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ショートショート9月~

どっぽん

作者: たかさば

お食事中の方は見たらダメかも知れぬ。

あれは、まだ私が自分の住所を言えなかったくらい、幼かった頃。

海辺の田舎町にある、おばあちゃんの家にはそれはそれは恐ろしいトイレが存在していたのである。

いわゆる、どっぽん便所というものだ。


和式便器の下にどっぽん部分があるようなハイカラなものではなく、土に深い穴が掘ってあって、ただそれだけという、一番原始的なトイレであった。

…トイレ?そんなおしゃれな呼び名で呼んでいい代物じゃない、まさに弱肉強食、油断したら落下し、多大なる被害をまき散らす静かなる最終兵器、危険地帯、絶滅危惧場所であった。

…絶滅すべき、場所であった。


壁にあるハンドルを握り締め、用を足すのであるが、幼い子供には大変に使用の難しい便所、だったのである。

しかも、木製の扉は重く、開け閉めに相当コツが必要であった。

入ったはいいが出られなくなる、非力な幼児には地獄のような場所であった。


幸い、おばあちゃんの家の向かいに小学校があったので、もよおした時にはそちらに行って用を足すようにしていた。

…当時、学校は施錠されてなくて、いつでも出入りが自由だったのだ。


そんな事情を抱える、田舎のおばあちゃんの家。

多少不便ではあったが、大好きな場所であったのは、間違いない。


夏休み、私は例年通りおばあちゃんの家に来て夏を満喫していた。

縁側に腰掛けて、ニワトリに向かってスイカの種を飛ばしていたのだが。


「う、わあああああ!!!!」


突如、ものすごい叫び声が聞こえてきた。

何事かと、庭でナスをもいでいたおばあちゃんが声のするほうへと向かう。

私も、食べかけのスイカをお盆の上においてサンダルを履いておばあちゃんの後を追う。


「た、た、たすけっ!!!」


叫び声は、あの重たい木の扉の向こう側で発せられたものだった。

この扉には、鍵がついていない。

家庭用の便所に、鍵なんか付いてなかったのだ、昔は。


「ちょいと、おまち。」


おばあちゃんが重い扉を開けると、学生さんがどっぽん便所にはまっていたのである。


おばあちゃんの家は、近所にある大学生のための下宿をやっていたのだ。

いわゆる農家、古民家であるおばあちゃんの家は二階建てなのだが、二階部分の四部屋を学生さん達に貸し出していた。


声を聞きつけたほかの学生さん達もやってきた。


「うわ!!ついに落ちたか…。」

「ハンドル、がたついてたんだよなあ。」


どうやら壁に設置してあるハンドルが取れてしまい、バランスを崩した学生さんはそのまましりもちをつくような形でどっぽん便所にはまり、どうにもこうにも動けなくなってしまったらしい。

学生さん二人に引っ張り上げられて、どっぽん便所にはまってしまったお兄さんは救出されたのだが。


「ひ、ひいいー、肥、こえがあああ!!!」


学生さんは、怪我は無かったものの、心に背負いきれないほどの傷を負ってしまい…大変に、大変に気の毒なことになってしまった。


事態を重く見たおばあちゃんはどっぽん便所撤廃を決め、田舎ではまだ珍しかった水洗便所が導入されることになったのである。

…落ちてくれたお兄さんに心から感謝した。


あれからおばあちゃんの家がとたんに過ごし易くなったんだよねえ…。


…あの、どっぽん便所にはまったお兄さんは、今いずこ。


…何でまた急に私が、どっぽん便所のことを思い出したかといいますと。


ただいま!!絶賛!!

トイレにはまってるからだよ!!

はまったともさ!!


洋式便座に座った瞬間、座面がずるりとずれて、がぼっとはまってしまったのである。

便座が便器の中におちて、ひびが入って、便器の中にはまっちゃってんですけど!!!


便座ががたつくって息子が朝方なんか言ってたような気がする。

そういえば娘も座るたびに動くとか言ってたな。

旦那はなにも言ってなかったけど、あの巨体が便座のボルトに致命傷を与え続けていたことは否めない。


日々、ダメージを受けつつもけなげに耐えていた便座。

私が座ったとたんに、便座はその生涯を終えることになったのだ。

ずいぶんド派手に生涯を終えましたね、怪我は無かったけどさあ!!!


立ち上がって便座の様子を見ると、完全に取り付け部分が外れている。

幸い水漏れはしてないみたいだ、やわらかいホースってすばらしい。

融通の利かないフレキシブル管だったら水漏れしてたやも知れぬ。


しかし、私が朝入ったときは普通だったんだけど、いつ壊れたんだ。

誰かが壊して、ごまかして放置した結果、絶妙な罠として発動したということですか、そうですか。

私は自分が便座を破壊した犯人だとは毛頭思っていない。

私はたまたま仕掛けられた罠にかかってあげた、優しい人なんだってば!


何でか、この家は私がいつも被害を被るというか、私だけがひどい目に合うというか、私だけが壊れたものを壊れていると認識するというか。


…まあいいや。


壊れた便座をこのまま放っておくわけにもいくまいて。


私は役目を終えた便座を取り外し、収納棚奥にしまってあった便座セットを取り付けた。

シャワーも出なければ暖かくもならない、ごく普通の便座は、座ると少し冷たかった。


便座の冷たさで、秋の訪れを感じた私であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ひいいい、こえがぁぁぁ。 災難ですね。 便座が割れる罠。怖いわぁ〜。
[良い点] わお、何という事でしょう。トイレが使えないのは不便ですよね [気になる点] どっぽん、親や親戚が時々話します。 [一言] 喰らえ、タネガトリングガン! コケェェェ!! コケコケェェェ!!!…
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