真那さん
「ご馳走様でした」
「お粗末様。いっぱい食べたわね~、流石は男の子」
このお姉さん。真那さんが子持ちの人妻だったいう衝撃的な事実を知った後、俺はお昼御飯をご馳走になっていた。
最初は遠慮したが、結局真那さんの押しに耐えきれず押しきられてしまった。
……俺って流されやすいのかな?
「すみません。シャワーだけじゃなく、お昼まで頂いてしまって」
「いいのよ~、今日は特に予定もなかったし」
「はい……。あっ、洗い物くらいは手伝わせてください」
「あら、いいの?助かるわ~」
俺は使った食器を重ねてシンクまで持っていき、ふぅっと息をはく。
流石にやってもらいっぱなしは申し訳ないし、せめてこれぐらいは……
食器を洗っていると、真那さんが横に来て、ニコニコしながらこっちを見ていた。
やりづらいな……
「あのー、何か?」
「ん~?手慣れてるな~と思って」
「今は一人暮らししてるので」
「あら、そうなの?そういえば、御幸くん今いくつ?」
「十五歳です」
「じゃあうちの娘と同い年ね~、あら?学校はどうしたの?」
あっ、やべ。そういえば今日サボったんだった。
今日得た情報量とその内容が多く濃すぎて頭から抜けていた。
焦って黙り込んでしまうが、真那さんは特に追及してこなかった。あれ……?
「……何も言わないんですか?」
「何か言ってほしい?」
「そういうわけじゃないですけど、不良とか言われると思ってました」
「ふふっ、君が不良なら世の中はきっと悪人だらけね」
「……実際この世は悪で満ちています。嫌というほどに……」
善人が正しくあろうとすれば、悪人はその人を蹴り落とそうとする。
何の罪もない人を嘲笑い、侮辱し、差別する。
学校で言うイジメもそうだ、自分の優越感を満たすため、他人への嫉妬、苛立ちから来る怒り。
理由はどうあれ、所詮は自己満足のため、保身のために、人は人を傷つける。
それを何度も繰り返す……。
(ホント……心底嫌になる……)
俺も人の事は偉そうに言えないが、だからこそ俺は――
「御幸くん?」
「あっ、すみません……なんでしたっけ?」
「…………」
いけないいけない。思考がネガティブな方にいってしまった。
今は一人じゃないから余計に駄目だ……。
頭を切り替えて真那さんの話を聞こうとするが、急に黙ってしまった。
「ま、真那さん?」
「……少し危ないわね~」
「え?」
「御幸くん。この後ご予定はぁ?」
「ありませんけど……」
「なら家でシャロンの相手してくれない?」
…………は?
え?いや、なんでそうなるんだ?
「御幸くんをうちの娘に紹介したいのよ~。私気に入っちゃった~」
「はい!?」
いやいやいやいや、おかしいでしょそれ!
しかも娘さん多分知ってる人だし、もしバレたら――
『大神さんは学校をサボって人妻に手を出す変態さんだったのですね。残念です、心底失望しました……このゴミ……』
――とか言われたら死ぬ。絶対に死ぬ。
(学校に行けなくなるのは流石に困る!)
社会的地位を守るため、俺は真那さんに自分の意思を訴えようとする。
「あの、真那さ――」
「決まりね~、じゃあ少し休憩したらお茶にしましょう。御幸くん紅茶は好きぃ?」
「い、いえですから――」
「じゃあ準備するからシャロンをよろしくね~。あっ、夕御飯は家で食べていってね~?」
………聞く耳持たず、か。
はぁ………学校、行けばよかったなぁ……
生まれて初めて、学校に行かなかった事を後悔したかもしれない。
リビングでお茶を飲みながら膝の上にいるシャロンをモフっていると、真那さんが話をふってくる。
「御幸くんはどこの高校なの~?」
「彗黎ですけど……」
「え?娘と同じじゃな~い。これもう運命じゃないかしら?」
「違うと思います」
……断じてそれはない。
そして天童が真那さんの娘なのは確実になってしまった。学校に天童ってあいつだけだし、多分……。
「否定から入るのは良くないわ」
「否定せずに真に受ける奴は自信家かバカですよ」
「もう~つれないわね~」
「というか、真那さんはいいんですか?娘さんに見ず知らずの男なんか会わせて」
「えぇ~、真白ちゃんも絶対気に入ると思うけど~。あっ、娘の名前は真白って言うのよ。可愛いでしょ~」
知ってます……。
「嫌がられるだけですよきっと」
「大丈夫、大丈夫~。御幸くんは心配性ね~」
そりゃあ心配にもなりますよ、知り合いですし……。
なんとかして帰りたいけど、この人から逃げられる気がしないし……なんだか、少し、眠く、なっ、て、きた。
(まずい、意識が……)
目蓋が閉じないよう抵抗するが、体の疲労と満腹になったのとで強い睡魔に襲われる。
抗えず、俺はソファに横たわりそのまま眠りに落ちた。
夢を見ていた……。
俺がまだ笑えていた頃の夢だ。
あの時はそれなりに充実していた。
クラスの輪に入っていなかったものの、部活に力をいれて、周という友人が出来た。
チームメイトや先輩達もいい人だった。監督だってそうだ。
こんな俺の事を見てくれた数少ない人達と過ごす時間は普通に楽しかった。
――だからこそ失望した。
彼らの吐き気を催すほどの汚さに。
なにより……俺自身に……。
「ッ!!」
目が覚めて、飛び起きる。
視界には見慣れないリビングの窓から夕日が差し込んでるのが映った。
(……もう夕方か、はあ………久しぶりに見たな)
時々似たような夢を見ることがある。
最近は見なくなっていたのだが――
(ホント、駄目だな俺……ずっと、逃げてばっかりで……)
自嘲し、いつもより荒い息を整えようと深呼吸する。
すると右肩に重みを感じた、シャロンだ。「ナァ~」と一鳴きし、頬をペロリと舐められる。
ひょっとして励ましてくれているのだろうか?
(会ったばかりの猫に心配されるなんてな……)
驚きつつもその気遣いに感謝し「ありがとな……」と顎の下を指で撫でる。
大分落ち着いてきて、時計を見ると……十七時を回りそうだった。
「もうこんな時間か、そういえば真那さんがいないけど――」
「お母さんなら、お買い物に行っていますよ」
「そっか。もう夕飯の時間だし、そろそろお暇、しよう、か、と?」
――最近よく聞く澄んだ声に、びくりと体を震わせる。
ギギギ、と声の方を振り返ると、満面の笑みを浮かべた天童さんがいらっしゃいました。
「おはようございます、大神さん。ふふっ☆」
「お、おはよう……。あ、あははは…………はあ……」
目が笑ってませんよ?天童さん……。




