予定調和のように
それから、また更に数日後。
「サクラ様~! 本日の朝食が出来ましたよ! 起きて下さい~!」
「んぁ……うるさいなぁ」
ガンガンと鉄と鉄板を打ち付けないでくれるかな。なんか定番の起こし方みたいで嫌です。
「サクラ様。昨日もぐうたらしていただけでしょう? 怠けは駄目ですよ!」
「ん~僕は一生分働いたので、一生分休ませて下さい」
社畜として働いていた時、本当にそれくらい働いたんじゃないかって思うほど、僕は働き尽くしだった。
だからさ、それと同じくらいは休ませて欲しいよ……と言っても、彼女には分からないよね。
彼女は、あの魔女となっていた娘で、ルドルフの持っていた薬草と、麓の草原で取れる薬草頼で、何とか一命を取り留めていた。
彼女の名は、ナティア。
草原を越えた先にある、大峡谷の近くにある街の住人だった。ここから見える森の方に、美味しいキノコが自生していて、それを取りに来ていた所、黒い木の枝に触れてしまい、あんな魔女になっていたらしい。
全力でやらなくて良かった。
ルドルフは分かっていたようで、僕がそんな事をする前に、彼女を開放するつもりだったらしい。
先に言ってよね。僕は分からないんだから、全力で命を刈り取る所だったよ。
今は、僕達に恩を感じたのか、こうやって住み込みで働いてくれている。両親は居るらしくて、無事なのは伝えたらしいけれど、それならそれで帰って欲しい。
「あ、ルドルフ様は狩りですから、その間に人々を集めませんか?」
「んぁ~僕は嫌だなぁ。1人でのんびり暮らしたい」
彼女が居ると、規則正しい生活を強制される。そんなの気にせずに、のんびりダラダラ過ごしたいよ。
「そんな事言わずに、しっかりと……って、きゃぁぁあ! サクラ様、服!!」
「あ~なんか、こっちの方が寝心地良くて」
それと、一回やってみたかったんだよね、裸で寝るの。
聞いたところによると、凄く気持ちが良いとか……言われたらやりたくなる。
ただ、ムサイ男がやっても気持ち悪いから、向こうでは我慢していた。だけど、こっちでは狐娘美少女だ。そうなると絵になるから、やるよね。なんでも美形はお得だよね。
「もう、サクラ様は……」
そう言って両手で隠しながらも、指の間から見てるよね。女性同士だし、別に良いんだけど、なんでこの人は、こんなにも恥ずかしがるんだろう。
「ん~? 亜人や獣人は、忌み嫌われていたはずなのに、ナティアは平気だよね。しかも、やたら僕の世話したがるし、今も両手で隠しては、隙間から見てるよね」
「はぅっ!」
見た感じ、20歳は越えてそうな容姿のナティアは、おっとりした感じの女性で、ウェーブのかかった長い茶髪をしている。しかも胸はかなり大きい。僕も大きい方だけど、彼女はもっとだ。今もたゆんたゆん揺れてて、なんかムカつくな。からかっちゃおうか。
「もしかして、僕に抱かれたいの?」
「……っ!」
ビンタでも飛んでくるかと思いきや、ナティアは顔を真っ赤にさただけで、その場に突っ立ったままだ。ただ、ボソボソと何か呟きだした。
「サ、サクラ様になら……別に」
「へっ?」
「あぁ、失礼しました!! 一介の下人がでしゃばっちゃいました!! 女神様であるサクラ様が、私なんか……あぁぁ、ごめんなさい~!!」
「えっ? ちょっ……!」
赤面したままあり得ない告白して、猛ダッシュで飛び出しちゃいました。
それよりも、女神って誰の事だろう。
それと、やらかしてしまったね。あとで弁明しておかないと。からかっただけで、本気じゃないし、そっちの気はない。
と言っても、僕は男だし、女性である彼女を――あれ、今の僕は女だった。ということは……あ~もう、良く分からないや。
そして、彼女から他の布を貰った僕は、新しい服も作った。
下はショートパンツで、上は適当に作った柄物の服さ。ちょっと和風なアレンジをしてあるけれど、狐娘だからね、これくらいで丁度良いだろう。
袖は、もうちょっと短くしても良かったかな。ちょっと長すぎた。手が隠れてしまう。萌え袖とか、こんな歳でやるもんじゃないかな。
「さてと、今日ものんびりと過ごそう」
元の世界に戻りたくないのかと言われたら、そりゃ絶対に戻りたくないなんて言えない。
気になる漫画もあるし、アニメもある。社会の情勢はどうでも良いし、社畜から逃げられたのは良かった。
ただねぇ……あの部屋に入って来たのは、一体誰なんだろう。
強盗殺人にでもなっていたのなら、それはそれで恐ろしいし、そうじゃなかったら、もっと恐ろしい。
そいつが、僕をこんな所に送った事になる。つまり、そいつもこの世界に来ている可能性がある。
「こわっ」
今も見ているとなると、また襲ってくる可能性もあるし、何か企んでいる可能性もある。
とまぁ、そう考えたところで、今現状何も出来ない。命だけ取られないように、気を付けておこう。
「お~い!!」
そんな時、麓からルドルフの声が聞こえてきた。
「ルドルフ君、遅いよ……って、誰? その人達は」
ようやく下僕が帰ってきたと思ったら、知らない人達をゾロゾロと引き連れていた。
しかも、タンクトップを着たムサイオッサンばかりで、熱気100%みたいなムシムシした体熱を放ちそう。
「この人達は、元々この山で鉱石堀りをしていた、鉱石士達さ。君が追い払ったあの竜に、この山を占領されてから、仕事が出来ずに落ちぶれていた。しかし――」
僕が追いやったからね。今、この山は平和だ。しかも、しばらく様子を見ていたけれど、あの竜が帰ってくる気配はなかった。
だからルドルフは、彼等を呼びに行っていたわけだ。余計な事をして……人を増やされるのは、正直勘弁して欲しい。
賑やかなのは嫌いだ。
「おぉ、お嬢ちゃん! 君があの竜を?」
「いやぁ~助かったぜ! ここの鉱石は一級品でな! 取れなくなってから、皆困っていたんだ! これでこの国は救われる!」
「この貧困から脱出出来るぜ!」
「さぁ、掘るぞ~!!」
「「「「おぉぉ!!」」」」
雄叫びを上げて、山へと登っていく男達。
1人1人、僕の肩を叩いては、感謝を伝えてくるけれど、痛いってば。
そして、知らない内に国を一個救ってた。
「ルドルフ君、謀ったね」
「いやいや、そう怒らないでくれ。たまたまこうなっただけだ」
「嘘だ、絶対に嘘だ」
こいつがここに連れて来たんだ。僕の力を見て、あの竜を追い払えると踏んだんだ。とんだ策士だよ、こいつは。
「しかも、ナティアは僕の事を女神って言うし、僕は女神じゃ――」
「いや、どう考えてもその力は、女神系統の力だろう。恐らく、君自身も気付いていないけれど、その内加護を与えられるようにもなるんじゃないか?」
「……はい?」
となると、僕は人々に信仰される事になるわけか? それは勘弁して欲しいな。ゆっくりとのんびり出来ないじゃないか。
「ルドルフ君、ここはもう良いや。もっと別の所に、のんびり出来る場所……」
「いや、俺はもう知らん。ここ以外は、自力で何とかしろ。何とか出来るならな」
「ぐがっ、人の足元見て~」
そうだよ。この世界の事なんて、全く分からないから、また最初の街のように、迫害されてしまうかもしれない。いや、迫害される。
ここの人達はそんな事して来ないから、恐らくあの教会関係だとは思う。
となると、あんまり動き回るのは得策じゃない。特に、相手に見つかっていない、今ならね。見つかっていたなら、長居は無用なんだけれど、今のところ見つかっていないからね。
「教会の奴等も、この国の支部を失った事で、この国への布教はしばらく抑えるだろう。絶好の、ノビノビと過ごせる場所だな」
「くっ、うぅぅぅ……」
ルドルフ……こいつの狙いは何なんだ。なんで未だに、僕と一緒に居ようとするんだ。油断出来ないな。
「いよう! 助かったぜ!」
「ここをずっと守っていてくれよ、お嬢ちゃん!」
「今度酒持ってくるぜ!」
「あたっ、いたっ、くさっ……今ので何人目?」
ずっとバシバシと、鉱石士達の感謝の洗礼を受けながら、僕はルドルフをじっと睨み付けていた。




