二十
『安全区域を確認 危険物は検知されませんでした』
ログハウスのドアの前で、俺のスキルが教えてくれる。 前庭には何か分からない草が生い茂っていた。
「さ、入ってちょうだい」
セレンティナアンナさんがドアを開けて、家の中に通してくれる。 家の中は外観と明らかに広さが違っていた。 平屋なのに二階に続く階段があり、中庭は池があって、鯉みたいな魚が泳いでいた。 風神と雷神は気に入ったのか、中庭の草を食んだり、雷神は広い空を飛んでいる。
「アンバー、お茶入れてよ」
リビングのソファーに座って、当たり前のように、セレンティナアンナさんはアンバーさんに強請っていた。 アンバーさんも、そんなセレンティナアンナさんの態度を、不満もなさそうに受け入れているから、二人の仲がいいのが伺える。 アンバーさんの顔はもう、絶世の美男子に戻っていた。
エルフって新陳代謝がいいんだな。 リビングの奥にはキッチンがあって、花咲がアンバーさんの手伝いについて行った。 キッチンに居る二人の様子の画像が送られてきた。 花咲の楽しそうな顔が映し出され、目がキラキラしてるように見える。 そんな花咲にイラつく。 顔に出てたのか、瑠衣に苦笑されて更にイラつく。
お茶の用意が出来て、セレンティナアンナさんが
「早速だけど、私の話を聞いてくれる? 凄く長くなるけど。 私、此の世にいられるの後、24時間もないの。 その後は、あの世に旅立たなきゃいけないから」
まるで、これからあの世に、出かけなきゃいけないみたいな調子で言った。
「「「「えっ」」」」
「このブレスレットには、私の家の秘術を封印してあるの。 これを、あなた達の誰かに、受け継いで欲しいんだけど……受け継いでもらう為には、この私の血を飲んでもらわないと駄目なの」
ブレスレットに付いている、クリスタルにも似た石が怪しく光る。 よく見ると中が空洞になっていて、トロリとした液体が揺らめいていた。 俺たちは、一斉に顔をブルブル振って、拒否権を行使した。
皆、同じ気持ちだと思う。 これ以上の、面倒ごとはご免だ。 更に他人の血を飲むことに、嫌悪感が否めない。 想像しただけで吐き気がする。
『エルフの血液を確認、品質保持の魔法が掛けられている為、鮮度は保たれてます』
だからどうした。 飲んでも大丈夫だと言ってるのか。 いや、無理だ! 隣でフィルは呆れ顔で俺たちを見ていた。 銀色の少年の姿で、スコーンに木苺のジャムをたっぷり付けて頬張っている。
「真剣に受け取ってるみたいだけど、本当に飲むわけじゃないよ」
セレンティナアンナさんを見ると、クスクス笑っている。 揶揄われたのか。 この人も人が悪い……。
皆の目が半眼になって、セレンティナアンナさんを見ている。
「ごめんごめん。 ついね……。 指に傷を作ってもらうけど、そこに私の血を混ぜるのよ。 それだけで私の血が全身に巡るから、飲む必要はないわよ」
それでも嫌悪感は取れない。 セレンティナアンナさんは真面目な顔で続ける。
「秘術は血で繋いでいくんだけど、子供作る前に死んじゃったしね。 私が跡継ぎだったんだけどね」
「考えなしに行動するからそんな目に合うんだ」
「アンバーだって、結婚しなかったでしょ。 人の事、言えないわよ」
お茶を飲みながら考える。 そもそも秘術ってなんだ? そんなものを手に入れても必要ない気がする。
「秘術ってなんですか? 俺らが簡単に使えるようなものじゃないですよね? 俺たちには必要ないと思います」
瑠衣が俺が思っていた事と同じことを言った。
「そうね。 私の家の秘術は色々あるけど、一番有名なのは不老不死の薬かしら」
益々、要らん! そんな余計なトラブルの種になりそうな物。 皆、口をあんぐり開けて間抜け顔だ。
「ま、お勧めはしないけどね。 制作する人の命を捧げないと駄目だし、心配しなくてもあなた達には使えないしね。 聖水はエルフにしか作れないし、魔力水でモドキ的な物は出来ると思うけど」
花咲が隣で何かを考え込んでいる様子が分かった。
「その秘術は、傷を治したり出来る薬もあるんですか? 大怪我を一瞬で治したり……。モドキでも効果はありますか?」
「華……。」
鈴木がギョッとした顔で花咲を見ている。
「そうね。 モドキでも下手くそなヒーラーより効くと思うわよ」
ニヤリと笑うセレンティナアンナさんは、花咲をロックオンしたみたいだ。 顎に手を当てて考え込んでいる花咲。 何かまた、斜め上な事を考えてるんじゃ……。 花咲は決意した顔で手を挙げて宣言した。
「私、その血受けます!!」
「本当に? 受けてくれるの!! これで、あなたがエルフかハーフエルフと結婚して、子供を産めば、その子に私の家の秘術が受け継がれるわ。 これで肩の荷が下りるわ! 本当にありがとう!」
セレンティナアンナさんは、花咲を抱きしめて喜んでいる。 花咲は目を見開いて驚いている。
はぁ? 今、なんて言った? 花咲がエルフかハーフエルフと結婚!! 子供を作る?!
「ええええええええええ!? そんな話は聞いてませんけど……」
「あら、言ってなかった? 聖水はエルフにしか出せないし、あなたは次の跡継ぎが、出来るまでの繋ぎになって欲しいんだけど」
チラッと瑠衣たちが俺を見てるのが分かった。 花咲が顔も判らないエルフと、寄り添っている姿が勝手に想像される。 さっきのアンバーさんと、楽しそうな花咲の画像が再生された。
「却下だ。 他を探せ」
自分が、思っているよりも冷たくて低い声が出た。 周囲の空気が凍てついていくのが分かる。
全員の動きが、ピシッと凍り付いたように止まる。 花咲は青ざめていた。
そんな様子を見たセレンティナアンナさんは
「ふむ、なら孫で我慢するわ。 それでいいでしょ?」
頬を膨らませて譲歩してきた。 俺はニコリと黒い笑顔で善処しますと返しておいた。
『異世界転移したら……。』を読んで頂き誠にありがとうございます。
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