黒猫さん
公園で二時間程走り、数十分休憩を挟んだ後。
俺は帰り道の住宅街を歩いていた。
久しぶりに走り込んでスゲー汗かいた、シャツとパンツが汗で肌にくっついて気持ち悪い。
(でも最近は勉強ばっかりだったし、気分転換にはなったな)
早くシャワーを浴びようと少々急ぎ足で家に向かおうとすると――
「ナァ~」と家の塀の上から鳴き声が聞こえた。
声の方に視線を向けると、そこには一匹の黒猫がいた。
大きさは中型で豹っぽい見た目に金色の瞳。毛は短く滑らかそう。あれは確か……ボンベイ?だったような?
首輪は付いてるし、野良ではないだろうが、脱走してきたのか?
視線に気付いたのか、黒猫と目が合い、しばらく見つめ合う。
じぃーー。
数秒間見つめ合うと黒猫が塀から降りた。そして俺に近づき「ナァ~」と体をよじ登って来た。
「え?ちょ、おま、なにを!?」
黒猫は一気に俺の肩まで来て、そのまま頭に乗ってお座りし「ナァ~」と一鳴きする。
「えー………」
どういうこと?懐かれたとか?あの一瞬で?ウソだろ?
「おーい、降りてくれー」
「…………ナ」
黒猫は丸くなり、一向に降りる気配がない。
参ったなぁ……。
うちのマンションペットだめだし、このままだと帰れない。
(はぁ……早くシャワー浴びたい……)
切実にそう願っていると、思いが届いたのか、前から女性が「すみませ~ん」とこっちに向かって来た。
恐らく飼い主だろう。よかったー、シャワー浴びれる。
走って来た女性は俺に近づくと、余程急いだのか、両膝に手をついて息を荒くしていた。
その女性は明るい栗色の髪に大きい瞳で顔は小さく、スタイルも雑誌のモデル並みに抜群なお姉さんだった。だが――
(……なんかどっかで見たような……)
そう思っていると、息が整ったらしく、お姉さんが顔を上げた。
「ありがとね君、うちの子を見つけてくれて」
「いえ、たまたまですから。ほら、お迎えだぞー」
「シャロン。帰るわよ~」
シャロンと呼ばれた黒猫はお姉さんを一瞬チラ見するも「…………ナ」と言ってまた丸なくなった。
お姉さんの方を見ると「あらあら~」と頬に手を当てていた。えーと……?
「あのー、降りないんですけど?」
「そうねー、どうやら君の事を気に入ったみたい。珍しいわね~」
「は、はぁ……」
「困ったわねー、どうしましょう?」
マジかー、ずっと降りないって事はないだろうけど、このままだと体がベトベトのまま冷えてしまう。それは勘弁してほしい。
案の定体が冷えてきて「くしゅ」とくしゃみをしてしまった。
「あらー、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫です。走って汗かいて、少し冷えただけなので」
「大変じゃない!」
「いえ、お構い無く……」
「駄目よ、家のお風呂使ってちょうだい。すぐに用意するから」
「あの、本当に大丈――」
「い・い・か・ら!」
「…………はい」
結局押しきられてしまい、俺はお姉さんの家に行くことになった。
はぁ……どうしてこんなことに……
お姉さんの家は大きめの二階建ての一軒家で、庭とか玄関もかなり広かった。
とりあえずリビングに案内され、少し経つとお姉さんにタオルと着替えにTシャツとハーフパンツを渡された。
「夫ので悪いけど、君のサイズだとこれしかないの。ごめんね~」
「いえ、そんなことは――って夫?」
「?えぇ、そうよ」
不思議そうに首を傾げるお姉さんだが、俺の脳内は混乱していた。
(この人もしかして人妻?あり得なくはないけど、若すぎだろ。二十代半ばくらいにしか見えないぞ?)
内心驚愕していると、お姉さんが「大丈夫?」と顔の前で手を振って来た。
俺はハっとし、正気に戻る。
「で、では、ありがたくお借りします」
「いいのよ~。シャロン、そろそろ降りなさい?それとも、お兄さんとシャワー浴びる?」
お姉さんが言うとシャロンは「……ナァ」と鳴いて、ようやく俺から降りた。
頭が軽くなった、首が少し痛いけど。
「じゃあ、ごゆっくりどうぞ~」
「……なるべく早く済ませます」
浴室に移動した俺は、速攻で汗を流し、体を拭いて着替え、タオルを首にかけて脱衣所から出た。
リビングに向かうと、お姉さんがキッチンで料理をしていた。時計をチラ見するともうお昼前だった。
「シャワーありがとうございました」
「あら、もう上がったの?随分はや――もう、髪はちゃんと乾かさなきゃ駄目よ?」
「あっ、すみません。ドライヤーの場所が分からなくて……」
「全く、折角綺麗な髪なのに勿体無いわ~」
そう言いつつ近づいてきたお姉さんにタオルで頭を拭かれる。
なんか子供扱いされてる気がする……
「じ、自分で拭けますから」
「だ~め」
「……ひょっとして楽しんでます?」
「さぁ、どうかしらね~?」
なんだろうこの人、全然掴み所がない。おっとりした雰囲気なのに、逆らえる気がしないというか……怒ったら絶対怖い。
「はい。おしまい」
「……ありがとうございます」
「いいよ~、うふふ」
お姉さんの妖艶な笑みに「あはは……」と苦笑いしていると、「ナァ~」とシャロンが飛びかかって来た。なんとかキャッチし、顔まで持ち上げる。
「うおっと。急に飛びかかって来るなよ、危ないだろ?」
通じてないだろうが「ナァ~」と返事を返された。……この子けっこう頭いいのか?
「ふふっ、シャロンは本当にあなたを気に入ったみたいね~。何をしたの?」
「いいえ何も、ただ目が合っただけです」
「じゃあきっと運命ね。ロマンチックだわ~」
「あはは……っとそういえば。大変申し遅れましたが、俺は大神御幸といいます。今回は本当にありがとうございました」
「あ~、確かに自己紹介がまだだったわね~。私は天童真那といいます。真那さんって呼んでね」
「へ?」
今なんて……?
「……あのー、真那、さん?」
「な~に~?」
「その、失礼ですが、名字は本当に天童、ですか?」
「えぇそうよ~、なんなら表札も確認してみる~?」
「……いいえ、結構です」
……この容姿、髪の色、名字、間違いない。ここは天童の家で、この人は天童の母親だ。
この見た目で子持ちとか……
あり得ねぇ……。




