る花咲がすぐさま手を挙げて、答える。
「私は、この魔道具の街に行ってみたい。 ダンジョン都市の一個前の街だし」
「そうだな。 何か、ダンジョン用の道具とかあるかもだし、寄ってもいいな。 鈴木は?」
鈴木は、顎に手を当ててじっと考え込んでいる。 フィンが、この世界の常識を教えてくれる。
「ユウト、これからは苗字で呼ばない方がいいわよ。 苗字を持っているのは貴族だけだから」
「そうか。 じゃ、下の名前で呼び合うか」
「それがいいわね。 貴族以外だと勇者だけだから」
変に騒がれるのは困るしな。 これからは花咲の事、華って呼ぶのか。 うわっ、何か照れる。
「華ちゃん、これから俺の事、瑠衣って呼んでね。 鈴木の事は【なっち】って呼ぼうかな」
にっこりと微笑む瑠衣。 その笑顔、めちゃ胡散臭いからな! 瑠衣に名前呼び、先越された。 瑠衣に得意げな顔を向けられて、イラつく。 くそっ!
鈴木は、半眼で瑠衣を見ている。 花咲は苦笑いが止まらない。 俺と目が合うと視線を逸らした。 ほんのり頬が赤いような気がする。 昨日のセレンティナアンナさんと花咲が、話していた内容が頭の中で再生される。
『ねぇ、彼の事、好きなの? 彼は貴方の事、好きみたいだけど』
『わ、分かりません』
真っ赤になった花咲が困った顔で答えていた。 その表情に覚えがある、元の世界にいた時に、俺と目が合っても、遊びに誘っても、困った顔で避けられてた。 ここに来てからは、そんな事はなかった……。
今、問題が浮上した。 俺、名前呼び出来るのか? それを花咲に許してもらえるのか? もし、【華】って呼んで、困った顔されたら、もう、二度と呼べないぞ。
「ちょっと、なっちって何よ。 何で私だけ、あだ名なのよ。 普通に呼び捨てでいいでしょ?」
「そう? じゃ、仁奈って呼ぼうかな」
瑠衣はニコニコ顔だ。 鈴木は俺にも呼び捨てで良いと言うので、
「俺の事も、王子って、あだ名じゃなくて名前で呼べよな」
「えぇぇぇ、それはどうしようかな」
ニヤリと人の悪い顔で笑う。 こいつは……。 何で、俺の周りはこんな奴ばっかりなんだ。
グラリと馬車が揺れる。 何だ、どうしたんだ。 思いっきり、カーブして何かを避けたみたいだ。
あっちこっち、体を打ち付けて、木箱に顔を直撃しそうになった。 チラッと豪華な馬車の後方部分が見えた。 馬車を見て、瑠衣が悪態をつく。
「何だあれ? あっちも避けろよな」
瑠衣がムスッとした表情で、小さくなっていく豪華な馬車を覗き見ている。 風神の背中に乗ったフィルが答える。 丸いフォルムじゃなくて、銀色の少年になって、風神に跨っている。
「王国の馬車だよ。 世界樹のダンジョンに行くんじゃないのかな? こんなに早く攻略しに来るなんて、ダンジョンはもう、閉じられてるからいいけど」
「召喚された時点で、ダンジョンに挑戦できるレベルだったのかもね」
フィンも銀色の少女になっていて、花咲の膝の上に乗っている。 俺の隣で瑠衣が残念そうな声を出す。
「あんまり長居、出来なさそうだな」
「取り敢えず、必要な物を揃えて、明日の朝に出発しよう」
「そうね。 あっちが、ダンジョンが既に攻略されている事に気づくのに、時間がかかるだろうし」
「気づくのも怪しい。 気づかれたら主さまが教えてくれるかも」
瑠衣が取り敢えずの意見を出した。
「その時は、その時に考えるという事で。 で、仁奈は何でそんなに難しい顔で考え込んでるんだ?」
面白そうに鈴木の顔を覗き込んでいる。 瑠衣は鈴木の事を気に入ってるみたいだな。
「ん? 何処の街のご飯が、美味しいか考えてるのよ」
「色気より食い気かよ」
瑠衣が呆れたような顔をしていた。 花咲はそんな鈴木を見て、納得した顔をしている。
馬車は、道なりに進み。 何事も無く、隠れ家を置く予定地に着いた。 そこからは歩きだ。
俺たちは予定通りに街に着いた。 思った通り、ゲームの世界のような街並みに一同、感動を覚える。 皆、銅色の髪に薄茶色の瞳。 髪が太陽の光でキラキラしている。 それだけで、顔の造形が普通でも美男美女に見える。 花咲はクオリティーがどのとブツブツ言っていた。
「さあ、ご飯に行くわよ!!」
勝手に、何処かに行こうとする鈴木を皆で止める。
「待て待て! 先に冒険者ギルドで情報収集だ!」
ご飯を食べたいとごねる鈴木を皆で説得して、ギルドまで連れて行く事に。 道行く人に、ギルドの場所を聞きながら、俺たちはそこを目指した。
その頃、勇者御一行はダンジョンがある森の入り口に着いていた。 豪華な馬車がゆっくりと停車する。
「やっと着いたぁ。 王都からここまで長かったぁ!」
「ここからは、徒歩で進んでもらいます。 ダンジョンの入り口は、勇者様にしか見つけられません。 私たち護衛は入れませんので、勇者御一行様のみとなります。 入り口はこの森の奥です」
馬車を降りた勇者御一行は、護衛の兵士の言葉に、深くて暗い森を見上げる。 森は不気味な空気を出し、威圧感さえ感じる。 この森の入り口から、もう既にダンジョンが始まってるみたいだ。
『異世界転移したら……。』を読んで頂き誠にありがとうございます。
まだまだ未熟ですが、気に入って頂ければ幸いです。
12時から14時の間に投稿しています。良ければ読んでやってくださいませ。




